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蒼「さて」


望「はい」


蒼「俺が八時に起きたことで八時半には朝を食べて」


望「うん」


蒼「今現在九時を回って二人とも出掛ける準備をしているわけだ」


望「そうだね」


蒼「もうかなり暑いんだよなぁ…」


望「あはは…蒼人くんは普通の人だもんね」


蒼「お前は平気そうだな」


望「暑さはなんとかなるけど、私だって日差しは眩しいし浴びてると疲れてくるよ」


蒼「今まではどうしてたんだ?」


望「前は町中の色んな木陰に移っては涼んでたよ。でも、私が涼んでると近くを通りかかった人が私に近寄ってくるんだけどね」


蒼「お前に涼を求めるわけか」


望「一応その度に扇いであげたりはしてたけど、やっぱり落ち着かなかったよ」


蒼「他人と違うのは、やっぱり難儀なものなんだな」


望「お話ししてくれるのは楽しかったけどね」


蒼「ま、それはさておき今から出掛けるんだが、お前はこの町から離れたことはあるか?」


望「ううん、覚えてる限り一回もないよ」


蒼「これから電車に乗って、この辺りで一番大きな街に行くんだよ」


望「電車?大きな街?」


蒼「詳しくはいけばわかる。あと、そこには色んな服やらグッズやらがあるから、何か気になるものがあれば言ってくれ、そこは工面するから」


望「いい、の?」


蒼「居候の用立ても家主の仕事だ。着の身着のままの女の子に何も用意できないほどの甲斐性なしじゃないさ」


望「うん…ありがとう。ほんとに、なんだか悪いなぁ」


ぺしっ!


望「あいたっ!」


蒼「気にするな、気にやむな、わかったか?」


望「………うん」


蒼「さて、そうやって押し問答をしながら歩いて駅まで来たわけだが」


望「これが駅。そして向こうに止まってるのが電車?」


蒼「見たことあるのか」


望「見たことだけね。乗るのは初めてだよ」


蒼「ほら、これが切符だ」


蒼「こうやって改札に通すと向こうから出てくる。シュパッ!て」


望「シュパッ!…って?」


蒼「それを取って降りるときにまた改札に通すんだ」


望「…うわっ!?シュパッ!て来た」


蒼「それを取るんだよ」


望「うん」


蒼「このあと数分後に来る電車に乗れば目的の街に着くぞ」


望「なんだか初めてだらけでワクワクとドキドキが止まらないよ」


蒼「徒歩しかしてないお前なら尚のことだろうな」


望「そうだね。冷泉れいせん町の中も見てるだけで色んな人がいて楽しかったけど」


蒼「お前は冷泉れいせん町が、好きなのか?」


望「うん。理由はわからないけど、とにかく私の何かにぴったりとはまる感じがして、なんでもなくても見て回りたくなる」


望「私にとってはそんな町だよ」


蒼「そうか」


蒼「………お前は」


望「ん?なに?」


蒼「………いや、電車が来たようだ。乗るぞ」



………



蒼「着いたな」


望「ほわぁー………すごい人の数」


蒼「一応この地域一番の街になるからな。交通網も相まって人は多いところだ」


望「こんなに人がいる場所なんて初めてだよ!すごい賑やか!」


蒼「はしゃぐなって。ぶつかるし、こけるし、迷うから」


蒼「さて、じゃあショッピングモールだな」


望「それってどんなところ?」


蒼「無いものはない場所だよ」


望「面白そう!行こう!」


蒼「おい、まずは手を出せ」


望「ん?なに?」


ぎゅっ


望「えっ」


蒼「言っただろ、迷うって。とりあえず今は手、つないどけ」


望「…うん!」


………


望「う~ん…」


蒼「…で、モールに入って数分もしないうちに人気ひとけに当てられた、と」


望「人が多いと、こんな風になるんだ…ね………」


蒼「迷う前に、酔ったわけだ」


望「まさに間抜けだよ~」


蒼「…お前、今心の中でうまいこと言ったみたいに思っただろ?」


蒼「ともかくほら、水でも飲め。なんならトイレを探すが?」


望「あぁ、それは大丈夫。ちょっとフラッとしただけで気持ち悪くなった訳じゃないから」


蒼「なら、少し休んでから落ち着ける場所を探すか」


望「うん。それはありがたいよ」


………


望「色んなお店がある場所だね。それも全部…食べ物のお店?」


蒼「フードコートだな。軽く何か食べたり、テーブルについてお喋りしたりする場所だよ」


望「歩いてた場所よりは落ち着いてる。ここなら大丈夫だよ」


蒼「何か買ってこよう。甘いものは好きか?」


望「もちろん」


蒼「なら…よし、この席で座って待っててくれ」


望「あ、うん」


蒼「ほら」


望「これは?何だか薄いパンケーキに果物とかを巻いてるみたいだけど」


蒼「やっぱり"クレープ"も知らないんだな」


望「クレープ…あ、お祭りとかでも売ってる食べ物だ!」


蒼「おう、それは知ってたのか」


望「食べてもいいの?」


蒼「もちろん」


望「あー……んむ」


望「………ふわぁ、甘くて酸っぱくて、何だかふわふわしてるよ?」


蒼「トロピカルフルーツと生クリーム…だったかな?俺も疎いからな」


望「すごく、すっごーく美味しいっ!」


望「見たことはあったけど食べたことなくて………うわぁ、わぁ………」


蒼「落ち着け。言葉になってないぞ」


望「私、色々と損してた気がする」


蒼「むしろ今まで何を食べてたんだよ」


望「街って………楽しいところだね」


蒼「そう思ってくれてありがたいよ。人混みに酔ったときはどうするか考えてたが」


望「初めはアレだったけど、今はもう、全然大丈夫」


蒼「それなら、食べ終わったら…」


望「あっ、蒼人くん」


蒼「ん?」


望「………はい、おすそわけ」


蒼「いいのか?」


望「今更遠慮されるのも恥ずかしい」


望「それに、ほんの少しでもお返ししたい」


蒼「そうかい、ならちょっとずつ頂くよ」



「あらぁ?蒼人くんじゃな~いの」



蒼「げっ」


望「?」


部「蒼人くんも明宮にお買い物なの~?アタシも化粧品をそろそろ補充しようと思ってたのよ~」


蒼「厳司げんじ部長…」


部「ん~?そのお向かいの娘は、もしかして例の?」


蒼「あぁはい。家の居候です」


望「あ、えっと……こ、こんにちはっ!れ、冷泉れいせんのぞみ=フリージィです、」


部「望ちゃんね。はじめまして、私は蒼人くんのお仕事仲間の厳司げんじ保隆やすたかよ、ちょっと前にあなたの事は蒼人くんから聞いたわ」


蒼「俺らはこいつの身の回り用品を買いに来たんですよ。こいつ、着の身着のままで家に来たんで」


部「あら、それじゃあ自分のお洋服とか持ってないのね?」


望「は、はいっ…いつもはワンピースで…」


部「あらぁ年頃の女の子がおしゃれしないなんていけないわ~」


ぽん!


部「そうだ。もし迷惑じゃないならアタシが見繕ってあげましょうか?」


蒼「いいんですか?」


部「女の子のおしゃれなら任せなさ~い。アタシだって心はお・と・め・なんだから」


蒼「っとという厳つい名前を有している部長は言ってるんだが、望はどうだ?」


部「蒼人くんのいけず~」


望「えと、本当にいいんですか?」


部「やんごとなき事情で蒼人くんのお家に厄介になってるのは聞いてるわ。そんな娘にしてやれることをしてあげたいだけよ。アタシの自己満足よ」


望「あ…………はい」


部「それじゃあアタシの予定変更よ!」


蒼「部長は男心も女心も兼ね備えてる。ただの男の俺よりは色々わかってるはずだ」


望「それはわかるけど…蒼人くんだけじゃなくてぶちょう?さんにも・・・」


蒼「だから、それは言わんと言っただろ?」


望「あ、うん…」


蒼「部長の言った通り、これは部長の自己満足だ、だからお前は甘えとけ」


部「さぁて、独りの退屈なお買い物から目的も変わって俄然やる気が出てきたわーーー!!」


蒼「行くぞ、望」


望「うん!」


………


蒼「うーむ」


蒼「さすがだてにおネエ部長してるわけじゃない」


蒼「望の水色の長い髪と、小柄な体型に似合うもの。服・靴・アクセサリー…とにかく俺には目の届かない所も余すことなく手入れしてる」


蒼「これが190オーバーの巨躯きょくじゃなけりゃ…」


望「あおとくーん!」


蒼「ん、終わったか」


望「どう、どう?似合ってるかな?」


蒼「あぁ、今までより遥かに可愛くなってるよ」


望「そんな正面から言われると…恥ずかしいよ」


部「顔立ちはいいし、特徴的な水色の髪を活かすって思ったらアイディアが沸いて出てきたわよ~」


部「小柄で元気な女の子だからちょっと暖色も混ぜてみたのよ~」


望「だんしょく?」


蒼「あとで教えてやるよ。それにしてもさすが部長と言うか、望と言うか…とにかく違う人のようだ」


部「それはこの娘の素質よ」


望「そしつ」


部「望ちゃんはとても純粋なのよ。だから服を合わせるときも計算より直感で選んだわ。その方がよりかわいくできると思ったから」


蒼「純粋ねぇ」


望「私、とても誉められてる?」


部「もちろんよ。望ちゃんには、ずっとそのままで居てほしいわね」


ポンポン


部「さぁて、と。服選びも気のすむまでやったことだし、望ちゃんに着せたものは何着かもう購入してるから、あとは蒼人くんが持って帰りなさいな」


蒼「本当に買い上げたんですね…」


望「えっ、えっ!?」


部「時には、こういう男だてらの豪快さも必要よ。それでこそアタシですもの」


望「でっ、でもっ!私たくさん着せてもらったのに…それをほとんどって………」


蒼「ほんとに、完全に自己満足で俺たちに押し付ける気ですね」


部「そう、アタシはこれを押し付けるのよ」


部「アタシって、本当に自分勝手よね?」


望「あっ…ぅ………」


蒼「そこはきちんと頷いとけ」


望「………はい、保隆さんは、自分勝手な、人です」


部「アタシこそ………泣くほどの迷惑をかけちゃったわね」


望「はいっ………」


蒼「ほんと、色々ありがとうございました」


部「またお仕事で頑張りましょうね」


蒼「精一杯働かせてもらいます」


部「それと………」


部(もしかして、冷泉れいせんのお話を聞いたのは…)


蒼(察してください。部長も感じたんでしょう?あいつの体温)


部(そう、あの娘がね……)


部(私もそんなに博識じゃないし…こういう時は社長の方が良く知っているかもしれないわね。いつか機会があったら聞いてみなさいな)


蒼(社長ですか…ありがとうございます)


望「あおとくーん!」


蒼「っておま…走ってると転ぶぞ」


部「それじゃお仕事で、ね?」


蒼「お疲れさまです」



………



蒼「ただいま」


望「ただいま~」


蒼「部長、ずいぶんと買い込んだんだな」


望「色んなお店を回ってはあーでもないこーでもないって言ってたけど、まさか買ってたとは思わなかった」


蒼「あの人暇らしいからな…やることなくて貯まってた諸々を発散したんだろう」


蒼「何はともあれ衣食住が整ったわけだ」


望「全部お陰さまです。本当に…誰にも頭が上がらないよ」


蒼「着周り以外の小物もあらかた買ったし、これで当面大丈夫だろう」


望「デート、楽しかったね」


蒼「ああ、大きなサプライズもあったし」


望「ねえ、また一緒にお出掛けしてくれる?」


蒼「お前がクレープを自分で買えるようになったらな」


望「ぁぅ」


蒼「半分冗談だ」


望「半分本気なんだ」


蒼「まだ休みもある。時々どこかに出掛けるくらい問題ないさ」


望「…ありがとう、蒼人くん」


蒼「さて、夕飯を食べて買ってもらったものを確認しよう。クローゼットを空けなきゃならん」


望「じゃあ私も夕飯の準備をお手伝いするよ」


蒼「どちらかと言うとこのたくさんの買い物を整理してくれるとありがたい」


望「あぁうん。それじゃあ私は服を運ぶよ」


………


望「ごちそうさま」


蒼「お粗末様。服の確認はもう終わったか?」


望「大体かな。思ったよりたくさんあってなかなか…」


蒼「手伝おうか」


望「あ、えっと………も、もうちょっと私に整頓させてもらえると、ありがたいなぁ…って」


蒼「ん、そうか。なら俺は先に風呂に入るよ」


望「うん、ごゆっくり」


………


蒼「はぁ………疲れた」


蒼「…とりあえず、部長にも協力をあおいだ訳だが、やっぱり謎が拭えん」


蒼「家族、住む場所、年齢、性別…は言うまでもないとして」


蒼「ほんとに、冷泉れいせんのぞみとは何者なんだ」


蒼「それに、身分を明かしてわかったならどうすればいい?おいそれと引き渡せばいいのか?」


蒼「………俺は、どうしたいんだ?」


蒼「いかんな、あいつに言った手前、自分がセンシティブになっては示しがつかない」


蒼「ここは、なすがままに身を任せよう」


蒼「………」


蒼「…もし、それでもあいつに行く場所がないのなら」


Date-07/10

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