第3話 直勘探偵。
「ひとまず探偵らしく、場を整理してみようか」
花咲探偵は鹿撃ち帽子のつばをいじりながら、僕らの周りを歩く。
こうしてみると、本当に探偵のように見えてくるのだから、やはり形というのは大事らしい。
そんな緊張感のかけらもない感想を抱いていると。
「ああもう!これ邪魔!」
おもむろに花咲探偵は帽子を地面に叩き付けた。
「・・・ええー」
大事だと言ったのに。いやまあ、口に出したわけではないけれども。
ふぅ。と、髪の毛をかきあげる花咲探偵に、若干引きながらそれでも花咲探偵の言葉を待つ。
「まずは被害者君。状況を整理したまえ」
「あの、和兎人吉です」
知らなかった。被害者君と呼ばれる事がこんなにも嫌なことだなんて。
「そうか、では被害者君。被害者らしく状況を説明したまえ。幸いにしてこれは殺人事件ではない。死人に口なしとは言うけれど、生きてる人間に口はあるからね」
ドヤ顔がかなり鼻につくし、相変わらず僕の名前は呼んでもらえないしそろそろ僕もこの人をまともに相手しているとストレス係数が半端じゃないことになると気が付いたので、諦めて口を開く。
「えーっと、状況の説明ですか?そうだなあ、そんな大袈裟なものじゃないんですけど・・・」
「いいよ。元より君だけの言葉で解決するなんて思ってないから」
一々腹立つなこの人。なに?一回一回人をイラつかせないと喋れない病気かなにか?
とにもかくにも、僕は仕切り直すように一つ咳払いをし言葉を続ける。
「僕は今日この学校に転入するはずだったんですけど、なんでか警備員さんに不審者扱いされて。で、ここに連れてこられたんです」
「ほぉ。不審者扱い」
「はい。別にそんな怪しい動きをしていたわけではないと思うんですけど。多分」
言いながら、僕は俯いてしまう。
先ほど、花咲探偵が来る前までは僕は断固として不審者などではないと言えた。
けれど今はどうだろう?先ほどは頭に血が上って興奮していたからそう疑うことなく言えたけど、少し時間を置いて冷静に他人からそう問われれると・・・正直に言って自信がない。
緊張していつもよりキョドキョドしていたかもしれない。あの長い坂でぜぇはぁと息も絶え絶えになっていたのが、興奮していると捉えられたかもしれない。女子生徒のスカートの裾を目で追っていたかもしれない。
そんな事を考え出すときりがなくなって、僕は自信を持ってNOと言えなくなってしまった。
「で、警備員さんは転校手続きの記録。確認はしたんですか?」
「当たり前だろう」
憤慨したように警備員さんは言う。
「で、なかった。と」
「ああ、そうだ」
「ふむ」
花咲探偵はそこまで聞くと、顎に手を添え分かりやすく考える仕草をとる。
「あ、あの」
「なんだい?」
僕は、そんな花咲探偵に気になる事があって、恐る恐る尋ねる。
「さっき、犯人は分かったって言ってましたよね?僕らから話を聞く意味が何かあるんですか?」
花咲探偵は確かに、犯人わーかっちゃった。とイラッとくる言い方でそう言っていた。
だというのに、目の前の彼からそんな雰囲気は感じられない。
「ああ。なんだそんなことかい」
僕の言葉を受け、花咲探偵はケロリと表情を変える。
「そんなことって・・・?」
ぱっと顎に添えていた手を放すと。
「だってこうしていたほうがなんだか探偵感でるだろう?」
僕は、耳を疑った。
「ほら!見てくれこの鹿撃ち帽にコート!まさに映画に出てくる探偵そのものじゃないかい!?ちなみにこのコート、インバネスコートと言ってね—————————」
「あ、あの!ふざけてるんですか!?」
僕はついに我慢できずにそう言ってしまった。もうずっとふざけているような空間にいるんだけど。
「ふざけてなどないよ。もう、せっかちだなぁ。君は」
花咲探偵は、はしゃいだ子供のような表情から一転、まるで興味ないといった顔だ。
「僕は嘘はつかない。犯人はとっくにわかっているよ」
「ほ、本当ですか?」
そもそも僕は犯人という存在すらまだ信じられないのに、花咲探偵は既にその正体まで看破しているという。
ちょっとばかし胡散臭いし、疑い深くなってしまうのは仕方ない。
「ああ、じゃ。少々早いけれど解決タイムにするとしよう」
花咲探偵は気を取り直したようで、実に嬉しそうにびしりと指を突き付けた。
「犯人は————————」
ごくりと、生唾を思わず飲み込む。思わせぶりにたっぷり間を取るのがムカつくが、今はそんなこと言ってられない。
「あなただ。警備員さん」
「・・・・ええ!?」
突きつけられた指は、まっすぐと警備員さんに伸びている。
「って、どういうことですか?全然わからないんですけど!」
警備員さんが犯人。そう言われてもすぐに、そうだったんだ。とはなれない。
「はぁ。何を言い出すかと思えば貴様はまたそうやって勝手に犯人を作って。ごっこ遊びも大概にしろよ。どれだけの人間が迷惑していると思う」
僕は怒りを滲ませる警備員さんの言葉と共に花咲探偵をまっすぐに見る。
警備員さんの怒りはもっともだ。いきなり犯人扱いされて怒らない人間の方が珍しいと思う。
「犯人というからには、それなりの証拠があるのだろうな!?」
自信たっぷりに警備員さんは花咲探偵を問い詰める。
確かに、証拠がなければこれほどはっきりと自信ありげに突き付けないだろう。その証拠をきっと花咲探偵はさっきの会話で掴んだんだ。
けど、その僕の見立てはすぐに間違っていたことを知る。
「ん?勘だけど?」
「・・・・・勘?」
僕は鳩が豆鉄砲を食ったように、ポカンとおめめを白くしてしまった。
あまりにありえない単語が出てきたので。
「そう、勘」
だけど目の前の彼は。花咲探偵はそれが普通だと言わんばかりに僕を見る。
まっすぐと。
「はぁ。またそれか花咲」
「また?」
「ああ、こいつはいつも学校のトラブルに首を突っ込んでは勘で犯人扱いして場を掻き回す、厄介なやつなんだよ」
いつもやってるのか。こんなことを。
呆れ半分、戸惑い半分。
「和兎君。君、転入するのは今日、この学校、私立平和高等学校で間違いないね」
「え、ええ」
何の確認か、凡人の僕にはわからないけれどなぜか有無を言わせぬ迫力が彼にはあった。ていうか初めて名前呼んでもらえた。なんだろうこの一種の感動とも呼ぶべきものは。
「なら大方、君の名前でも間違えたんだろう。警備員さんは」
僕が無意味に感動していると、もう興味を失ったのか、適当にその辺のパイプ椅子に腰掛けながら花咲探偵はそう言った。
すると。
「あっはははは!」
「っ!!」
警備員さんは笑い出した。
びっくりしたー。いきなり笑い出すんだもんな、この警備員さん。
急に笑い出した警備員さんは、強面の顔でひとしきり笑った後。
「名前を間違える?そんなこと、あるわけないだろう?何年警備員やってると思ってる?」
「じゃあ確認しに行きましょう。僕らの目の前で記録を見せてくれれば白黒はっきりします」
その言葉で、ぴたりと警備員さんの空気が変わったのを、僕は感じた。
「ダメだ。あそこは関係者以外立ち入り禁止なんだ」
「おいおい、僕らが関係者でなくてじゃあ一体誰が関係者だって言うんだよ」
「・・・・」
「
「うるさい!貴様は黙っていろ」
坂成、ともう片方のマッチョな警備員さんに呼ばれた警備員さんはまさに苦虫を噛み潰したようにギリギリと奥歯を噛む。
「・・・良いだろう。ただし、これで何も出なかったら花咲!貴様、停学じゃ済まさんぞ」
「そ、そんな!」
いくらなんでも横暴だ。いち警備員がしていいことじゃない。
「いいですよ別に」
「は、花咲さん!?」
何をいいだすんだこの人は。その言葉の意味が本当にわかっているのだろうか?
「心配するなよ。被害者君」
華麗にウインクを決める花咲探偵は、まるで心配していない。それほど自信があるのか。はたまたただの大馬鹿か。今の僕には判断できないけれど。
でも、僕はついていくしかなかった。
なぜなら。
「さあ!真実を確かめに行こうじゃないか!」
この中で一番ノリノリだったから。止める間もなく、彼は部屋を出て行ってしまう。
・・・僕の心配を、返してほしい。
始業式がとっくに始まっている廊下を進んでいくのは、警備員さんと僕。それに花咲探偵だった。
「いいんですか?花咲さん。僕のために」
いくらちょいちょい腹が立つとはいえ、昨日今日会っただけの僕のために停学を賭けるなんて。僕は罪悪感でいっぱいだった。
「言ったろう?心配するなと。それに勘違いするな。君のためじゃない。僕のためだ」
「花咲さんの?」
一体なんだというのだろう。この話、花咲さんには一ミリもメリットはないはずだが。
「ああ、僕はただ結末に興味があるのさ。物語がどうなったのか。その事実、結末にね」
言ってることの半分も理解できなかったが、ただ、唯一この場でそんなわけのわからない理由で僕の味方をしてくれるこの人は少し、いい人なのかもしれないと、そう思った。
「ほら、着いた」
歩を止め、職員室とプレートが掲げられたその部屋の前に到着する。
「さあ、見てみようじゃないか。結末ってやつを」
その横顔は、本当にワクワクしているようで。
不思議となんだか、こっちまでワクワクしてくる。
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