第二部 「竜骨ラーメン」編

2-1 噂のラーメン店

四五六しごろうのフライデー・フィーバー!」



 低音の効いたいい声でのコールが鳴り響くとともに、派手なビートと効果音が合わさったジングルが番組の開始を告げた。毎週金曜日16:00、FM長野の人気ラジオ番組「フライデー・フィーバー」の時間である。


 ここ長野県は昔から、ラジオの影響力が強い。


 特にこの番組は、番組パーソナリティ・四五六の軽妙なトークとウィットに富んだ番組構成から、地元では知らない者のいない人気番組だった。四五六は今や、長野県中のテレビ番組やイベントでも引っ張りだこの人気タレントである。



「それでは、リスナーからのメールをご紹介しますかね! えーと、長野市のラジオネーム・変するうさぎちゃんから!」



 アイドルのヒット・ソングをBGMにしながら、四五六はメール文面を読み上げた。



「四五六さんこんにちは! 実はぜひ、四五六さんに検証して欲しい噂があります」



 ローカル番組という強みを活かした、地元の噂話を取材・検証するのはこの番組の名物コーナーでもある。



「長野市二線路通りの『九涼』っていうラーメン屋さん、ご存知ですか? さっぱりしてるけどコクのある醤油ラーメン、美味しいですよね。噂というのはあのスープについてなんです。どうやらあのスープ、『ダンジョン』の中にいるドラゴンの骨から出汁をとった『竜骨ラーメン』らしいんです。友達が店員さんから聞いたって言ってました」



 いつの間にかBGMはフェードアウトしていた。メールを読み終えた四五六は、テンション高めに話し始める。



「いやー、あそこのラーメンね、美味いよね! 俺も好きでたまに行くんだけどさ。で、ドラゴンの骨からダシをとってるって話ね。いや、俺も聞いたことあるのよそれ。俺もラーメン博の司会とか、してるからさ。確かにあのスープ、豚骨とも魚介とも違うんだよね……なんなんだろうね。でも、ドラゴンかぁ、どうなんだろ」



 四五六は笑いながら話を続ける。



「この噂については、うーん、検証できるのかな? ま、続報があったらまた番組で紹介します! この噂について情報をお持ちの方は、番組のメールアドレスまで……」



 いつの間にかフェード・インしている軽快なBGMをバックに、四五六はメールアドレスを読み上げた。


 * * *


「そういうわけで、この店のラーメンのスープが、ダンジョンでとれたドラゴンの骨をじっくり煮込んでダシをとったもの、だという噂が出回っているらしい」



 長野市役所ダンジョン課・課長の瀧沢ナナイが言及する、その話題のラーメン屋「九涼」は、道路のはるか先に見えていた。



「凄い行列。さすが人気店ですね~」



 曽根原リコが道路側に身を乗り出し、列の先を見ながら言った。



「お昼休み中には戻れなさそうですけど……」


「構わない。仕事の一環だ」


「あ、それじゃ経費で……」


「それはダメだ」


「ちぇー」



 「魔界の入り口」が日本に出現し始めてからおよそ30年。「ダンジョン」と呼ばれるそこには、現実世界の物理法則では説明し切れない力が働き、異形の魔獣が闊歩している。竜というのはその中でも、非常に強力な部類に入る魔獣だ。巨大な身体に、鋭い爪と牙、皮の翼、そして口から吐き出す炎――



「……でもナナイさん、竜の骨なんて、俺たちでも見たことないですよ? それを、ラーメンに使うなんて……」



 ダンジョン課職員・荒須イサナは肩をすくめて言った。


 ダンジョンへは、特別な許可を取った人間以外、一般の市民は立ち入りを禁止されている。


 危険な魔獣がいるから、というのももちろんだが、なによりもまず、「存在しないはずの土地」に関わる行政上の処理がややこしいからだ。「魔界の入り口」は市が管轄し、その管理や調査にあたるのがイサナたち、長野市役所企画政策部・ダンジョン課である。


 とはいえ、ルールがあるということはそれを破ることが出来るということでもある。無届の「魔界の入り口」は違法なビジネスの温床ともなっていた。中には、魔獣を勝手に狩るような豪胆な――もとい、不届きな市民もいるらしい。



「課長と呼べ、課長と」



 ナナイは眉間に皺を寄せて頭をかいた。



「仕方ないだろう。市民からそういう通報があった以上……一応調べないわけにもいかん」



 そうなのである。


 最近評判のラーメン屋「九涼」が竜の骨をその材料にしている、という噂は、ここ最近で急激に広まっていた。


 ダンジョン課の面々も、その噂はもちろん耳にしている。しかし、ダンジョンに関するプロである彼らには、それがいかに「あり得ない話」であるかが理解できるため、取りあうこともなかったのだ。


 ところが、先日ラジオでこの話が取り上げられて以降、市民課の方に問い合わせが急増したらしい。


 曰く、「そんな危険な魔獣が市内にいるのか!」、「あのラーメン屋には市が便宜をはかっているのか!?」、「忖度そんたくか!」。


 行政というやつはメディアに弱い。


 噂なら良かったのだが、メディアに流れてしまったら対応をしないわけにはいかない――ということで、市長から調査命令が下ってしまったというわけである。それで、イサナとナナイ、リコ、そして美谷島びやじまタケユキの4人が、昼食がてらこの店まで足を伸ばしたというわけだった。愛妻弁当持ちの金箱かねはこケイスケは留守番である。



 たっぷり1時間近くも列に並び、ようやく店に入るとそこは、木目調の内装に彩られた雰囲気のある店だった。もっとも、建物自体は鉄筋コンクリートなので、これは店の演出が主だろう。



「券売機ってのはどうも、趣がないよな……」



 美谷島がぶつぶつと言いながら食券を買うのに続き、イサナも800円の「味玉らーめん」を購入する。味噌とか塩とか、そういうバリエーションはないみたいだ。テーブル席を4人で囲むと、ほどなくしてラーメンが運ばれてきた。



「ぉまたっしたぁ(↑)!」



 黒いTシャツの袖を肩まで捲くった店員が威勢よく言いながら、テーブルに丼を置く。黒いスープに、黄色味の強い細麺。具はメンマとチャーシューのみ。



「……お兄さん、これがあれ? ドラゴンの骨を使ってるとかいう……」


「サーセン(↑)!、企業秘密なんで!」



 リコの質問にそう返しながらも、店員は意味深にニヤリと笑い、慌ただしげにカウンターの中へ戻っていった。


 カウンターの中、調理場の奥には巨大な寸胴が置かれている。確かにあれなら竜の骨を煮込むことさえできそうだ。イサナは丼の中を覗き込んだ。食欲をそそるいい香りだ。



「……とりあえず、喰ってみるか」



 ナナイが割り箸を割った。その丼にはちゃっかりチャーシューが追加で乗っていた。


 * * *


「ぁぃぁとっしたー(↑)!」



 威勢のいい店員の声を背に受け、4人は「九涼」を後にした。



「……なんか、思ったより普通だったね」



 リコが拍子抜けしたように言った。



「そうだな。特に不審な点はないように思ったが……」


「イサナくん、『特能者』なんだからわからないの? 竜が入ってるかどうか」


「そういうのはちょっと……」



 そんな風に話し合うイサナたちの後を歩いていた美谷島が、突如、口を開いた。



「……スープのベースは鳥ガラ、恐らくは比内地鶏。だが、多分それだけじゃない」



 驚いて振り向くイサナたちに、美谷島は話を続ける。



「麺は蛋白値の高い品種を使っているが、粘り気を出すための塩にもかなり気を使っていると見える。あのスープに合わせるため、かなり工夫をしてはいるようだ。それがあの独特の香りにも現れていた。そのことからも、確かに特別な材料をスープに使っているのは間違いない」


「……美谷島?」



 圧倒されるナナイに、美谷島は鋭い目線を放った。



「あのラーメンのスープの正体……鳥ガラともうひとつ。それは……イノブタ!」



 美谷島は断言した。その目は完全に、剣を持っている時の目だ。



「イノブタ……猪と豚の交配品種でしたっけ」


「美谷島さん、詳しいんだ……」


「学生時代、ラーメンブログで学費を稼いでいたのでな」



 イサナとリコは、呆れとも尊敬ともつかない目で美谷島を見、美谷島は奢ることなく静かにそれを受け止める。



「……まぁ、美谷島の舌が確かだとして、だ」



 ナナイがひとつ咳ばらいをして言った。



「そうだとすると、これは誇大広告案件か?」


「でも、広告してるわけじゃないんですよね。まぁ、宣伝のために噂を流してるとか、そういうのはあるかもしれませんけど……」


「いずれにしろダンジョン課うちの管轄とは違う気がしますね~」


「店側に裏を取りたくても、我々には強制力はないからな……」



 イサナたちはそう言いながら、駐車場へ向かって歩いていった。


 しかし、この件はその後、イサナたちが予想だにしなかった展開を見せることになる。



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※ラジオの影響力……山がちな国土であるため、場合によっては一家に一台どころか一人一台の車が必要になる車社会であることから、日常的にFMを聴いている人口が多いと言われている。


※二線路通り……長野駅前から善光寺参道・中央通りを結ぶ通り。スタバなどがあり、若者が多く行き来する。


※忖度……他人の気持をおしはかること。

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