第5話 とりあえず、何とか異世界にきました



 魔王アルフレグ。

 数年前に魔界に彗星の如く現れた魔王であり、ガルディアン国クリストフ王にとっては最悪の敵であったのには違いなかった。

 精強なる軍を有し、覇権国家のひとつであったはずが、アルフレグとの戦争により、国は疲弊してしまった。

 気づけば、国土の3分の1を魔界の領土にされ、他の国からの援助を受けなくてはいけない立場になり、勇者召喚の儀を行うところまで追い詰められた。

 何とか勇者志藤信(しどうまこと)と一緒に呼ばれた忍びの少女と国の賢者ヨアン・ブノワと第2王女ソニアの手を借りて、アルフレグを打倒することが出来た。

 しかし、犠牲として第一王女が倒れてしまった。

 召喚の儀に失敗し、リゼット・アルフレグがその反動で眠りから覚めなくなってしまった。

 せめてもの慰めとして、彼女が気に入っていたハンナリエッティの山が見える部屋に寝かせて、天蓋つきのベッドで眠らせて体が汚れぬように召使には気を使わせている。

 リゼットの姿は眠っているようにしか見えない。

 体中の魔力を使い果たし、眠っているのだろうと思われるとヨアンは言っていた。

 今、自分の魔力を与えることが出来れば、とクリストフは常々思っていたが、彼には魔力がほとんど無かった。

 それ以上にこの召喚の儀では永遠に近い眠りを与えられるといわれているのだ。覚悟の上だと娘は言っていたし、クリストフも心積もりはしていたはずなのに。

「ああ、リゼット。私のかわいいかわいい一人目の娘。早く、目覚めておくれ」

 彼がリゼットを見舞う姿はクリストフの燃えるような赤い鬣(たてがみ)のような髪が燃え尽きた炎のように思えるくらい弱弱しく思わせるような姿だった。

 両手で娘の右手を握り、涙する。

 男としてそれはいけない事だと思いつつも娘を思うとどうしても涙が出てしまう。

「ああ、リゼット!」

 帰ってきて送れと国の神グラン・エノンに祈りをささげる。

 娘の手を優しく握りながら、彼の涙が止まることは無い。民の前では豪胆な王としているべきではあるが、ここにいるのは一人娘を心配する哀れな父でしかないのだ。

 今、できることは祈ることしかないが。

 何という運命をグラン・エノンはクリストフ王に与えたのだろうか。

 ああ、国が救われようとも王の嘆きの声は収まらない。何という、悲劇、

 国の礎となった娘は目覚めない。あまりにも酷い仕打ちではないか。

 


「ええっと、これ出た方がいいのかな」


 の、筈だが、

 そのリゼットが自分の寝ている部屋のドアの隙間からのぞいているというのはどうなのだろうか。

「私に聞かないでください。姉さま。そもそも、出たほうがいいに決まって」

「演出としては30点だ。神々しく出ないと駄目だ。ここからではなく、テラスから出るんだ」

「えっ、怖いです」

「幽霊だから落ちるわけ無い」

「でも、怖いのは怖いです」

「ええいっ、俺についてこい。メイド妹・・・・・・隣の部屋に入らせろ」

「ちょっ、私にはソニアという名前が、うあっ、腕を引っ張るな。悠美タスケグエッ」

 そういいながら、明るい赤髪の少女が修也に引っ張られ、女の子としては言ってはいけないような蛙の潰れたような声を出す。

「悠美は空気を読んで外に出ている。うむ、俺はいい友人を持った」

「くそっ、あの忍逃げやがっ、ううおおお。アイツ、殺す。ぜってーに殺す」

「いやいやいやいやいや、それは無いと思うよ。ソニアちゃん」

「うおおおおお、なんてあざとさ。あざとさカワイイ。チクショー私には無いものをあっさりと見せ付ける姉様が憎い」

「えええっ! 私、そんな事思ったことが無いよ」

「黙れ。黙って、俺についてくればいいのだ。メイド・・・・・・」

「ああっ、どうすれば」

 気づけばフリルのついたメイド服を着こなしたリゼットがオドオドとなすすべも無く、修也についていく。

「私をタスケロオォ」

 ソニアはお嫁にいけないようなおぞましい顔をしながら引きづられていく。

 抵抗をしているが、その姿もあまりにも無様で国を救ったはずの英雄には見えない。

 どちらかというと四天王の一人目のような弱いかませ犬といったところだろうか。

 このような事態になったのは1週間ほど前に戻る。

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