2-9 対峙
一週間後。
「蒼の苔原」に長野市長・和田の姿があった。
第二層に入ってすぐ、熱帯雨林風の森の入り口に立ち、木立の中に目を凝らす。
「……来たぞヒデ公! 姿を見せい!」
和田の叫ぶ声に応え、木々の間から黒装束の忍者たちが姿を現した。
「果たし状とはな……随分古風なことをするでねぇか」
小柄な老人――ヒデと呼ばれた男が、その先頭に進み出て和田と対峙する。
「今どき忍者なんてやってるあんたらに言われたくないねぇ」
「その頭領が和田っちであろ」
和田はカラカラと笑った。
「そう、その通りだねぇ……まったくその通りだ。だからね、今日はその辺りの決着をつけようと思ってね」
「もし負けたら、和田流宗家の座を俺に譲る……本気なのか? 和田っちよ……」
和田は正面の老人を見た。年老いた二人の忍者は、悲しげな瞳を交換する。
「僕が勝ったら役所への妨害活動をやめろ……などと勝手なことは言わない。お主らの気持ちも良くわかるからねぇ」
「……なぁ、和田っち。俺たちは、あんたが宗家であることに文句はないんだ」
「同じことさね。『魔界』から人を遠ざけるべき忍びの頭領が、積極的にダンジョン行政を進めるわけにはいかん。これはけじめなんだよ」
二人は元の姿勢を崩さないまま、対峙した。ヒデと呼ばれた老人も、覚悟を決めたようだった。
空間が歪むような緊張感が辺りを包む。二人を見守る忍びたちにも、緊張が漲り始めた。
――と、和田が不意に緊張を解いた。本の少しだけ身体を揺らして間合いを外す。
「……!?」
必殺のタイミングを外されて戸惑う相手に、和田はにかっと笑う。
「その前に、だ。うちの若い連中が言いたいことがあるそうでな」
「……な……?」
と、その時、和田の背後から照明が投射された。
その照明を背後に受けて、ナナイを中心にダンジョン課の面々が並び立っていた。
事態を見守っていた
「……謀ったか!」
「落ち着け。まずは聞いてやってくれぃ」
そう言う和田の背後で、ナナイが拡声器を構えた。
「戸隠流和田派のみなさま。これより、市のダンジョン行政施策に関する説明会を開催します」
「せ、説明会……?」
照明に照らされたスペースにスクリーンとプロジェクターが設置され、その前にはパイプ椅子まで並べられている。リコがその後ろで、台車に載せられた小型の発電機を起動した。ナナイによる拡声器の声が、発電機の起動音に続く。
「長野市がこのダンジョンをどのようにしていくのか、この機会に、地域住民の皆さまにぜひご理解いただきたく思います」
「えー、どうぞみなさま、もっと近くでお聴きくださーい」
イサナと美谷島、金箱が前に出て、黒装束の男たちを誘導し始めた。忍びたちは戸惑い、顔を見合わせている。
その様子を見て老人は笑った。
「見事なり。警戒をしていた相手の虚をこのように突くとは」
「僕じゃないよ、彼らがやったことだ。それに、彼らは本気だよ」
イサナたちは辺りを歩き回りながら、説明会の案内を叫んで回っている。場の雰囲気に流され、パイプ椅子の方に向かう忍びが現れ始めていた。
「……冗談じゃねぇ! なにが説明会だ!」
怒声が鳴り響いた。
見ると、ヒデ老人の後方に、小平という若い忍者が立ち、声を張り上げていた。
「結局、果し合いってのも嘘じゃねぇか! 誤魔化されねぇぞ!」
肩をいからせ、小平は説明会会場の方へ向かおうとした――と、その前にイサナが立ちはだかった。
「落ち着いて。まずは席にお座りください」
「……てめぇら役人はいつもそうだ。二言目には『市民のご理解を』なんて言う割に、やってることは結局、てめぇらの都合の押し付けじゃねぇか」
「……」
「もう黙ってられるか! なにが説明会だ! こんなもん、ぶっ潰してやる!」
小平のその声に、呼応するように何人かの男が身構えた。それに応えるように、イサナは右腕の袖をまくり上げる。
「おっと……お前の『能力』は使えねェぞ? 大腕の」
「……『封印の陣』でしたっけ?」
ニヤリと笑うイサナの背後で、金箱の身体が舞うようにターンした。
パラララッ!
タイプライターを叩くような音が鳴り響き、金箱がいつの間にか両手に構えたハンドガンから、弾が放たれる。それはイサナたちの立つ場所から、左右10メートルほど先――草の陰に設えらえた小さな置物を撃ち抜いた。
「……! 貴様……!」
「『
説明会場からリコがVサインをしてみせた。
「……ふん、それがどうしたってんだ。例え『特能者』だろうと、お前みたいな素人に負けるかよ」
小平と、他の忍者たちが前に進み出る。イサナ、ハンドガンを構えた金箱、そして木刀を持った美谷島もまた、その場で身構えた。
「イサナ!」
ナナイがかける声に、イサナは振り向かず応える。
「ナナイさん……説明会、始めましょう」
ナナイは頷き、拡声器をマイクに持ち替える。設置したパワードスピーカーに電源が入り、拡声器よりも明瞭な音で、ナナイの声が響いた。
「これより、長野市役所・企画制作部によります、ダンジョン行政施策についての説明会を始めさせていただきます」
プロジェクターがスクリーンに、パワーポイントのプレゼンテーション画面を映し出したのと、黒づくめの忍者たちが地面を蹴るのが同時だった。
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