page.7 バックログ

蒼「ふぁ~…朝の、八時か」


蒼「少し寝過ごしたが、自転車で行けば問題ないな」


蒼「さて、あいつは起きているのかどうか」


蒼「望?起きてるか~?」


蒼「…声がしないな」


望「あっ」


蒼「ん?お前一階にいるのかー?」


望「おはよう、蒼人くん」


蒼「朝は早いのな」


望「七時くらいに目が覚めちゃって、ちょっとお家を見て回ってたところだよ」


蒼「妙なところいじってないだろうな」


望「そんな心外な」


蒼「なんか、お前からいたずら好きのイメージが拭えん」


望「ひどい」


蒼「とりあえず、二日経って体調はどうだ?」


望「充分だよ。ほら」


蒼「おお、冷血人間に戻ってる」


望「ひどい…」


蒼「洗濯も済んでるだろうから元の服に着替えるか」


望「そうだね。もうちょっと色々着てみたかったけど、わがままは言えないよね。只でさえお世話になりっぱなしなんだし」


蒼「おしゃれ………か」


蒼「結局、どうしてお前がそうなったのかはわからずじまいか」


望「そうだね。それが解決できれば蒼人くんに迷惑かけなくていいんだけど」


蒼「まあ、迷惑だとかあまり気にするなって。昨日も言った通り、一人には広い家だからな」


望「う、うん」


蒼「むしろ、気がかりがないならお前が元の生活に戻るまでくらい、ここに居候してても構わんよ」


望「ほんとうに…?」


蒼「父さんも母さんも戻るのかどうかすらわからない始末だ。それに、お前の事に関しては乗りかかった舟な感じもあるからな」


望「舟?」


蒼「自分の家の事を覚えてないんなら帰る場所も探しようがない。帰る場所がないんならこれも何かの縁と思ってここに帰ってこい」


望「蒼人くん………」


蒼「嫌なら構わんが?」


望「…ううん、嫌だなんて私には言えないよ。どっちかと言えばそれは私のセリフだもん」


望「…いつまでかはわからない。でも私は頑張る。それに、お世話になり続けるのも申し訳ないからなにかお返しもしたい。そんなこと、全部含めて」


望「ここに居ても、いい…かな?」


蒼「あぁ。祭ヶ原家にようこそ」


蒼「………のぞみ


望「ふふっ、ちゃんと名前で呼んでくれると、何だか恥ずかしいね」


蒼「思春期か」


蒼「さて、居候が決まったはいいが、俺はこれから仕事だ」


望「じゃあ私はお家にいるよ」


蒼「そうか。じゃあ朝飯食べるついでに色々と機械の使い方を教えておくぞ」


望「はーい」


蒼「あと、居ると決まったなら無理に元の服にする必要はないから、普段着を自分で好きに見繕っていいからな」


望「お世話になります」


蒼「それじゃ、仕事に行ってくる」


望「行ってらっしゃーい」


パタン…


蒼「………俺も何かヒントを探してみるか」



………



牧「おうっす。いつも通りのご出勤だな」


蒼「まあな」


芙「おはようございます、蒼人さん」


部「蒼人くん、おはよ」


蒼「おはようございます、厳司げんじ部長」


部「んもう、その名字で呼ばないでよ」


蒼「名が体を表さないいい例ですね」


牧「厳司げんじ 保隆やすたかって完全に男ですもんね」


部「ま・き・と・くぅ~ん?あとでちょっと屋上ねー」


蒼「ご愁傷さま」


芙「もう、牧人くん余計なこと言い過ぎだよ」


牧「カッコいいって思っただけなのにか?」


部「アタシは出来ればオンナでいたいの。そんな乙女心をわからない牧人くんにはアタシの愛の抱擁を…」


牧「うわっ、ちょっ…部長!筋肉筋肉!!締め付け強いから!!ちょ…ぐぎゃぁぁぁぁ………!!」


蒼「骨が音を立ててる…」


芙「部長!それじゃ牧人くんがお仕事出来なくなります!」


部「さて、それじゃ今日もみんなよろしくねー。今日は製作はないからデスクワークだけになるかもだけど、勘弁してちょうだいね」


芙「あ、ホットコーヒーを淹れますが、他にいる人は」


牧「じゃあ俺も…もらうよ…ぐふっ」


部「アタシもちょうだーい」


………


芙「屋上の風が気持ちいいね」


蒼「あー、身体が凝り固まって…」


牧「デスクワークは俺の一番苦手な仕事だぜ」


芙「座ってばかりも身体によくないからね」


蒼「製作と事務処理と、どっちが幸せか」


牧「それより蒼人」


蒼「ん、なんだ?」


牧「お前、最近なんか変わったことでもあったか?」


蒼「この前も言ってたな」


牧「いや、見間違いかもしれんのだが、なんかお前最近楽しそうに見えるんだよ」


蒼「楽しそう?」


芙「あっ、それ少しわかるかも。はっきりとは言えないんですけど、表情が豊かと言うか」


蒼「俺、そんなに愉快に見えるのか?更に言うと俺は今までそんなに鉄仮面に見えてたのか…」


芙「あぁっ、えっと…そういうことではなく…て………えっとぉ………」


牧「蒼人、芙由であまり遊ぶなよ」


蒼「悪い、いつもの癖が」


芙「あっ…でもっ、蒼人くんがなんだか楽しそうなのは私も思ってました!」


蒼「楽しそうか…」


牧「何か嬉しいことでもあったのか?」


蒼「嬉しいことはないが………そう見えるんなら何かあったんだろうな」


牧「なんでお前が他人事なんだよ」


芙「相変わらずですね、蒼人さんは」


蒼「うっせ。ほら、そろそろ休憩終わるぞ。地獄のデスクワークの再開だ」


牧「へいよ」


芙「はーい」


………


部「さーて、もう八時ね」


蒼「座り疲れた………」


牧「厳司部長、何か飯奢ってくださいよー」


部「んもう、牧人くんは欲しがるわね。なら冷蔵庫にアタシの取り置きのスイーツがあるから一つ取っていきなさいな」


牧「おっし、ゴチになります!」


部「今日のお仕事は終わりだけど、明後日のお仕事は製作だから準備しておいてねー」


蒼「今度はなんの製作ですか?」


部「毎年恒例のこの町の夏祭り用の製作案件よ。アタシたちの一番の書き入れ時ね」


蒼「夏祭り、か………」


部「アタシが小さい頃は隣の冷泉れいせん町でやってたけど、今はこの町のお祭りになっちゃったわね」


蒼「冷泉れいせん町で祭りですか」


部「そう、小さすぎてあまり覚えてないけど、家族みんなで冷泉れいせん町に行って、夏祭りを楽しんでいたわね」


蒼「いつからこの町でやるようになったんですか?」


部「それは、覚えてないわね。物心つく頃にはもうこっちのお祭りになってたもの」


牧「俺らが生まれた頃はもうこの町のお祭りだったからな」


芙「そういう話は興味深いですね」


蒼「冷泉れいせん町の祭りか…」


部「冷泉れいせん町の事が気になるのかしら?」


蒼「ああいえ、よく飲み物を買ってる自販機が町境にあって、時々眺めてたんで」


部「あの町も色々と試行錯誤してるようね。ずっと昔はあの町そのものが観光資源だったとも聞いてるけれど、もう見る影もないわね」


蒼「………」


部「ま、今は明後日の製作の事を考えましょ。明日はお休みだし、もし暇なら冷泉れいせん町に行ってみるのもいいんじゃない?」


蒼「そうですね、行ってみようと思います」


牧「俺らはまたデートかな」


芙「そう、かな」


蒼「さすがのカップルだな」


蒼「お疲れ様でした」


部「はーい、また明後日ね~」


蒼「ふぅ」


牧「また今年も祭りなんだな」


芙「今年は浴衣を着たいなぁ」


牧「ちょうどいいから明日見に行ってみるか」


芙「うん」


蒼「……」


牧「おいどうした?なんかボーッとしてるぞ?」


蒼「あぁ、すまん」


芙「冷泉れいせん町の事が気になってるみたいですね」


蒼「わかる…よな」


牧「そりゃ食いぎみに質問してりゃな」


蒼「この前の休みにその冷泉れいせん町の神社に行ったんだよ。で、その時に少し話を聞いたものだからな」


芙「お話、ですか?」


蒼「神社の人も、ずいぶん昔を最後に町で催事が行われなくなったって言ってたから」


芙「部長も町が観光資源だったって言ってましたから、冷泉れいせん町は元々すごく有名な町だったんでしょうか?」


牧「俺らが知ってるのは、ただの住宅街だけどな」


蒼「………あ、ところでだな」


芙「はい?」


牧「どうした、改まって」


蒼「芙由もいるのにこういうこと聞くのは気が引けるんだが………」


牧「水くさいな。旧知の仲じゃないか」


芙「なんだか気になりますけど、なんでしょうか?」


蒼「………誤解されること前提で聞くんだが、女性ものの下着ってどこで買うのがいいか…と」


芙「………」


牧「………」


芙「………蒼人さん」


蒼「はい」


芙「そういう事を質問するときは」


蒼「はい」


芙「…理由から先に話した方が誤解がなくて済むと思いますよ」


蒼「ですよね」


牧「芙由、動じないのな」


芙「何となく、よこしまな理由じゃないのは気付いてたから」


牧「さすが、大人の女だ」


芙「うん。私は大人の女だよ」


蒼「悪いな。理由をどう言えばいいのかわからなくて」


芙「とりあえず、蒼人さんが趣味とかじゃなくて下着を探してるのはわかりました」


牧「普通なら電車にのって明宮あけのみやだろうな」


蒼「明宮あけのみやって電車で3駅向こうだったな」


芙「明宮あけのみやはショッピングモールができてますから、下着に限らず色んな洋服がありますよ」


牧「俺はもっぱらディスカウントだけどな」


蒼「そうか。ありがとうな」


芙「あ、蒼人さん」


蒼「ん?」


芙「…その、深い事情は聞かない事にしますけど、とにかく頑張ってください」


蒼「………あぁ、ありがとう」


牧「うし、話もまとまったし、芙由は乗っていくか?」


芙「うん」


蒼「じゃ、俺は歩きだから」


牧「また仕事でな~」



………



蒼「さて、あいつはどうしてるか…」


カチャ


蒼「ただいま」


蒼「…これ言うの、何年ぶりだろうな」


望「あっ、お…おかえりなさい」


蒼「元気してたか?」


望「うん。退屈になるくらいには元気だよ」


蒼「だよなぁ。外に出られないんならそうなるよな」


望「そういえば、蒼人くんはなんのお仕事してるの?」


蒼「俺の仕事場は製作所だ。この界隈の中型やら大型の機械とか、あと木製の色々とか、そういうなんでも作る会社的なものだ」


望「蒼人くんも作れるの?」


蒼「まあな、小物くらいなら一人でも作れるかな」


蒼「そういえば、わからないことの方が多いお前に聞きたいんだが」


望「前の一言は余計だと思うんだけど、なに?」


蒼「お前は何歳なんだ?」


望「ホイホイと年齢を聞くのもとても失礼だと思うけど…えっと………あれ」


蒼「よもや、それも覚えてないと?」


望「あはは………ごめん」


蒼「ほんと、お前はわからんことずくめだな」


望「せっかくここに居させてくれるのに、私から返せるものが少なすぎるよね」


蒼「まったくだな。家賃でも取ってやろうか…」


望「ぁぅ」


蒼「冗談だ」


蒼「それに、お前のそんななんやかんやを取り戻すための居候だ。わからないことが増えたってする事は変わらないさ」


望「…やっぱり蒼人くんは優しいね」


蒼「そりゃどうも。さて、玄関先で立ち話なんてしてないで飯にしよう」


望「私、何か手伝いたい」


蒼「じゃあ少し頼むよ」


望「うん!ちょっとでもお返ししたいもん」


蒼「お前は素直なのな。俺ら大人には眩しいくらいだ」


望「素直が一番、だよ?」


蒼「眩しすぎて直視できない」


望「もうちょっと見てよ」


蒼「ジー………」


望「見つめすぎだよ」


………


蒼「おやすみ」


望「おやすみ~、蒼人くんは明日もお仕事?」


蒼「いや、明日は休みだ」


望「何か予定はあるの?」


蒼「ないなー」


望「なら、私、ずっとお家にいたからお出掛けしたい」


蒼「…そうだな。ずっとくすぶってばかりもよくないしな」


蒼「………あ」


望「どしたの?」


蒼「出掛けるついでにお前の身の回り品を買いにいこうか」


望「私の?」


蒼「歯ブラシとかそういうのだよ。あと、下着もお前一つしかないんだろ?」


望「う、うん……」


蒼「だから色々と揃えておこう」


望「それじゃあ明日はお出掛けだねっ」


蒼「そうだな。デート…とも言うかな?」


望「あっ、う………」


蒼「なんだ?デートに怯むようなやわじゃないだろうに」


望「う~ん…まあ、ね」


蒼「それに、デートでパンツを買いにいくなんて普通しないだろ?」


望「蒼人くんのデリカシーのなさで一気に冷静になれたよ」


蒼「なら、問題ないな」


望「………はぁい、ふふっ」


蒼「じゃ、おやすみ買い出しの時間は、まあお互いの起き抜け次第ってことで」


望「うん。おやすみなさーい」


Date-07/09

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る