第8話 告白は青春の味。
花咲さんが面倒だと部室を去っていった直後。僕は若干ノイローゼ気味になっていた。
なぜなら、延々と渡辺さんから松島君だか松山君だかの良いところを聞かされているためである。
聞かされている。つまり現在進行形であることに事情を察していただきたい。
まあ、色々と話を編集して大胆にカットすると。
「私が一年生のころに、松島君に消しゴムを拾ってもらったんです」
それが恋をして、ストーカーと化してしまった理由。
と、いうことだった。
当然、僕はそれを聞いてこうツッコむ。
「それだけ!?」
だが僕の驚愕など、渡辺さんは意にも介さない。
「はい、気づいたらもう恋の谷底へ真っ逆さまでした」
と、顔を朱に染めていた。
まあちょっとだけ何言ってんだこいつ。と思わないこともないけれど、ここは我慢。だってここでツッコんでいたら、いつまでも経っても話が進まない。
「だから、お願いします。私がちゃんと告白できるようにサポートしてください」
そんな僕の心境など知る由もない渡辺さんは打って変わって、おずおずと頭を下げる。
今までごにょごにょとはっきり喋ることが出来なかった渡辺さんだけど、その時は不思議とはっきり自分の気持ちを言い表していた。
それはきっと、意志の強さなのだろうと。僕は勝手にそうあたりをつけつつ。
「任せて。僕に何ができるかわからないけど、一緒に考えよう」
それに、これは千載一遇のチャンスでもある。
ここで、依頼を完璧にこなして見せればやがて口コミが広がって「探偵部」という存在も認知されるかもしれない。
そうすれば巡り巡って、やがて僕のクラスにおける地位向上にも役立つかもしれないと。
まあ、口下手な渡辺さんだという事実を除けばあり得る仮説である。
ということで、僕らはひとまず中庭にいるという松島君を探しに出かけた。
「一にも二にも、まず本人に合わなきゃ始まらないよね」
「・・・・・・・」
努めてポップに、努めて明るく話していたつもりだったのだが、一歩後ろを歩いている渡辺さんの表情は優れない。
とてもじゃないが、これから告白に行く女の子には見えない。春うららかな甘酸っぱい青春の匂いがしない。
顔は真っ青で唇はカサカサと震えており、まるで今から拷問にかけられた知人の死体を見させられに行くかのように意気消沈している。
「わ、渡辺さん!しっかりして!今から告白しに行くんだよ!?」
「・・・・・い、行かなきゃダメですか?」
「当たり前だろ!」
誰が依頼してきたと思ってるんだ誰が。
「・・・・・・ダメなんです。私、告白するとおなか壊すっていう病気が」
「いやどこの海賊の一味だそれ!」
そんでもってお腹壊すってしょぼいな!それくらいならいいだろ別に!我慢しろよ!
「あ、ほら、ちょうどそこにいたよ」
中庭にでた瞬間。友達と思しき数人と談笑している松島君が。
「ひえええええ」
松島君を見た瞬間、顔を真っ赤にしながら僕の後ろに隠れる渡辺さん。
「渡辺さん!ほら!さっき話した通りに!」
と、いうのも告白するに至ってなんとなくそれっぽいシチュエーションというものを予め決めておいたのだ。
そこまで移動する間に、渡辺さんの心を落ち着けるという意味と少しでもロマンチックな場所でという二重の意味で。
「わっわっわっ」
トン。と少し背中を押し、丁度渡辺さんと松島君をばったり引き合わせる。
(そこだ!誘うんだ渡辺さん!)
大木、通称「フェニックスの木」という木に付けるには大層な名前の大きな木がウチの学校の中庭にはある。多少陰になっているそこは、告白すれば成功確率なんと100%!という各学校には一つはあるであろう告白スポットなのだ!
・・・・とかいう話が実際にあれば、渡辺さんも、もうちょっと自信を持っていけるのだろうけど。生憎とそんな話は転入して一週間の僕じゃ知りもしない。
とはいえ、大木があるのは本当だし、雰囲気も良いというのも本当だ。
「・・・・あ、あの!」
決心したのか、スーハースーハーと大きく深呼吸を繰り返していた渡辺さんは唐突に大きな声で彼を呼び止めた。
突然の大きな声にびっくりしたのだろう。その大きな肉体をブルリと震わし、おっかなびっくりこちらを向いた松島君。
「おーい、誰だよこの子?」
「まさか彼女かー?」
けらけらと笑う友達二人。
うーん、しくったかなあ。一目のつかない所で誘ったほうが渡辺さん的には良かったかも。
なんて考えながら、渡辺さんを見守る。
「・・・・・・・・」
あ、駄目だ。完全に呑まれてしまっている。後姿しか見えないけど、プルプル震えている様は完全に肉食動物におびえる小動物のようだった。
「あ、”渡辺さん”こんなところに居たんだ!」
1分程粘ってみても、渡辺さんの口から言葉が発する気配はなく、僕は仕方なく助け舟を出すべく、彼女に近づく。
まあ、今回は名前を憶えてもらうっていうことで。
聞けば、渡辺さん。松島君とは話したこともないどころか、面識がないらしいし。
「あれ?渡辺さん?」
僕の方を振り向いた彼女は、顔が真っ青で。
ああ、それだけ緊張したんだろうな。なんて考えていた僕は、甘かった。
「おええええええええ」
なぜなら、僕を見たとたん、渡辺さんの口からは大量の吐しゃ物が吐き出されたからだ。
「ええええええ!?」
思わず僕は驚愕に身を染めてしまう。
だってさっきまであんなに口下手だったのに!あんなに無口だったのに!
今はこれでもかと盛大に自己を主張している。
「おいぃぃ!なんか吐いたぞこいつ!」
「うえっ。なんか、気持ち悪———————おぼろろろろ」
「ぎゃああああ!!服部も吐いたああおぼろろろ」
「斉藤がもらいげろろろろろ!」
正に地獄絵図。阿鼻叫喚とはこのことだろう。
「うえっ。ひっく。ご、ごめんなさいいいいい」
なんとか絞り出した言葉が、謝罪の言葉とは。
先が思いやられるばかりである。
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