第5話 ストレスの値。

「ちょっと、なにやってるのあれ?」

「人?」

「うわ、またやってるよ・・・」

「いい加減懲りないのかな」

 ひそひそと僕の周りの生徒は怪訝な顔で内緒話をしている。

 花咲さんに連れられて、やってきたのは校舎の入り口に連なる桜並木の道だ。

 そこらかしこでまだみぬ新入生を獲得しようと躍起になっている部活生たちが声を張り上げている。

 騒がしさここに極まれりといった中で、花咲さんは流石こういう場所でも自分を崩さない。

 それが例え、他人の迷惑になろうとも。

「あっはっは!拾え拾え!探偵部に入ればこんなもんじゃないぞー!」

 校舎のベランダ、より正確に言うと部室のベランダに花咲さんは立っていた。

 

 部室に僕が持ってきたダンボールに入っていた無数のお菓子をばら撒きながら。


 なにをやっているのかなんて、花咲さんの前では愚問だと、僕はこの一週間で学んだ。

 学んだはずではあるのだが、やっぱり聞きたい。

「何やってるんですか!?」

 ほぼ絶叫めいたそれは、周りの生徒の関心を集めるにはたやすく。

「あれ、なにあの人?」

「あっちの人の仲間じゃない?ほら、変なタスキしてるし」

 ぼそぼそとした言葉は、隠す気がないのかしっかりはっきり僕の耳に届いた。

「・・・・・・」

 僕はその周りの反応にショックを受けながら、とにかく花咲さんの元に戻ろうと上を向くと。


「なにをやっているんだ!」

「こら!花咲またお前か!」


 先生たちに連れ去られていく最中だった。











「ちょっともうホントに勘弁してくださいよー、マジで」

「ったく、あいつら毎年毎年邪魔しにきやがって」

 部室でたっぷりと絞られて(一応は)反省の意を見せて、花咲さんは解放された。

「いいじゃないか。パフォーマンスの一環だよ、大体生徒の自主性を尊重するなどと言っておいてこの体たらくはなんだ」

 先ほどから、ぶつぶつとずっと文句を言っている。その顔はぶーたれていた。

「大体、なんで僕はこんな格好で下に行かされたんですか」

 いい加減文句を聞いていても腹が立つので、僕は自分の格好に質問した。

 それというのも、前回勢いよく部室を飛び出したはいいものの花咲さんはなぜか僕に「探偵部、入部求む」というタスキをかけさせ、僕だけ並木道にぽいっと置いていったのだ。

 そのことについて問いただすと、花咲さんは一転キラキラとした瞳で。

「ああ!それかい!いいだろう?目立っていたよ!」

「いやそれ悪目立ちのほうだから!」

 どう考えたってそうだろうに、この人の瞳には一体世界がどう映っているんだろう。

「ていうか、こんなことしてるから部員がいないんでしょ?」

 広い部室が、ただでさえ広く感じるというのに。

「ふん。この探偵部の魅力がわからないやつらには、興味ないね」

 相も変わらずそんな言葉を吐く花咲さんに、僕ははぁーっと一際深いため息がおもわず漏れる。

 まったく、なんだって僕はこんな部活に入部してしまったのだろうか。

 後悔時すでに遅し。って感じかな。

「その点ワトソン君、君は見所あるよ。なにせこの探偵部の部員第二

号だ」

「だからワトソンじゃないですってば」

 全然嬉しくないし、今から辞退とかできないのかな。

 半ば、というか大体全部強引に入部届を書かされて提出させられた一週間前の自分に早まるなと伝えたい。

 オリンピックだって辞退できるんだから、こんなしがない部活くらい辞退できるようにしてくれてもいいはずだ。

 僕がクラスに溶け込めないのは、半分はこの人のせいだと思う。

 そんな上機嫌な花咲さんを恨めしく見ていると。

「そういえば、学校にはもう慣れたかい?友達はできた?」

 割と穏やかな表情で花咲さんはそう言った。

「え、あ、いや、まだ、あんまり」

 そういう表情で優しいことを花咲さんの口から聞いたことがなかった僕は、面喰ってしどろもどろになってしまう。

 なんだ。そんな顔もできるんだ。

 僕を多少は心配してくれているのか。そう思うと胸が熱くなった。

 まあ、この部活もそんなに悪くはないのかも。と。

 そう思いながら顔を上げると。


「ぷぷー。君まだ友達の一人もできていないの?もしかしてぼっち!?」


 あはははは!と花咲さんは爆笑していた。

「」(パン!)

「い、痛い!何をするんだ!」

「あ、すいません蚊が止まってたんで」

 僕は無表情でそう告げた。いいよね、一発ぐらい殴っても。

「嘘つけ!蚊なんてこの時期にいるか!」

「いたんですってマジで。信じてくださいよー」

「貴様!助手の身分で探偵に手を挙げるのか!」

「うっさいわ!何が探偵だ!ロクな推理もできないくせに!」

「推理なんてまどろっこしいだけだ!私はすべて勘で当てられるのだからな!」

「胡散臭いんだよ!大体この部活に依頼者一人も来てないじゃねぇか!」

「なにをー!」

 ドンガラガッシャンと部室が揺れる。

 それは、もう何度か目の喧嘩の最中のことだった。


「あ、あの・・・すいません」

 

 ガラガラと、錆びついたその扉が開かれたのは。

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