4
終業式を明日に控えた学校では、その日の朝礼で弓村真花の死が伝えられた。
ショックと動揺を隠せないクラスメートの中で、フユだけは冷静だった。休み時間にも、もの言わぬ月のような態度で座席に座っている。通常通りの授業が行われたが、生徒のほとんどがそれに集中できずにいた。
放課後、教室を出たところでフユは足をとめた。渚と陽奈子の二人がそこに立っている。
「ちょっといいかな、フユ?」
と、渚が言う。その表情には、子供が夜の闇を怖がるような、かすかな怯えの翳があった。後ろにいる陽奈子の顔にも、同じものがある。
「ええ――」うなずきながら、フユは言った。「いいわよ」
「ここじゃなんだから、音楽室に行きましょう」
陽奈子がそう提案して、三人は無言のままその場から移動をはじめた。途中、フユは窓の外の重苦しく曇った空を見た。まるで泣きたいのを我慢しているような空模様だった。視線を元に戻して、けれどフユは自分がそんなふうに思ったことを不思議に感じている。
音楽室には誰の姿もなかった。薄い暗闇が、何かを隠しているような静かさでそこにある。扉を開けると、明かりをつけてまず渚が中に入った。
暖房の入っていない教室は冷たく、息が白くなるほどの寒さだったが、三人とも何も言わなかった。まるでこの場所に来ることは二度とないのだから、とでもいうように。
最初に口を開いたのは、渚だった。小さな体で敵陣に切りこむ、バスケットボールのポイント・ガード。
「真花が死んだ」
と、渚は短切にものを言った。
「昨日のことだ。うちの親に電話がかかってきた。陽奈子のところにも。何で死んだのかはよくわからない。でもとにかく死んだことだけは確かだ」
「…………」
「あんたは何か知っているんだろう?」
フユは答えず、逆に訊きかえした。
「どうしてそう思うのかしら?」
「私たち、つまらないやりとりをするつもりはないのよ、志条さん」
渚の横から、陽奈子が言った。厳格な教師みたいなしゃべりかたである。
「昨日、あなたが真花といっしょにいるところを、私たちは見ている。そのあとで、真花は死んだ。これ以上、何か言うことはある?」
フユは短いそぶりで、かぶりを振った。もちろん最初から、ごまかせるなどとは思っていない。
ただ、彼女たちがどこまで信じるのか――
「そう、確かに私は真花といっしょだった。彼女が死んだときも、私はそばにいた」
「やっぱり――!」
渚がそう言って詰めよろうとするのを、陽奈子が手で制した。
「……続けて」
「私と真花は病院に行った。彼女の姉が入院している病院よ。弓村桐絵はすでに危篤状態だった」
二人ともおそらくそのことを知っているのだろう。何も言おうとはしなかった。
「その時、真花には二つの選択肢があった。選択はそのどちらか一つだけ。残念ながら、この不完全な世界では、その二つの選択肢しかなかった。一つは、このまま弓村桐絵の死を看とること。もう一つは、どんな方法でもそれを回避すること」
「姉さんが死ぬ前に、自分のほうが先に死のうってこと?」
自分の発言に顔をしかめながら、渚が訊いた。
「いいえ、もちろん違う。彼女にはたった一つだけ、姉を救う方法があった」
「――そのせいで、真花は死んだっていうの? お姉さんの代わりに」
とても信じられないというふうに陽奈子は言う。
「ええ、そういうことよ」
「いったいどうやったっていうんだ?」
渚が訊くと、フユは正直に答えた。
「魔法を使ったのよ。彼女はその代価を払った」
けれどもちろん、そんな言葉に二人が納得できるはずはなかった。魔法使いでない人間にとっては、魔法のことを本当に理解することなどできはしない。
「まじめに答えてよ、フユ」
「事実よ」
相手を突きはなすようなその言いかたに、渚は思わずかっとなった。
「真花はあんたのこと、いつも心配してたんだぞ!」
「……別に私が頼んだわけじゃないわ」
瞬間、甲高い音が響いた。
フユは叩かれた頬を押さえようともしない。
「友達の言うことじゃないよ、それ」
そう言うと、渚は自分の怒りに耐えきれなくなったようにその場を去っていった。激しい平手打ちの気配だけが、いつまでもその場所に残っている。
「あの子、悪気があってやったわけじゃないから、許してやってね」
やがて陽奈子が、ぽつりとそんなことを言った。
「わかってるわ」
フユはいつもと同じ調子で答える。それから、陽奈子はフユのほうを向いて、
「……でも私も、同じような気持ちよ。志条さんのこと、疑うわけじゃない。あなただって、真花のことは私たちと同じくらい辛いと思っているはず。けど、今の話を信じることはできない。魔法だなんて言われても、そんな話は」
そう言って、陽奈子も渚のあとを追うように音楽室を出ていった。
あとにはただ、フユだけが残されている。まるでたった一人、無人島で救助船に乗りおくれたみたいに。音楽室は再び静けさを取りもどし、秘密の沈黙の中にまどろんでいた。
ようやく痛みはじめた頬を押さえながら、フユはふとあることに気づいていた。
今までずっと、そんなふうに思ったことはなかったけれど――
弓村真花は彼女にとって、はじめての友達だったのだ。
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