第6話 初、依頼。

「あ、あの・・・すいません」

 花咲さんと取っ組み合いの喧嘩の最中。

 僕が完全にプロレス技をかけられて、降参のタップを繰り返していた時、その女の子は入ってきた。

 僕が一週間居て、初めて入ってきた僕と花咲さん以外の人間だった。

 あ、先生たちは例外で。

「・・・・あの、ここ、困ったことを解決できるって聞いたんですけど」

 おどおどと、しきりに周囲を見回しか細い声でそう告げる女の子に、花咲さんは。

「事件の依頼だね!」

 輝かしい笑顔でそう言った。

「ちょ!決まってる!腕決まってるから!技解いてから言ってくれません!?」

 僕のことなど無視して。








「えーっと、それで・・・ウチなんかにどんな御用で?」

「ちょっとちょっとワトソン君、って言った今?」

 ようやく落ち着いて話ができるようになり、僕はできるかぎりの笑顔と共にそう言った。花咲さんの不服そうな顔はとりあえず今は無視することにする。

 一にも二にも、何より最優先なのは目の前の女の子だ。

「・・・・・・・・」

 ショートボブ・・・と言うのだろうか。あまり女の子の髪形に詳しいわけではないけど多分そういう髪形だ。

 どうやらウチの高校、髪形や服装は緩いらしく。髪をカールさせていたり、パーマを当てていたりとわりと自由だ。

 そんな中で、目の前の彼女はあんまりそういった感じはなく、ただ面倒だから短くしているといった雰囲気を感じる。制服も着崩していないし。

 茶色のブレザーにチェックのプリーツスカート。模範的な制服だ。

 そんな彼女は先ほどから、視線は忙しなく動いているものの一向に口は開く気配がない。

 こうして僕が一通り観察し終えるぐらいには、場には沈黙が降り立ったままだった。

(ほらー、花咲さんがプロレス技なんかかけて怯えさせるから。黙っちゃったじゃないですか)

(僕のせいだと言いたいのかい?)

 目の前の女の子には聞こえないように、後ろ向きでひそひそと話す僕ら。

「・・・・・・・」

「おいおい、いい加減にしてくれよ。君、ここに一体何しに来たんだ?」

「ちょっと!花咲さん!!」

 耐えられないといった様子で、花咲さんはやれやれと被りを振る。

 この人には他人を気遣うといった能力が備わっていないのか。

「・・・ご、ごめんなさい」

 見るからに気弱そうな女の子は、より一層おどおどとしてしまい俯いてしまう。

「ほらー、やっぱり花咲さんのせいですよー」

 今度は最早ひそひそ話するまでもない。大きな声で花咲さんが悪いと糾弾する。

「いいや、やっぱり僕のせいじゃないな。依頼に来たというのに、何も喋らないこの子が悪い」

「だーかーらー!喋りづらいんですって!ほら!花咲さんが足なんか投げ出すから!」

 花咲さんは一気に興味を失ったのか、先ほどまでのキラキラとした瞳はそこにはもうない。机に足を投げ出して、完全にスイッチが切れている。

「あ、ポテチ食べるかい?さっき配りそこなったのが、山のように余ってるんだよね」

 ダメだ。この人、完全にダメだ。

 ダンボール箱を乱暴に開けて、中にあるお菓子をポイポイとこちらに投げ渡してくる花咲さん。

「はぁ・・・・あ、食べる?余りもので申し訳ないけど」

「・・・す、すいません」

 とりあえず適当に手に取ったチョコレートを女の子に渡す。

「そういえば、名前聞いてなかったね。聞いてもいい?」

「あ、えっと。一年の渡辺絵梨わたなべえり、です」

「そっか、僕の名前は和兎人吉。よろしくね、渡辺さん」

「は、はい」

 ようやく、事態が進展しだすことに喜びを感じながら、同時に花咲さんは今まで一人でどうやって依頼を受けていたのだろうという疑問が沸いた。

 考えるのも頭が痛いけれど。

「・・・・・・・」

「なんですか?」

 そんなやりとりを一歩引いた目線で見ていたのは花咲さん。 

「君、モテるだろ」

「はぁ?急に何言いだすんですか」

 まだ梅雨は先だというのに、ジトっとした目線がうざったい。

 ていうか、生まれてこの方モテたことなどないし、告白されたこともないし、そういうのとはトンと縁がなかったし。

 あれ?なんだろう、なんか、落ち込んできた。

「まあいい。僕としては君がモテようが冴えないであろうがどっちでもいい。君の依頼さえ聞ければね」

「おいバカ。童貞が冴えないなんて決めつけんなや。冴えてる童貞だってこの世にいるかもしれないだろうが」

「あ、怒るとこそこなんだね。君」

「あ、あの・・・・」

 僕と花咲さんのキャットファイト第二ラウンドが始まるかと思われたその時。

 渡辺さんの口は開かれた。

「私・・・”ストーカー”なんです」


「「・・・・ん?」」


 つい先ほどまでいがみ合っていた僕らだけど、この時ばかりは息を揃えてしまった。

 だって、渡辺さんの口から。お淑やかで気が弱そうな渡辺さんからとんでもない言葉が聞こえてきたからだ。

「あ、ああ!ストーカーね!ストーカー!・・・ストーカーって、なんでしたっけ?花咲さん!!」

 バンバンと何度も花咲さんの肩をたたいて催促する。こういう時、落ち着いている花咲さんはありがたい。

「落ち着き給えよ。ストーカーとはあれだ、あの、赤ん坊とかを乗せる」

「いやそれベビーカー!!」

 ストーカーに赤ん坊乗せたらそれ犯罪者の一丁出来上がりじゃねえか。ダメだこの人。不測の事態にはてんで弱い。使えねえなもう!

 なんて、馬鹿なことをやるくらいには僕らは混乱していた。

「あれかな?渡辺さん?言い間違えちゃったのかな?それとも僕らが聞き間違えた?もう一回言ってくれる?」

 きっと、ストーカー被害にあっていると渡辺さんは言いたかったのだろう。

 いや、それはそれで大問題だ。きっと、こんなどうしようもない部活ではなくしかるべきところに相談するべきでは?

 そうだよ、うんうん。警察とか、そういうところに行ったほうがいいって絶対。

 きっと、怯えて怖い思いをしながらもそれでもここに勇気を出して来てくれたのだろう。

 そう思うと、なんとかしてやりたいと思う。こんなふざけた部活でも、それでも目の前の女の子にできることがあるならば、と。

 

 が、しかし。

 

 現実は僕の常識を軽々しくぶち壊していくのがどうやらお好きのようで。


「あの、”ストーカー”なんです。私が」


 聞き間違いでも、言い間違いでもなく。

 はっきりと、渡辺さんはそう言った。


 まったくもってこの部活は、変な人を引き寄せるらしい。

「・・・ほう」

 ああ、でも、それも致し方ないね。だって、部長がこの有り様だもの。

 キラキラとした瞳を、取り戻した花咲さんに、僕はいつだってどうすることもできない。

 今までも、そしてきっと、これからも。 

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