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蒼「…昨日の今日で、まだ僅かに辛味が舌を突き刺す」


蒼「昨日食ってるときはなんともなかったのに、起き抜けから辛さがじわじわと舌を焼くように沸き上がってくる」


蒼「芙由ふゆの好きな辛いものって…こんな感じなのか」


蒼「いかん、午後からの仕事だと言うのにこのままでは身が入らん…何か、辛さを抑えられる………」


蒼「…現状一番口を消火できる物と言えば」


蒼「………図らずともあの場所に行くことになるのか」



………



蒼「来てしまった。あの自販機だ」


蒼「なぜ俺はここにこんなにも縁があるんだろうな。わざわざ家から10分も離れた町境にある自販機だのに」


蒼「って、おや?今日はあいつがいない、どこか歩き回っているんだろうか」


蒼「いや、関係ないな。ココアココアと…」


蒼「ふいー…大分楽になった」


蒼「…まさか、自分からココアを欲することになるとは。なんたる運命のいたずらだ」


蒼「しかし、この自販機から東に行けば冷泉れいせん町か、近所だから名前は知ってるが、改めて考えると行ったことはなかったな」


蒼「どれ、歩いてみるか」


蒼「冷泉れいせんなんて言うからもっと涼しい場所を想像してたが、うちの町と大差ないんだな」


蒼「それと、さっきから人気があまりない。哀愁漂う真夏の田舎町って感じだ」


蒼「人が住むだけのあまり魅力のない町なんだろうか?」


蒼「………いや、そうか。冷泉れいせんなんて名前のを思い出すから涼しそうと言うイメージが抜けないんだな。さて、そうなるととこの町、どっちが迷惑なのか」


蒼「名前から涼しさをイメージさせたあいつが悪いのか、はたまた名前負けしているこの町が悪いのか」


蒼「………直射日光の中で深く考えるのはよそう。どこか涼める場所は…と」


蒼「案内地図か、どうやら近くに神社があるらしいな。行ってみるか」


………


蒼「おお、木々が日光を遮って神社の境内が涼しいな」


………ませ


蒼「…ん?なんか声が聞こえたような」


………しゃいませ


蒼「なんか俺、呼ばれてる?」


(いらっしゃい…ませ)


蒼「うぉっ!?め、目の前!?」


(こんにちは、ご参拝ですか?)


蒼「んっ?悪い、よく聞こえなかったんだが」


(参拝の…お客様ですか?)


蒼「あー…参拝がどうとか聞こえるけど、俺は参拝じゃないんだ。ちょっと涼みに入っただけだよ」


(そう、ですか………)


蒼(声が小さい………)


(わたし、更月さらつき 明乃あきのって、言います)


蒼「…さらつき………?」


明(さらつき、あきの、です)


蒼「ああ、あきの…か。俺は祭ヶ原まつりがはら蒼人あおとだ」


明(………蒼人さん?)


蒼「あぁ、呼びたければそう呼んでくれ」


明(蒼人さんは、どうしてこの町に?)


蒼「別に、本当にただ歩いてたら涼しそうな神社を見つけただけなんだ」


明(そうでしたか。ここは冷泉れいせん神社、ずっと前は人もある程度居たみたいなんですが、私が生まれた頃にはもうこんな感じでした)


蒼「前は、ってことは昔は何かあったのか」


明(私のおばあちゃんから聞いたのは、昔はこの神社で神事があって、その神事がちゃんと終わったら、夏の間のこの町はずっと涼しくなった………とか)


蒼「ほーん、ということはこの町には冷泉れいせんと言う名にふさわしい何かがあったわけだ」


明(そう、聞いてます)


明(あまり、驚かないんですね)


蒼「ん?ああ、なんかそういうものの一端に触れてるものでな」


明(はぁ…?)


蒼(神事と涼しい町か。それなら、あいつの体質とか諸々はこの町と何か関係があるのか?)


明(…蒼人さん?)


蒼「あぁすまん、ちょっと考え事をしてた。それじゃ明乃は今のこの神社の巫女になるのか?」


明(えっ、あっ…そういう訳じゃ…)


蒼「でも、着てるのは制服か?」


明(あ、はい。私は隣町の高校生、ですから)


蒼「てことは、今は夏休みな訳か。巫女のバイトには…」


明(いえ…あの、この神社は私のお家なので)


蒼「………おお!」


明(はい…そういうこと、なんです)


明(今は、お父さんとお母さんと三人暮らしです)


蒼「それで、休みだから家業のお手伝いと言うわけか」


明(はい)


蒼「若いのに親孝行だな」


明(いえ、そんな…私はこの神社が好きだからやってるだけです)


蒼「神社が、好きなのか?」


明(えと、が好きなんです。何て言うか…この佇まいとか、雰囲気とか)


蒼「ほう、侘び寂びを感じる事の出来る高校生とは」


明(いえっ、侘び寂びとかそんなんじゃなくて………)


明(………どう言っていいのかわからないんですけど、あえて言うなら…この神社ってみたいな感じがするんです)


蒼「おんな…の、子?」


明(変ですよね。でも、なんとなくそんな言葉が頭の中を巡ると言うか、不意にそんなイメージが掠めると言うか…)


蒼「はぁ…?」


明(こうして神社でお仕事をしてると思うんです。もしかしたら、この神社には女の子の神様が居るんじゃないか………って)


蒼「女の子の………神様………」


明(…蒼人さん?)


蒼「あぁすまん。また考え事をしてた」


明(考え事、好きなんですね)


蒼「考え事は大事だからな」


明(そうかもしれませんね、ふふっ)


蒼「おっと、そろそろ仕事の時間か。また暇なときに涼みに寄らせてもらってもいいか?」


明(はい。お待ちしてます。夏休みは大体私がいると思いますよ)


蒼「なら、遠慮なく寄らせてもらうよ」


明(さようなら)


蒼「おう」


……………


蒼「冷泉れいせんの由緒ある神社と、その伝説と、そして神様か」


蒼「思う所は多いが、今は仕事に念を入れることにしよう。もしかしたら今日は屋外作業のなるかもしれんからな」


蒼「…今度、もしあいつに会ったら」


Date-07/07

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