page.5 バックログ

蒼「あ゛ーー………身体がだるい。日が陰ってきた夕方からとはいえ、そこから夜11時まで延々資材積み降ろしの作業だ。肩とか腰とか諸々が疲労困憊だ」


蒼「こういうときは、無理せず家でゆっくりしていようじゃないか。それに、昨日書きそびれた日報もあるし」


蒼「…色々と聞きたいことは多いな。今頃は何をしているか」


蒼「もし、今度と出会ったなら、涼をとるついでに神社に行ってみるのもいいかもしれない」


蒼「…いや、冷泉れいせん町の出身だ。神社の事くらいは知ってるだろう」


蒼「それに、女の子と二人で町を歩き回って神社に行くって、ほぼデートだよな」


蒼「見た感じあいつは高校生か、下手すりゃ中学生にも見える。それが普通に仕事してる俺とデートなんて…端から見りゃ事案モノだな」


蒼「………あ、俺あいつの年を知らなかったな。見た目の感じだけで考えてたが」


蒼「女の子ってのは見た目によらないからな、あの芙由ふゆだって女の子としては小柄だが、俺と三つそこらしか変わらない」


蒼「始めの紹介で二十代って言われたときは唖然としたな」


芙(蒼人さーん、私がどうかしたんですかー?)


蒼「はっ!?このリビングから芙由の声!?」


芙(外にいるんですよー)


蒼「っと、そうか。悪い、すぐに出るよ」


………


芙「こんにちは」


蒼「急にどうした?それに牧人はいないのか?」


芙「いえ、牧人くんはよそに車をつけてます。これからお出掛けなので」


蒼「デートか」


芙「ま、まあ……はい」


芙「…それで、部長さんから蒼人さんにお届け物があったので…これです」


蒼「お届け物ねぇ…なんか受け取ったら買収された感がするから受けとりたくないのだが…」


芙「あはは…でも、蒼人さんはここ数日で色んな所に出向いてはお仕事を果たしてくれたから、労いのつもりだって」


蒼「ま、それなら社会人の礼として受けとることにするか」


芙「でも、部長さんじゃないですけど私も蒼人さんにお世話になったので、この贈り物には私と牧人くんからの分も入ってます」


蒼「お気遣いなく…は、当人を前に言うことではないな。それなら、ここは遠慮なく厚意を受けとることにするよ」


芙「それが一番嬉しいです」


蒼「さて、二人はデートなんだろ?早く戻ってやらんと牧人が拗ねるぞ」


芙「大丈夫です、牧人くんは待ってくれますから。それじゃあまたお仕事で」


蒼「おう、楽しんでこいよ」


パタン…


蒼「あの中性的な部長がねぇ…?」


蒼「…おや、携帯にメッセージが」



"私は小柄ですが、れっきとした二十代です。大人ですよ?"

芙由



蒼「知ってるよ。て言うか聞こえてたのかよ」


蒼「芙由も意外と油断ならないな。牧人、ほだされなきゃいいけど」


蒼「さて中身は…ん、八個入りの果物ゼリーか。それと…?」


蒼「マリンスノーの小さな星形キーホルダー…これが芙由と牧人の分なんだろうな」


蒼「…一人で八個はさすがに申し訳ない。そうだな、冷泉神社とか、あとはにでもあげることにするか」


蒼「キーホルダーは………うむ、自分で使ってどうにかしよう、予備の鍵に…」


蒼「さて、まずは数も多いし、三人暮らしだと言ってた更月さらつきさんに持っていこう。にはそのうち会うだろう」


蒼「いてて…筋肉痛が………」



………



蒼「…日が高いうちに来なければよかった」


蒼「いや、日が高かったからこの神社の恩恵にあずかれたのか?」


明(あっ、蒼人さん)


蒼「やあ、また来たよ」


明(いらっしゃいませ)


蒼「この前もだけど、いつも制服でお手伝いを?」


明(あ、今日は午前中に学校に行ってたので。この前も学校の終わりだったので、蒼人さんにはいつも制服に見えちゃうだけです)


蒼「夏休みの学校か…それって、補習か何か?」


明(お恥ずかしながら)


蒼「それは大変だよな。俺も学生の頃は似たような奴だったよ」


明(ところで、今日はどんなご用事ですか?)


蒼「あぁそうだ。今、仕事仲間から果物ゼリーをもらったんで、せっかくなら誰かにと思ってね」


明(わわっ、そんな…だってこの前お会いしたばかりなのに…)


蒼「気にしなくてもいいよ、数が多いからお裾分けだ」


明(あ、ありがとうございます…あのっ!お時間があれば、私のお家の方で蒼人さんもゼリー、食べませんか?)


蒼「ここで?」


明(お父さん、お母さんにも蒼人さんの事を紹介したいですし、そのゼリーの話もしたいので)


蒼「なら、せっかくだからそうしようか」


………


夜「ありがとうございます、何だか申し訳ない気持ちもありますが」


蒼「気にしないでください。娘さんにこの神社の事を教えてもらったので、そのお礼だと思っていただければ」


夜「ではありがたく受け取らせていただきます。私は麦茶を出すくらいしかできませんけど」


蒼「明乃さんはこの神社が好きなようですね」


夜「えぇ、平日は学校から帰れば境内のお掃除、お休みには丸一日神社で巫女さんをしてる日も…」


明(丸一日はしてない)


夜「ここを大事にするのはいいけれど、いい歳の女の子の母親としては心配なばかりで…」


明(むぅ)


夜「………それに"神様のいない神社"を大事にしても…と言う思いもあるので」


蒼「神様がいないとは?」


明(………)


夜「ここも昔は冷泉れいせん町の核になる神社だったそうなんですが、明乃の祖母…私の母の代を最後にこの神社で催事が行われなくなったそうです」


蒼「それはまた、どうして?」


夜「さぁ………私が幼い頃に母に聞いてはみたものの、納得できるような答えは聞かれませんでした」


明(………)


夜「それで、六年ほど前でしょうか、その最後の生き証人である母が亡くなったので境内を取り壊そうとしたのですが…」



―だめっ!こわしちゃだめーっ!まだかみさまはいるもん!かみさまがもどってくるもん!!



夜「…明乃がそれを必死に止めたことと、境内の解体の為の多額の費用がかかること、そして町の自治会の反対等があって、今のような事になっているんです」


明(………)


夜「あとの二つについては付則的な理由なのですが…あの日に明乃がこれでもかと言わんばかりに泣き叫んだ事が………ほら、この子って聞いての通り声が小さいでしょう?」


蒼「えぇ………まぁ」


明(むぅ)


夜「だから、この子がここまで自分を押し出して私達に叫んだことが印象的で…それに負けてしまいました」


蒼「それはまた、随分と大変だったとお察しします」


明(私は…本気です)


夜「だから、そんな神社に入れ込んでいるこの子に心配も尽きないんですよ」


夜「お友達をここに連れてくることもなくて、お出掛けをすることもせず、ずっと神社の事を思ってくれる明乃の事を…ね」


明(学校の友達には…お手伝いとかさせたくないだけで、お出掛けも、行きたい場所がないだけ…なんですけど…)


夜「………ねえ?」


蒼「なるほどねぇ…」


夜「ですから、明乃がこうして誰かを案内してくれたのはどんな人であれ珍しい事でした」


蒼「俺は、偶然ここに立ち寄っただけなんですけどね」


夜「それでも、明乃がお招きしたお客様です。もしよければ、またいつでもいらしてください」


蒼「ありがとうございます。隣町なので足繁くとはいきませんが、この町に来たなら時折来ます」


夜「お待ちしております。あ、麦茶のおかわりを用意しましょう」


明(私、取ってくるね)


………


明(その…お恥ずかしい話を聞かせてしまいましたね)


蒼「この神社をとても好きなことが伝わったよ」


明(っ………)


蒼「そんな"忘れてください"みたいな目で見られても…」


明(お母さん、話好きだから………はぁ)


蒼「けど、どうして神様が…って思ったんだ?」


明(それは………)


蒼「…まあ、無理に聞くつもりはないよ。この神社に来る客として、今日聞いたことが分かれば充分だしな」


明(いつかお話しできるように…私なりのこの神社の事、お話しできるようになりたいです)


蒼「そうかい、頑張れよ」


明(…はい)


蒼「それじゃあ、また暇があったら立ち寄ってみるよ。ここに案内したい奴もいるからな」


明(お待ちしてます。ゼリー、ありがとうございました)


………


蒼「さて、帰ることにするか」


蒼「陽もいい具合に落ちてきた。今日の夕飯は………ん?」


蒼「…バス停か。住宅街ならバスは便利………あれ?」


(はぁ…………はぁ………)


蒼(息づかい?何だか走ったあとのような…)


(はぁ…………はぁ………)


蒼(いや、これは何かおかしい)


蒼「…覗いてみるか」


(はぁ…………はぁ………)


蒼「すみません、何かあったんですか?バス停から息………が…」


望「はぁ………はぁ………」


蒼「望?のぞみっ!?」


望「はぁ…はぁ……あ、おと……く………」


蒼「おい!どうしたんだよ…って、脈が早い…それに…冷たく………ない………?」


蒼「おい!望っ!なんでこんなところで倒れてんだよ!?」


望「はぁ…はぁ………」


蒼「ちっ……おい、立てるか?」


望「あお…と………く」


蒼「しゃべってる場合じゃねえよ。くそっ…こうなりゃ背負って行くか。おい、お前の家………あっ」



―不思議なんだ。私にどんな家族がいるのか、どんな家のどんな部屋にいるのかとか、そういうのが私には全くないの………



蒼「…くそっ!」


蒼「どうすればいい?神社…には迷惑はかけたくない。芙由と牧人も同じくだ。なら………」


蒼「……俺の家か」



………



蒼「…鍵が尻ポケットだな。よっ……と」


蒼「望、大丈夫か?」


望「う………うぅん………」


蒼「ったく、なんであんなところで…しかもこいつ、元々身体が冷たいせいで気づかなかったが、風邪をひいているんじゃないか………?」


蒼「とにかく、布団を敷いて寝かせよう。あとは何か目が覚めたときに食べられるものを………」


蒼「汗は…かいてないみたいだな。風邪を引いても人並みか少し低い体温になるからだろうな」


蒼「って言うか、どうしてあんなところで倒れてたんだ?」


望「はぁ……はぁ…………はぁ……」


蒼「いや、考えるのは後だ。出来ることから順番にやろう…自分の飯も作らなきゃならんし…まずはそこからだな」


望「はぁ………はぁ………ま、くん」


蒼「大人しくしてろ。とりあえず今は寝とけって」


望「………ま、くん」


Date-07/07

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る