第4話 これにて一件落着、とは結局行かない。

「花咲さーん。言われたもの持ってきましたよー」

 足で器用に扉を開け、持っていたダンボールをどさりと床に置く。

 僕、和兎人吉は端的に言ってこの平和高校に入学することができた。

 結果だけを言うなら、無事に。

「ふふ、良い働きだよ。

 部屋の中央になんか大層高級そうなふかふか椅子に腰かけるのは、花咲探偵。

 この、の部長であり、まあ、僕の恩人ということにならなくもなくもない。

「だから、そのワトソン君っての止めてくださいよ。僕にはちゃんと和兎わとっていう名前があるんですから」

「ああ、そうだったね。名前を間違えられたワトソン君」

 くく。と思い出し笑いをする花咲探偵に、僕はため息をつくことしかできない。

 あの日、僕の晴れ晴れしい転校初日。

 その幕切れはあっけないものだった———————。





 花咲探偵と二人の警備員さんと共に職員室へと足を踏み入れた僕は、ただぼけっと突っ立っている。

「いいか、これで名前がなかったらお前は退学だからな」

「はいはい。いいから早く見てくださいよ。僕の勘が正しいのかどうか」

 いつの間にか、停学以上という話だったのに退学という具体的な処罰が決定してしまっていた。

 ごくりと、緊張しているのは僕だけで。

 当の花咲探偵はワクワクと好奇心を前面に押し出していた。早く結果が知りたい。そんな言葉が顔に書いてある。

 そんな顔に辟易としている警備員さんが、少し躊躇いを見せた後ノートパソコンを開く。

 へぇ、今はパソコンで管理してるんだ。

 なんて感想を抱いていた僕も案外楽天的かもしれない。

「ほら見ろ!やっぱりないじゃないか!」

 検索エンジンに名前を打ち込んで数秒。結果はアンノウン。

 つまり、この学校に転校してきたことになっていないということ。

「どうだ!花咲!これでお前は退学決定だ!わはははは!」

 まるで物語に出てくる悪役のような高笑い。


「・・・・・・・ふふ」


「なにがおかしい」

 警備員さんが悪役というのなら、花咲探偵はきっと主人公のような正義の味方なのだろう。

 と、なんにも知らない僕は馬鹿みたいにそう思った。

「これだから、自己紹介ってのは大事なんだよ。大抵読み飛ばしがちだけどね」

「・・・・・・・何が言いたい」

 先ほどまでの自信はどこへやら。警備員さんの頬には一筋の冷や汗が流れている。

「ほら、馬鹿なこの大人に、もう一度だけ自己紹介してやってくれよ」

 そう言って、すっと僕の目の前を開ける花咲探偵。

 目の前には狼狽した警備員さんの顔がはっきりと見える。

「えっと、大変申し上げづらいのですが。僕の名前、和兎わとです。ではない、です」

 なんだか変に恥ずかしくてポリポリと頭をかく。

 そう告げた警備員さんの眼鏡は、ずるりと汗で落ちていた。






 はい、回想終わり。

 まあつまるところ単純な話で、ただ名前を間違えられていただけだったということ。

 ワトと、ワトウ。まあ聞き間違えなくもない。

「いやあ、本当にあの時の坂成さんは傑作だったなー」

 まだ笑ってるよこの人。もうあれから一週間はたったというのに。

「にしても、普通間違えますかね?」

 あの間違いのせいで僕は未だにクラスに溶け込めていない。そりゃそうだ。クラス中に僕が転向初日に警備員さんに連れ去られていたことは広まっているのだから。 

 そのせいで、僕のクラスメイトからの評価は「なんだか知らないが危ないやつ」という一点のみだ。

 弁解するチャンスも、理解してくれる友達もまだいないというのに。

「そういう人なんだよ。あの人は。自分が間違っているなんて露程つゆほどにも思ってない。ま、いい薬になっただろうよ」

 クルクルとふかふか椅子を回転させながら花咲探偵は勝ち誇ったようにそう言った。

 まあ、入学できただけで良しとしよう。結果オーライ。終わり良ければすべて良し。そうじゃないと不幸すぎて泣きそうになる。

「ていうか、いいんですか?こんな所でぼーっとしてて」

「ん?」

「今日、入学式でしょう?新入生を獲得しないと」

 そう、今日は四月の七日。

 ピカピカの制服と期待と不安の入り混じった顔が大勢並ぶ。

 入学式だ。

「ああ、そうだったね」

「そうだったねって」

 興味ないことには本当に関心ないなこの人。

「そんなことはないよ。その為に君にこれを持ってきてもらったのだから」

 心の声を読むな!!

 花咲さんが無駄にでたらめなことをするのは今回に限った話ではない。

 ここ一週間でどれだけ僕が苦労をさせられたか・・・。

 それを事細かに説明しようとするとあっさり文字数オーバーしてしまうのでそれはまた別の機会ということで。

「で、なにやってるんです?」

「ん、お菓子」

「はい?」

 僕が足元に置いたダンボールを礼の一つもなくがそごそと漁る花咲さん。いや、べつにいいですけどね?ちょっとお礼言うくらい良いじゃありません?

「これを持って、新入生を勧誘しに行く!!」ドン!! 

「どうやってんのその効果音!?」

 花咲さんの傍にいると、不思議とツッコむことが増える。というか、花咲さんそのものが不思議だ。

 細かいことなど本当にどうでも良くなってくるから。

「ほら!行くぞワトソン君!」

「だから、それ止めてくださいってばー」

 名前だけは、譲れないけれど。

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