第9話 結局、未来は誰にもわからない。


「うう・・ひっく・・も、無理ですよぉ」


 渡辺さんwith僕。㏌部室。

 告白したいという渡辺さんの依頼は、今現在刻々と”振られる”というゴールテープを突っ切ろうとしている。

 それというのも、渡辺さんが事あるごとに告白を失敗し続けているからだ。

 し続けている。つまりはあの最初の失敗以来、立て続けという意味で。

「だ、大丈夫だよ渡辺さん。次こそ、次は行けるって」

 なにせ、まだ一回も”告白”という行為にすら至っていない。

 ラブレターでは渡すときに吐いてしまうし、電話では電話してる最中に吐く。代わりに僕が渡辺さんの気持ちを伝えに行っても後ろで吐く。

 しまいにはメールの文面でも吐いていた。

 全部、前段階で渡辺さんの緊張が境地に達し、吐いて終わるのがデフォルトと化していた。

 どういうことだと、本当は問い詰めたい。どんだけ緊張しいなんだ、つーかもう緊張しいとかそういうかわいいもんじゃないぞ。メールの文面で吐くって何事?多分人類史初だと思うよ?

 と。

 が、きっとそれを言ってしまった瞬間渡辺さんは告白することなど二度とできないであろうトラウマになってしまう。

 いやまあ、今でも十分トラウマではあるが。主に僕の。

「ご、ごめんなさい。私、昔から極度の緊張を前にすると、思わず嘔吐しちゃうんです」

「うん、まあ、改めて言わなくても大体わかるから大丈夫」

 ていうかそれにしても吐きすぎじゃない?結構一生分の量だったよあれ。

 なんて、勿論言わない。心の中に押しとどめておくだけである。

 ガラスのハートだからね。傷付きやすいからね。

「あ、そうだ。休憩の意味も込めてちょっとお菓子タイムにしようよ。ね?」

 

 ギュルルルル。


 ベストタイミングで、僕のセリフの後に盛大にお腹が鳴った。


「・・・・・・うう//」


 僕じゃないので、おのずと犯人は絞られる。

 顔を真っ赤にして、机にうつ伏した渡辺さんからは恥ずかしさをごまかすように唸り声のようなものが。 


「あーっと、僕、ジュース買ってくるね。何かいる?」

 

 なんとなく気まずい。ので、僕はそれを口実にエスケープ。

「あ、なんかシュワっとする奴で」

 あー、そういう時は回復するんですね。


 案外大丈夫なんじゃなかろうか、と思えてきた。







 部室がある二階から、自販機が並ぶ一階の廊下で二本のジュースを手に帰っていると、不意にこの数時間で完全に変な顔見知りになってしまった人物を見かける。

 廊下の先で松島君だか、幕の内君だかがいつもの友達と談笑していた。

 なんとなく会うのは気まずくて、僕は咄嗟に、廊下の角に隠れる。

 だって絶対「あ、・・・ども」「あ、はぁ」みたいな反応になるし軽く会釈して別れるまで変に心臓痛くなるの目に見えてるし。

 

 だが姿を隠したところで、会話は聞こえてくる。

「それにしても、なんなんだろうね。あのゲロ子」

「ああ、いっつもいっつも俺らの前で吐きやがって。いい加減にして欲しいよな。俺は繊細なんだぞ」

「ああ、お前完全にもらいゲロしてたもんな」

「やめろ!思い出させるな!」

 完全に渡辺さんの話してるぅ!

 しかもゲロ子って、センスのかけらもないあだ名付けられちゃってるじゃん!蔑称じゃん!

 しまった。いくらなんでも短時間で悪い印象を植え付けすぎた。

 告白まで行けば「えっ?・・・そうか、だからあの時」みたいな感じで帳消しになると思ってたのに。

 僕もまさかここまで引きずるとは思ってなかった。

「まったくだ。ストーカー行為といいなんといい、あいつ、とうとう目立った嫌がらせをしてきたな」

 しかも気づかれてるぅ!幕の下君に完璧にストーカーの件気づかれてるよ!!

 うわあ。と、僕は頭痛で頭を抱える。

 最悪じゃねえか。勝率何%だ?これ。

 しかもなお聞こえてくるのは延々と悪口。逆にまあこれほど嫌われたものだと、感心したくなるレベルで。

 いや、嘘だ。嘘つきました、感心はしません。

 段々と過激な内容になってきて、僕は聞きたくなくて耳を塞いだ。

 確かに緊張しいで、引っ込み思案で、すぐゲロ吐いちゃうけど。

 でも、それでも彼女は頑張っている。現実を、なんとかしたいと。

 そうして行動する彼女は、紛れもなく良い人だ。

「————————、————」


 と、僕が格好良く登場して言ったところで結局彼らの中で彼女の評価は変わらない。


「————!————」


 どうする?ここから、大逆転の一手を思いつくことができるのか?僕に。

 きっと、花咲さんなら。こんな時に光を指し示してくれるんだろうけれど。


「———?」


「ていうかまだ言ってんのかよ!!いい加減止まれよ悪口!!」

 大体普通デブキャラって言ったらもっと心穏やかな優しい性格って決まってんだよ!もう一回キャラ設定から出直して来い!

「・・・・・・・」

 あ、言っちゃった。結局、松竹梅君の目の前に出て行っちゃった。

「あ、あの人。あの女の付き人だ」

「誰が付き人だ!」

 あーあ、これでまた渡辺さんの評価は揺るぎなく最低値を叩き出していることだろう。

 完全に反感を持たれた目線を浴び続け、僕はごまかしようもなく。

「えーっと・・・・か、かーえろっと」

 苦しい。言い訳が何も思いつかない!

 がっくりと、肩を落とし、僕はその場を後にする。

 まあ、渡辺さん本人に聞かれなかったということだけが不幸中の幸いだ。

 ああ、そうだ。それを言うのを忘れていた。

 階段を上る直前で、僕は顔だけを廊下にひょっこりと出す。

「あのさ、別に人の悪口言うなとは言わないし君たちの気持ちもわかるけど、渡辺さんに直接言ったり、言いふらしたりするのはやめてくれる?ああ見えて、って、どう見てもそうだけど傷付きやすい子だから」

 普通目の前で何回も吐かれれば、文句の一つや二つも言いたくなるけど。

 でも、それは止めて欲しいと。僕はそう伝えた。きっと今できる最善はこれくらいだ。

 たはは、と頭を掻き笑いながらだったけど。

 三人は互いに顔を見合わせて、微妙な反応だ。

 きっと悪口を聞かれていたと知って気まずいんだろう。あんまり叱る気にもなれないし。

 思わずツッコんじゃったけど。

 そんな三人の反応を見て、僕はくるりと体を反転させる。

 

 大丈夫かな。僕に対する反感で、逆に言いふらされたりしないかな。

 

 うーん。うーん。と、頭を悩ませていたからだろうか。僕は大事なことに気づけなかった。

 僕が視線を階段の踊り場に移したとき、

「・・・・・・・」

 僕は見上げるような恰好で、渡辺さんの表情は夕日に照らされ伺い知れない。

 いつの間にか、もうそんな時間になってしまっていた。

「え、い、いつからいたの?」

「それにしても、なんなんだろうね。のあたりから」

 全部じゃん!何から何まで全部じゃん!

「あ!渡辺さん!!」

 きっと、耐えられなかったのだろう。渡辺さんは僕の横を走り去っていった。

「・・・あれ?アイツ」

「渡辺さん!!」

 僕は追いかける。松島君に気づかれたけど、そんなこと今はどうだっていい。

  

 追いかけて、追いかけて、追いかけて。

「って、足はやっ!!」

 グングン距離を離されていく。渡辺さん陸上部とかだっけ?こんなところで意外な一面とかいらないんだけど?


「はぁはぁ」

 ついに、見失ってしまった。

 顎を伝う汗を拭いながら、僕は必死に頭をフル回転させる。

 こういう時に、渡辺さんが行くのはどこだろう。今日あったばかりの人間がよく行く所なんて、知るわけがない。

 ・・・もっと、話をしておけばよかった。そうすれば、告白だってもっと上手くいったかもしれない。

 考えれば考えるほど、後悔の念に押しつぶされそうになる。

「いや、考えるのは後だ」

 頭を動かして結論が出ないのなら、体を動かせばいい。

 とにかく、僕は走った。



 そして、案外あっさりと見つけた。



「ここにいたんだ」

「・・・・和兎先輩」

「あ、今の何気に初じゃない?名前呼んでくれるの」

 中庭の、「フェニックス」の木の下。

 そこに、渡辺さんはいた。

 一番最初に告白しようとしてた場所だ。

「あ、ジュース、いる?走って、泡だらけになっちゃったけど」

「・・・いえ」

 おどけてみせても、彼女の表情は変わらない。

「・・・・・告白、もういいの?」

「いいんです。どのみち、脈がないことなんて分かりきっていましたから」

 木に背中を預けて、地べたに座り込んでいるその姿はいつもより小さく見える。

「私、友達いないんです。こんな性格だから、言いたいことも言えなくて」

 だから、と、渡辺さんの口は微かに動く。

「”好き”って、言いたかった。初めて好きになった人だから。どんな形でも。言いたかった」

「うん」

 こういう時に、どうすればいいのか。わからない。

 少女漫画ではきっと格好よく慰めるんだろうけど。

 生憎と、現実ではそう簡単にいかない。

 渡辺さんは、泣いているわけじゃないけれど。でもなんだか、とてもつもなく悲しくて。

 沈んでいく夕日が、普段は何とも思わない夕日が。この時ばかりはなんだか恨めしく思った。

「ごめんね。任せて、なんて言ったのに。結局何にも出来なかった」

「いえ、良いんです。こういうこと、ちょっと楽しかった」

 笑う渡辺さんの顔は、初めて見たけど。

 出来ればもっと、いい結果で見たかったな。

   








「——————————と、いうのがまあ。今回の結末というか。まあ、そんな感じです」

「ふーん」

 渡辺さんの件から一週間ほど経ったとき、そういえばあれはどうなったんだい?と花咲さんから聞かれ、僕はことのあらましを告げた。

「やっぱり、現実は少女漫画よりは面白くないねえ。フィクションは偉大だな」

 なんてふざけたことを抜かすこの人は、机に足を放り投げながら優雅に少女漫画を読みふけっている。

「ていうか、結局本当に何にもしませんでしたね」 

 部長のくせに。

 まあ、役に立つとは思わなかったけど。

「君、失礼なこと考えてないかい?」

「いえ、ベツニ」

「・・・言ったはずだけど」「はいはい、結果にしか興味ないんでしょ?」

「—————分かってるならいい」

 あれ?もっと延々と自分のポリシーについて説明されるかと思ったけど。

 花咲さんは少女漫画を読みふけったままだ。

「ところでワトソン君」

「はい?なんですか?」 

 ————あ!しまった!思わず返事しちゃった!

「彼女をなんとかしてくれないか?さっきから気が散るんだ」

 彼女?

 ちょいちょいと、扉のほうを指さす花咲さん。

 なんのことか全然わからないまま、僕は扉に近づく。

 すると。

「ああっ、先輩の声。・・・素敵ぃ♡」

 ・・・・・・え?

 なんだか、声が聞こえる。荒い呼吸とともに、聞きなれた声が聞こえる。


 バン!


 悪い予感を払しょくするように、僕は思いっきりドアを開けた。


「あ、あ、せ、先輩」


「・・・何してるの?渡辺さん?」


 そこにいたのは渡辺さんだった。ドアに耳を傾けていたのだろう、重心が前にきて倒れこんでしまった渡辺さんだった。

 あわあわとテンパっている姿は、懐かしさすら覚えるが、問題は今、なぜこんなところに盗み聞きともとれかねない行動をしていたのかということで。

「え、えっと・・・・す、好きになりました」

「・・・はい?」

 今出るには完全に場違いな言葉が出てきて、僕は思わず素っ頓狂な声が漏れる。

「この一週間。ずっと、和兎先輩の事が頭から離れなくて。あんなに優しくされたの、初めてだったし。私のことあんなに気にかけて、あんなに想ってくれたのも、初めてだった」

 ヤバイ。なんだか、頭の中で警鐘を鳴らす鐘が物凄い勢いで揺らされている。

「それに、私が吐いても引かなかったし」

 いや、引いてたよ?ドン引きして、声も出なかっただけだよ?

 だから、と、今度はしっかり、渡辺さんの口は動く。


「だから、好きになっちゃいました」


 これまでにないほど、幸せに満ちた笑顔で。

 彼女は紛れもなくそう言った。

「あ、返事は大丈夫ですよ。言いたいこと、言いたかっただけですから」

 パンパンとスカートを直しながら立ち上がって、「では、失礼しましました」と、彼女はペコリとお辞儀をした。

「いや、ちょ、あの」

 今度は僕がワタワタする番だった。 

「あ、それと最後に一つ」

 扉を閉める寸前に、渡辺さんは言葉を残す。

 

「いつも、見守ってますからね」


 ピシャリ。

 扉を閉める音だけが、部室に響き渡った。

 大量の冷や汗と、彼女の最後の黒い笑顔とともに。

   

「え?こういう結末?」

 珍しく、花咲さんが驚いた表情をしながら。

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