7月23日 晴れ時々曇りのち雨 2

ダイジェストが終わって、画面が切り替わりソファーに座っているアナウンサーが軽く挨拶と今回の番組の主役であるインタビュー相手の名前を声に出し、画面がアナウンサーと主役を斜めに向かい合わせで映る形で切り替わる。

切り替わろうとする瞬間――もし、私の知る名前と同一人物だとするならば、今、この画面を見ている私はこの屈辱にどうすればいいのだろうかなどとそんなこと脳裏によぎることなく、ハイスクール時代に山へピクニックに出かけ頂上から下の景色を眺めごくりと生唾を飲み込んだ原始的な落ちたら死ぬのだろうかと脳裏を過ぎる原始的なことを全身から感じ取れるであろうその一瞬によく似た情緒不安定のまま画面に釘付けとなる。そして、アナウンサーの隣にいる主役が目に移り画面に映るその主役と私がお互いすこしだけ歳を取っていたせいか最初目にした時はわからなかった。私は、画面に映るその人物が見覚えがあると感じたのか、椅子から立ち上がりテレビへとゆっくりと歩を進め近付き今朝もうちの窓でベッタリと張り付いていた気色悪いヤモリみたいに画面へ這い薄目にその主役の顔を目を凝らして見る。画面に映るその微かな面影と共に、その左頬には私が付けたと思える深い傷跡らしきものがあった。目線を手にやるとその手にも見覚えがあって……やっとその人物が私の知る人であることがわかり、奇声を上げながらどう表現したらいいのかよくわからない負の感情が頭の中を巡りその場で私はうずくまった。間違いなく今、テレビでアナウンサーからインタビューを受けている番組の主役は、かつて美大の首席として数々のコンクールを総嘗めで入賞し絵という業界において将来の有望株だと呼び声が高く絶対的な地位を約束された時期に、絵を教えてくださいと直接、私のもとにやって来た凡人だった。最初、奴は私に「僕の今の最高傑作と言えるコレ(絵)を見てください」と絵と表現し切れないほどひどいものを見せてきた。たとえるなら、日本の家庭にどこにでもあるこの世のものとは思えないほどの悪臭を放ちながら糸を引くと言われる腐った豆ほどひどいもので、そんなものを持ってきて「どうですか?」と凡人は訪ねてきたのだ。何日もかけて努力しこの絵を描き上げたのだろう。そんなことなど露とも感じない当時の私は、すぐに焼却所へと足を運び、猛々しく燃え盛る炎の中へその絵を入れようとした。その時、凡人は自身の最高傑作とも言える絵を燃やそうとする私をやめさせようと抱きつき悲痛な声を出しては説得をしていたようだったが、そんな声も制止も振りほどき絵を炎の中へ投げ入れた。こんな不愉快なモノ(絵)を持ってきた凡人が悪い。その一言で済むであろう燃えていく絵が炎という絶対的な理不尽なる力によって灰になっていく様を見ていると絵を描くほどには及ばないが、私は快感に酔いしれていた。凡人は投げ入れられた絵を出そうと腕を伸ばすが、地獄の業火のように轟々と燃える焼却炉に何度も取り出そうと挑戦しては手を引っ込ませているその姿がその光景がとてもコミカルで大変愉快で久しぶりに笑った。やがて、灰になっていく自分の絵をただ眺めることしかできない凡人は、その場で四つん這いになり涙ぐみその内、涙ぐんだ赤い目のまま笑顔を私に向け「だ、ダメでしたか……」と聞かれ返答もせず、私はその場を立ち去ったのだ。

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