第10話 「恋だ愛だと言うけれど」

「あ、先輩!おはようございます」


「先輩!朝ご飯はちゃんと食べなきゃですよ?」


「先輩!お昼ご飯はしっかり食べてましたね!」


「先輩!今日は雨らしいので足元気を付けてください」


「先輩!寝るときはジャージ派なんですね!意外です」


「先輩!おやすみなさい」


「先輩!」


           「先輩!」

                       「先輩!」

「せんぱい!」

        「センパイ!」


「いやうっとしいわ!!!」

 小鳥のさえずる音と女の子の可愛らしい声で目覚める朝は、もっと幸せなものだと思ってた。

 ガバリと布団を押しのけて、寝ぼけた頭で考える。

 ああ、夢かと。

 あんまりにも強烈な出来事があったせいでついに夢の中にまで浸食され始めた。いかん。これはいかん。

 頭痛がする頭を抱えながら、僕はなんとか起き上がって洗面所に顔を洗いに行った。

 渡辺さんの依頼を解決して二週間。

 相も変わらず「探偵部」の評価は、「え?なにそれ?」な感じで。

 僕のあわよくばの目論見は完全に失敗したわけだけど。

 それだけで済んでいれば、どれだけよかったか。

「あ、トースト焼けた」

 学校近くのアパートに僕は一人暮らしをしている。故あって。

 少し狭いけど内装はそこまでボロくないし、お風呂もトイレもついていて月二万円というのは貧乏学生にとっては破格の安さであろう。ま、僕が払っているわけじゃないけれど。

 代わりと言っては何だけど、交通の便は悪いし近くにコンビニもスーパーもない不便な場所ではある。

 だから、ネットショッピングが常になるわけだけど。

「やめようかな、もう」

 そう思うには十二分な状況が出来上がってしまっていた。

「お届け物でーす」

 あ、来た。

 この声が最近ではもう恐怖にすり替わっている。

 ガチャリとドアを開けると。

「あ、先輩!カップラーメンだけじゃ体に良くないですよ?」

 バタン。

 ああ、夢じゃなかった。

 夢がよかった。

 こんな朝から大きな音を出して近隣住民の皆様には本当に申し訳なく思ってます。

 けどね、仕方なくない?まさか学校だけじゃなく、家まで探り当てられていた事実を、僕は受け入れられないんだけど。

 恐怖ここに極まれり、だよね。

「もう!先輩!なんで荷物受け取ってくれないんですか?重いんですよ?」

「あ、ああ。ごめん」

 ってそうじゃなくて!普通に開けるなよ!普通に入ってくるなよ!

 思わず受け入れてしまった僕の心が恨めしい。

「・・・どうしてここがわかったの?」

 一応聞いておこう。答えなんてわかりきっちゃいるけれど。

「それ、聞いちゃいます?」

 あれれー?おかしいぞ。僕が知ってる渡辺さんとだいぶ違うんだけど。本当に本人です?

 僕が知ってる渡辺さんは、もっとおどおどしてて。もっと目線が下で。もっと自分に自信がない感じだったのに。

「何言ってるんですか。女の子は恋で変わるんです」

 いや人格変わりすぎでしょ!二週間前とまるで別人だよ!?恋怖すぎるだろ!

 まるで匠の手にかかったかのようなビフォーアフターじゃん!

「そ、そうなんだ。まあ、あれだよね。明るくなったよね」

「はい!先輩のおかげです!」

 キラキラとした瞳に先ほどからずっと変わりない。

 明るくなったのはきっと良いことであるはずなんだろうけど、なんだろうこの素直に喜べないこの感じ。

「やっぱり人生って恋愛ですよね!恋愛してない人生なんて考えられないですよ!」

 鬱陶しいわー!激しく鬱陶しいわー!

 なんか今までのキャラからのギャップでより鬱陶しい。浮かれているのが目に見えるのが余計に。

「えっと、そろそろ学校だから。帰ったほうがいいんじゃないかな」

 その明るさが逆に怖くてなるべく刺激しないように僕は提案した。

「そうですね。では、私はこれで」

 あ、そこはあっさり引くんですね。

 ペコリ、と礼儀正しく挨拶され僕は面食らってしまう。

 なんか、こういうとこはまともなだけになんでストーカーなんてやってるんだろう。と。


 怖いから聞かないけれど。

 








 そういうことを、花咲さんに話すと。

「ふーん、それは君。やられてるね」

「な、なにを?」

 またこの人は神妙な面持ちで、僕をからかっているのか、真剣に言っているのかわからない。

「当然、空き巣さ」

 空き巣ぅ!?

 急に現実的に犯罪行為じゃないか!

「当然だろう。家を知られているんだから、あんなボロイ家、合鍵を作ることなど造作もない。やられてるよ。君の使用済のスプーンとか、使用済みのタオルとか、はたまた使用済みのサラダ油とか」

 いや使用済みのサラダ油ってなんだよ!それただの節約術だろうが!無駄に恐怖を煽ってきやがって!

 っていうかちょっと待って!?

「なんでボロイ家って知ってるんですか?」

 僕の家、まだ誰にも教えてないはずなんだけど?友達いないし。

「・・・さて、困っている人を見過ごさないためにパトロールしてくるかな」

「嘘つけえ!ちょっと待てや!」

 なんだパトロールってアンタとパトロールって拳銃とお花畑くらいミスマッチな言葉だからな!

「アンタだな!渡辺さんに僕の家教えたの!」

 だってそこしか情報源ないしね!いやだとしてもなんでアンタが僕の家知ってんだって話には結局なるんだけど!

「ふふん。探偵の調査力を侮らないことだよワトソン君」

 ワトソンじゃねえし侮ってねえし!なんでこうロクでもない時には全力なんだ!

 そういうことは普段はめんどくさがって僕にさせる癖に!

 なんてやり取りをしていると、コンコンと一つのノックが木霊する。

「ほら、お客さんだよ。丁重にお迎えせねば」

 思ってないくせに。だったらまずその偉そうに机に足を放り投げてる姿勢から正してもらっていいですかね。

「はいはい」

 結局、僕が対応するしかないんだ。

 ホント、よく潰れないよなこの部活。 

 とはいえ、お客様の前で悪態をつくわけにもいかない。評価は地に落ちている、どころかめり込んでいるとはいえこれ以上下に行くわけにはいかないのだ。

 僕の学園生活のためにもね。


「あれ?君、確か————、」

 

 そしてまた厄介な依頼が持ち込まれそうな気配だ。  



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