花咲探偵は推理しない。

高宮 新太

第1話 とりあえずで導入部分。

 桜が綺麗に咲き誇る四月。僕は私立平和わたくしりつひらわ高等学校に転入した。

 大きな坂(名前があるらしいが知らない)のてっぺんに雄々しくそびえ立つその高校は、生徒数約2000人。いわゆるマンモス高校と呼ばれるその学校に、けれどそれ以外に特筆するべきことはあまりない。

 行事は年に数回あり、特に大規模なものが「祇園祭ぎおんさい」と呼ばれる文化祭とそして体育祭。

 校則は緩くなく厳しくもない。部活動だけは盛んだが、部活に入る気のない僕には、関係のない話だ。 

 そんな特筆すべきものがない普通の高校に、僕は三年生となったこの春から転入する。

 いや、より正確に言えば今日からだ。

 ぜぇはぁと息を切らしながらその坂を歩いて上り終え、さあ今日から新生活だと明るい未来に希望に満ちて。


 


「さあ、こちらに来てもらおうか。


「え?え?・・・・ええ?」


 僕は、そうして。


 わけのわからないうちに、入学初日から問題に巻き込まれるのである。










「だーかーらー!!何度も言ってるじゃないですか!転入してきたんですよ!今日!」

「こちらも何度も言っているはずだ。そんな記録どこにもないぞ」

 応接室かなんだかよくわからないが、とにかく一室の部屋に乱暴に運び込まれた僕は涙目で必死の弁解をしていた。

 目の前にいるのはいかにも理知的で、頭の固そうな警備員とがっしりとした体格でいかにも筋トレが趣味ですと言わんばかりの警備員。

 その二人に連行され、僕はすりガラスで囲まれた真ん中に座らされている。

「正直に白状しろ。ん?何が目的だ?女子生徒の制服か?はたまた女子生徒のスク水か?それとも、まさか女子生徒の靴下と言うんじゃないだろうな!」

「言わねえよ!つか、不審者じゃないですから!」

 完全に決めつけられている。完全にキングオブコメディだと思われている。完全にコント職人だと勘違いされている。・・・いや、されてねーよ。  

「素直になったほうがいいぞ、今ならまだ未遂で片付けられる」

「違うんですってー、本当に転入してきたんですよー」

 もう何時間もここでこうしている。始業式もとっくに終わっている頃だろう。

 仮に誤解が解けたとしても、このままじゃクラスに溶け込めない。ただでさえ、特殊な時期に転校してきたのだというのに。

 ていうか、そもそもなんでこんな疑惑をかけられているのか。他校に侵入したわけでも、プールや更衣室を除いたわけでもないのに。

「もう一回!もう一回だけ調べてください!何らかの落ち度があるはずなんです!」

 とにかく、僕は必死になって訴える。現在進行形で疑惑をかけられている以上、原因など二の次だ。

 すると、僕の熱意が通じたのか「しょうがないな、あと一回だけだぞ」と警備員さんも心よーく折れてくれた。

「もう一度聞く、お前の名前は?」


人吉ひとよしです。和兎人吉わとひとよしです」









 数分後。僕は屈強な方の警備員さんに見守られながら、居心地の悪い部屋で待つ。

 なんでこんなことに、なんて考えても仕方のないことを考えては目から涙が。

 短いような長いような落ち着かない時間を過ごす僕に、無常にも帰ってきた警備員さんは告げた。

「やはり貴様の名前は無かった。残念だったな、口から出まかせ男」

「う、嘘だ!!」

 思わず僕は立ち上がって、否定する。

 僕は不審者でも、口から出まかせ男でもないのに。

「も、もう一度!ちゃんと調べてください!ていうか、そう!先生!誰か先生を呼んできてくれれば・・・!」

「しつこいぞ!これ以上騒ぎ立てるなら、親御さんに連絡して警察に突き出してやるからな!」

「うぐっ!」

 親というワードを出されて、僕は思わず押し黙る。

 駄目だ。それだけは、絶対に。

 

「・・・ふん。さあもういいだろう。悪戯かお遊びか知らんが、帰った帰った。まったく」

 どうやら警備員さんにはもう取り付く島もないらしい。しっしっと厄介なものを払うように手を振っている。

 くそっ!せめて、制服が届いていれば・・・!そうすれば、もう少し信じてもらえたかもしれないのに!

 ギリギリと音が頭に響くほど、僕は歯を食いしばる。でも、ここで引き下がってしまうわけにはいかない。

 ・・・とはいえ、今日の所は帰ったほうがいいだろう。

 目の前の警備員二人を恨めしく睨みながら、肩をすくめて出口の扉に手をかける。

 しょうがない、今日はかえってまた明日出直そうと。



「ちょっと待ったー!!」



 その声が聞こえたのは、それが初めてだった。

 僕の高校生活一年目。その初日にして、きっと一番の。

 不幸だった。

 

「待たせたね。探偵のお出ましだよ」


 ああ、やっぱり。

 僕ってば、ついてないんだから。

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