第2話 探偵の介入
「ちょっと待った!!」
応接室のような一室で僕は警備員さんから不審者扱いされていた。転入初日になんて不幸なんだろう。と肩を落とし今日の所は帰ろうと扉に手をかけたその瞬間。
彼は現れた。
救世主のようにかっこよくもなく、主人公のように待ちわびたわけでもない。
けれども、僕の。ほかでもない僕の目の前に。
さらりとしたストレートヘアは、若干茶色に染まっていて。大きな黒目は人懐っこい印象を与える。背は僕より若干低いくらい。
そして、一番伝えなければならないのは学校ではまずお目にかかることができないであろう茶色のチェック柄の鹿撃ち帽に、同じく茶色のコート。
完全にその男は浮いていた。
勿論、物理的にというわけではなくこの空間に、だ。
そして、一番彼を物語っているのは。
「待たせたね。探偵の登場だ」
この一言だった。
「えっと、まず。アナタだれ?どこのどちら様ですか?」
とりあえず、場の全員が数秒固まったところで、僕は尋ねた。
一番近く、というか真正面にいたというのもあるし、なにより警備員さんが頭を抱えて悩んでいた風だったから。僕が聞くしかなかった。
「ふふ。よくぞ聞いてくれた被害者よ」
待ってましたと言わんばかりのドヤ顔が鼻につく。
「僕は探偵。探偵、
盛大にマントを翻し、日光がいい具合に後光となっているそんな自己紹介に、僕はただただ唖然とするだけだった。
だってどう見ても僕と同い年にしか見えない彼が探偵?ごっこ遊びはとうの昔に卒業した年齢だろうに。
「良い、良いよ!その表情!僕はそういう表情を見るために探偵になったんだ!」
いや、絶対嘘だろ。
この場の全員がそう思ったけど言わない。誰も口を開きたくない不思議な連帯感がそこにあった。
「それで、この探偵を呼ぶからには相当な難事件または怪事件なのだろうね」
「いや誰も呼んでねーよ」
思わず口から漏れ出る言葉は心なしかとげとげしい。
なんだろう、この有無を言わさず人をイラつかせるような空気は。
「・・・まあ、事件があれば自然と現れるそれが探偵だ。コナン君を見たまえよ」
聞いてねーよ。こっちの話まんじりとも聞いてねーよこの人。
なんなんだろうか。いきなり現れては探偵だと言い、こちらの話も聞かずに勝手に話を進めていく彼は。
「またお前か。花咲」
「やあ警備員さん。今日もお勤めごくろーさまです」
どうやら、二人は知り合いらしい。空気を読むことを得意とする僕から見ると、あまり良好な関係ではないようだとわかる。
「それで?事件の概要を教えてくれよ。被害者君」
「色々言いたいことはありますけど、ひとまずその呼び名やめてもらえます?」
こうして、僕は。花咲探偵に助けを乞うことになってしまったのだ。
「ふむふむ、なるほど」
ひとまず、簡単に今までの事を僕は花咲探偵に話した。
警備員さんは明らかに機嫌が悪くなって(元々と言われればそれまでだが)代わりに僕が説明したのだ。
「なーんだ。簡単なことじゃないか」
ひとしきり、ふむふむと大人しく聞いていた花咲探偵は唐突にそう言葉を発すると。
「犯人、わーかっちゃった」
怪しげな笑みと共にそんなことを口にする。
「いや、いやいや!なんですか犯人って!そんな殺人事件じゃあるまいし」
「君ねぇ。何を言ってるんだいとんちんかんだなぁ」
やれやれといった態度をとられた。まったくこれだから無知は困ると言いたげな瞳を送られた。なんだろう、率直に言って屈辱だ。
「殺人事件じゃなくたって犯人はいるんだぜ?」
「知ってるよ!分かってるよ!そういうことを言いたいんじゃないよ!」
もったいつけて、いたって普通の事を言われて、思わず僕は早口になる。
「僕が言いたいのは!犯人って何?ってこと!そりゃ殺人事件以外でだって犯人はいるけれども、今回に至っては当てはまらないでしょう?」
だって、これで誰かが傷ついているわけじゃない。そりゃ僕は入学早々追い返されてしまうわけだけれど、それだって後でちゃんと確認してもらえれば済むことだ。いやー悪かったすまんすまん、と。笑い話で済むことだ。だって僕は確実にこの学校に転入することになっているのだから。・・・なってるよね?
とにかく。だから、これは最初から事件などではないのだ。そんな大袈裟で、大仰なものではないのだ。
だけど、花咲探偵はそれを許してはくれない。
「何を言っている?現にここに、困っている人が、被害者がいるではないか」
きょとんと、小首を傾げる花咲探偵はお世辞にも可愛いとは言えない。(ていうか男だし)
だけれども。
僕は。
不覚にも。
グっと、来てしまった。
別に、そこまで深刻にそれこそ一分一秒を争うほどに助けを求めていたわけじゃない。僕の人生、たった17年ぽっちだけれど、他にもこれより重大に、深刻に悩んでいた時なんていくらでもある。
それでも、僕はショックを受けていた。
転入したはずなのに、してないと言われ。
入るはずだった教室には入れず。
会うはずだったクラスメイトにも会えない。
友達つくりに支障をきたすのは高校生にとっては痛手で。
だから、要らないと、そう追い出された事に内心はショックを受けていたんだ。
文字にしてしまうとこんなにもあっさりとしているけれど。
「大丈夫だ。君の無実、この花咲探偵が晴らしてやろう」
「———————お願い、します」
なんだかそんな事実を認めてしまったが故に、急に恥ずかしくなってきて。
前髪で顔を隠しながら僕はそう言った。
すると、花咲探偵は。
「探偵に、任せろ」
実に明確に、実に自信たっぷりに。
そう言った。
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