(3)第二話 水沢アカネ-1
場面は演劇部の倉庫。
ガラクタが積まれた山の頂上に宮本が座っている。
山のふもとに水沢が立っていて、宮本を見上げている。
山田は傍らに立っている。
山田に照明があたる。
山田「少しだけ話をしよう。俺と神崎はあの日、菊川と名乗る人物と出会った。菊川の仕事は、世界の設定を変えて、世界に変化をもたらすこと。曰く、血液の流れを良くして、体調を整えるのと同じく、世界の設定を動かして、世界のバランスを整えるのだとか。
そんな菊川の逆の方向性として、宮本は世界を変化させまいとする存在なのだと自称している。宮本は何故かうちの学校の演劇部の倉庫に住み着き、何故か付き合わされている俺と二人で、生徒たちの相談を聞いて解決するといった正義の味方ごっこみたいなことをやっているのであった」
舞台の全体に灯りが灯る。
宮本「いらっしゃい、かわいこちゃん」
山田「とりあえず会った女子にはみんなに言うのな、それ」
宮本「そもそも僕は、男の悩みごとは聞かない主義なんだよ」
山田「ひどいな」
宮本「それで、君の名前を教えてくれるかな、かわいこちゃん」
水沢「水沢です。水沢あかね」
宮本「水沢ちゃん、ね。それで、単刀直入に聞くけれど、君の悩みゴトはいったいなんなんだい?」
水沢「相談があって来ました」
宮本「相談ね。はいはいなんでも言ってごらん」
水沢「ある人を、殺したいんです」
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音楽とともに、短いオープニング映像。
第二話、はじまり。
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宮本「殺したい、ねえ。なにやら物騒なこと言っているけど、そんな法律を犯すような真似はいくら僕でも、加担できないなあ。すまないが他を当たってくれないかい?」
水沢「なんでも相談に乗って、助言して、解決してくれるって聞いたんですけど」
宮本「なんでもは言いすぎだよ。僕は自分ができる範囲のことしかできない。僕は神様でもなければ全知全能でもない。それでも、話を聞くことくらいはできる。さあ、吐いて楽になりな」
山田「犯人の自供かよ」
宮本「犯人、ね。言い得て妙、なのかもしれないな、今回の場合は」
山田「?」
水沢「・・・私、好きな人がいるんです。最近その人に恋人ができたみたいなんです。私、それがショックで・・・」
宮本「なるほどねえ。つまり、──『横恋慕』、か」
山田「そんないつもみたいに『病』みたいに」
宮本「恋の病も病のうち、ってね。現象に定義をつけて名前をつけて原因を捉えてこそ、対策と解決の策が打てるってものさ」
山田「そんなもんかね」
宮本「それで、その相手が憎くて殺したいと、そういうわけか」
水沢「・・・はい」
宮本「うーん、難しい問題だなあ。水沢ちゃんはさ、どうしてその彼のことを許せないって思うのかい?」
山田「ん? 彼? 彼女、じゃなくて?」
宮本「ん? ああ、そうだね、そうだそうだ、間違えた。で、どうなんだい? どうして相手を許せないって思うんだい?」
水沢「この感情って、間違っているんでしょうか。好きな人を取られて、こんな風に心がぐちゃぐちゃになるのは、それは、私がおかしいんでしょうか」
山田「取られてって、別にお前のものじゃないだろ」
水沢、山田を睨みつける。
たじろく山田。
宮本「そうだねえ、間違ってはいない。ただ、別の考え方をしてみようよ。好きな人に幸せになって欲しい、だから自分は諦めて身を引く、そういう風には思えないかい?」
水沢「・・・・・・」
山田「そうだよ。好きなんだったら、その人の気持ちを優先して考えることが大事なんじゃないのか?」
水沢「・・・あなたは、簡単に諦めることができますか? 本当に心から大好きな人がいて、その人に好きな人ができたからって、すっぱりと、気持ちを切り替えることができますか?」
山田「それは、まあ、すぐには無理かもしれないけど」
水沢「私には無理です。どれだけ時間が経とうが、どれだけ諦めようが、それでも、私はあの人のことが好きです」
山田「・・・・・・」
宮本「いやあ、いいねえ、まっすぐで。ま、一歩間違えればストーカーの類だけれど。今の時代、難しいよね。昔は一途って美化されていた行動も、いまじゃあ立派な犯罪行為と捉われかねない」
山田「茶化すなよ、オッサン。でもやっぱりそれって、お互いの気持ちが大事なんじゃないのか? 向こうが望んでいないことをしちゃいけないっていうか、ひとりよがりなのは、間違ってると思う」
宮本「山田くん、君さあ、本気で人を好きになったことがないんじゃないの?」
山田「な・・・なんだよ、それ」
宮本「べっつにー。なんでもないよ。まあ、往々にして恋愛ってのはどこまでもひとりよがりなもさ。だって恋愛ってのは、対象がいるから二人いないと成立しないように見えて、実は一人きりでも成立してしまうものだからね」
山田「それって、ただの片想いだよな」
宮本「片想いも恋のうちさ。まあ、付き合っていても、結婚していても、気持ちが交差しているように見えて、両想いのように見えて、その実、本当は永遠に片想い同士なのかも知れないけれどね。人間の気持ちっていうのは、コミュニケーションによって伝えあってはいるけれど、やっぱり一方通行のキャッチボールの連続だからね」
山田「はあ。オッサンはなんか饒舌に語りまくってるけど、恋愛経験なんてあるのかよ」
宮本「そりゃあ若い頃にはあるよ。山田くんは、その身を焦がすような、そんな恋愛をしたことがないのかい?」
山田「そ、そういうの、よくわからねえよ。俺だって、最近、人生で初めて彼女ができたんだから」
宮本「そうかいそうかい。そいつは重畳だ。人生はこれからだからね。ときに山田くん、水沢ちゃん、『鳴く虫よりも──』的な話しを知っているかい?」
山田「は? もっと情報をくれ」
宮本「鈴虫やらの声を出して鳴く虫よりも、蛍のように灯りをともしている方が風流があっていい、という話だ。転じて、おおっぴらに「好き」だと言って告白するよりも、その言葉を、心を隠し持ってその身を焦がしている方が素敵だ、という話、かな、たぶん」
山田「おい、えらく曖昧だな」
宮本「僕もね、何か、古典・古文みたいなので昔読んだような気がするのだけれど、あんまり覚えてなくてね。君たちは、授業で習ったりしなかったかい?」
山田「いや、知らないな」
宮本「そうか。それじゃあ僕も後でネットで調べてみるかな」
山田「大活躍のスマートフォン!」
宮本「まあ、蛍の話だからというわけじゃないけど、僕には好きな言葉があってね、「もくる」って言葉だ」
山田「もくる?」
宮本「ああ。告白することを「告る」(こくる)って言うだろ? それに対し、告白しないことを黙秘することから、黙る(だまる)と書いて「黙る」(もくる)と言うんだ」
山田「へえ」
宮本「まあ、ネットで誰かが言っていただけで、実際にはそんな言葉はないのだけれど」
山田「ないのかよ」
宮本「僕はね、「告る」(こくる)のも、気持ちを伝えるっていうのも大事なことだと思うよ。だけどね、「黙る」(もくる)っていうのも恋愛活動の一つなんだって思うんだ。気持ちを伝えるというのも恋愛活動だし、伝えずに胸にしまって、勝手に想ってるのだって、やっぱり恋愛なんだ。だから、気持ちを伝えなきゃいけないみたいな考え方の人もいるけど、伝えないことは弱さとか逃げとかじゃなくて、それはそれで恋愛として美しいと思うんだ」
山田「あれ、オッサンが綺麗なこと言ってる。あれ、偽物?」
宮本「ひどいなあ。しかしまあ、実際、ただ黙ってるだけなんだけどね」
山田「そう言ってしまったら身も蓋もないな」
宮本「そういうわけだ。というわけで水沢ちゃん、君も今日のところは諦めて帰ってくれないかな? 僕は人殺しの手伝いなんかしないし、何も行動を起こさないということも、恋愛として僕は美しいと思っている。僕が言った今日の言葉をゆっくりと噛み締め、噛み砕き、飲み込み、うがいして眠って、明日落ち着いた頃にまたおいで。そうしたら、もう一度相談に乗って議論をしよう。いや、女の子はあんまり議論は好きじゃなかったか。お話をしよう。僕が君の悩みを、いくらでも聞いてあげるからさ」
山田「優しいなオッサン。女子にだけ」
宮本「いやいや、そういう山田くんの方が、やっさしー、んだぜ。惚れてしまいそうだ。僕が女なら、君に抱かれたいくらいさ」
山田「あんたが男でほんっとによかったよ」
宮本「僕は、男同士でも全然問題ないんだけど?」
山田「問題ありありだ! もう俺、このオッサンに近づきたくない!」
宮本「──というわけだ、水沢ちゃん。今日のところはお帰り。あんまり話もできなかったけど、また明日」
水沢「はい。ありがとうございました。失礼します」
宮本「山田くん、水沢ちゃんを途中まで送ってあげなよ。最近は日が落ちるのも早いからさ」
山田「あ、ああ。わかった」
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