一つめの関係
1
電話がかかってきたのは、まだ昼にはならない朝の時間だった。
自室にいたフユは、作りかけのジグソーパズルから顔をあげて机の上を見た。
休日で、部屋の中はすべての活動を停止したようにひっそりとしている。携帯端末の無機質な電子音は、空間の一部を引き裂きながら響いていた。
床に置かれたパズルを崩さないように立ちあがると、フユは勉強机に向かった。シンプルな、ただ物を置くだけの機能しかない机である。その右隅で、携帯端末は着信ランプを点滅させながら、人の注意を引くためだけの音を鳴らしていた。
どこかへ出かける予定もなかったので、フユは簡単な部屋着を身につけている。とはいえそれは、あの頃に比べれば格段の違いでもあった。どこもほつれていないし、穴が開いているわけでもない。
中学二年になった今では、フユの外見も子供の頃とはまるで違っていた。
細くて骨ばかりだった体にあまり肉はつかなかったが、背丈はのびて、すらりとした体つきをしている。額で分けられた髪は絹のように滑らかで、ほつれもなくまっすぐだった。顔立ちは整っていて、どこか彫像めいたところがある。
ただ、怜悧な眉と冷然としたその表情は、人を親しませるような性質には欠けていた。雪の結晶を作る、零下の温度に似て。
「…………」
フユは手をのばすと、机の上の携帯を手に取った。
ただし、その携帯はフユ個人のものではない。そもそも、そんなものを持っていたとしても、電話のかかってくるようなあてはなかった。だから本来なら、彼女はそんなものを必要とはしていない。
フユがそれを持っているのは、それが〝結社〟専用の通信用具だからだった。携帯にはある特殊な魔法がかけられていて、結社の人間以外には使えないようになっている。
通話ボタンを押して、フユは携帯を耳に当てた。作りそのものは、一般的な端末機と何も変わらない。
〝志条芙夕だね?〟
と、通話機の向こうから声が聞こえた。何度か聞いたことのある声だ。確か、
「ええ」
フユは特にどういう感情もなく答えた。組織の中では、相手は自分よりずっと上の立場だったが、そもそもフユはそんなことに興味はない。
〝君に頼みごとがあるんだ。受けてくれるかな?〟
「まるで、断れるみたいな言いかただけど」
別に皮肉のつもりでもなく、フユは言った。実際、この手の連絡に任意性はない。かつてある少年に対してしたのと同じように、すべては強制だった。
〝一応の確認だよ。儀式みたいなものさ〟
相手は気にした様子もなく、おかしそうに笑う。この男も少し変わっているらしい。
「それで、今度は何なの?」
フユはまったく同じ声の調子で訊いた。
〝ちょっとした任務についてもらうことになる。詳しいことは、君のパートナーから聞いて欲しい〟
「パートナー?」
フユは顔をしかめた。何にせよ、人と組むのはあまり好きではない。
〝愉快なやつだから、君もきっと気にいると思うよ〟
明らかにからかっている口調だった。
「……要するに、私はその相手の指示に従えばいいわけね?」
〝手短に言うと、そういうことだね〟
フユは軽くため息をついた。どうせこちらに、選択権はない。
「了解、用件はわかったわ。それで、私はどうすればいいわけ?」
〝今日の十一時頃、今から指定する場所に向かって欲しい。そこで今回の「担当者」が待っている。同じ携帯を持っているから、間違うことはないはずだ〟
そう言って、相手はその場所を告げる。フユが部屋の時計を見ると、すでに十時を少し過ぎようとしていた。指定された場所に行くとすれば、すぐに出発しなければならないだろう。
「わかった。最後に一つ、教えて欲しいんだけど――」
フユは文句も言わずにそれだけを訊いた。プラスにしろ、マイナスにしろ、人との関わりは最小限に抑えるのが彼女のやりかただった。
〝何だい?〟
「相手の名前を教えて欲しい」
〝――
了解、と短く言って、フユは通話を切った。あとのことは、現場でその男に聞けばいい。
「…………」
作りかけのパズルを見おろして、けれどフユは何の感想も持たなかった。どうせこのパズルも、完成される以外には何の役割も持っていない。自分と同じだった。そこに選択肢という自由はない。
フユはさっさと着替えをすませてしまうと、部屋の外へと出ていった。
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