大聖賢、激怒する


『では、シュン。君は他の世界から来たと?』

『ああ、オルス。ってか、俺はお前があっさり俺の正体正確に把握したことに驚きを禁じえないんだが』

『僕を誰だと思ってる?僕は』

『世界最強のハイ・ハーフエルフ最強の男、だろ?ったく、俺がどれだけチートもらってこの領域にたどり着いたと思ってやがる』

『逆に君に聞くけど、僕がどれだけの年月をかけてこの領域にたどり着いたと? 全く。最初は神がテコ入れしすぎたのかと思ったのに、神をペテンにかけて手に入れた力だなんて』

『くかかっ! 今でこそ国王だが、根は盗賊とかと同じだもんなぁ、俺は』

『懲りないねぇ。君も。まぁ、安心して逝きなよ。僕は君を忘れない。というか、忘れられない』

『……なぁ、オルス。俺の国のこと、頼んでもいいか?』

『ーーー正気かい? 君はのだろう?』

『ああ。知ってる。だが、あんなんでも俺の妻だし、こんなんでも俺の国だ。お前にしか頼めねぇ。レックも逝った。リシアも何処ぞに雲隠れ。残るは』

『全く、世話の焼ける親友トモダチだね。分かった。しばらくは僕が面倒を見よう。永遠の命を持つ、世界最上位種族の、ハイ・ハーフエルフのこの僕がね』

『ーーーーぁあ、そりゃ、頼もしい』







 僕は訳がわからなかった。なんだ、これは。どういうことだ。こいつらはなにをしている。水晶を、削る?まさか、これが採掘の真実?だとしたら僕は七百年もトモダチがこうなっているのを放置していた?なんだ、この、頭が真っ白になる感じは。震えが止まらない感じは。僕は僕は僕は僕は僕は。



「ーーーーーあぁ、そうか。僕は怒っているのか」


 唐突に理解した。これが感情。これが激情。あの冷静で賢く思慮深いアリシアが僕との婚約を破棄する決断に至らせたもの。


「くは、くはははははっ! たまらない!たまらないよ! あぁ、そうか。これが怒りか! なるほどなるほど。これはアリシアの行動にも納得だ! 僕は今、怒っている! くはははははっ! 一瞬、怒りに任せてこの国の人間全て残さず皆殺しにするところだった!」


 怒りを保ったまま冷静になればわかる。シュンは勇者だ。勇者というのは魂の階位が人間とは数段違う。その身体は死した後でさえ膨大な魔力を放ち続ける。国はそれを利用してエネルギー源としてきたのだろう。もしかしたら本人がそうしろと遺言にでも残したのかもしれない。けれど。


「ダメだよ。陛下ゴミ屑。それは背信行為だ」


 僕はその部屋に他に何もないことを確認すると、シュンの水晶を削る掘削員を無視して、出口へと足を進めた。


「ゴメンね、シュン、アリシア。穏便に済まそうとは思ったんだけど……ダメみたいだ。くふふ、くはははははっ!」


 僕は何だかよくわからない哄笑を上げて、そこで、顔から滴り落ちる水滴に気が付いた。











 ふと、アリシアは机から顔を上げて、窓の外の暗い空を見上げた。アリシアは毎晩、魔力循環訓練を兼ねて、光源魔法を使いながら学術書を読んでいる。

 そのまま窓の外を見つめたまま、何処とでもなく呟いた。


「……そこにいるのは誰?」


 その口調は答えがわかっているかのようだった。その言葉に、僕は拍手をして隠密魔法を解いた。


「入ってきてから20秒。合格だ。空間把握能力と光魔法の制御に関しては既にシュンの領域まで達しているね」

「へー、勇者様の。というか、やっぱりオルスね。ま、この国で私の結界を潜れるのなんてオルスしかいないのだから、当然かもしれないけれど」


 アリシアは呆れたような表情で読んでいた学術書を投げつけてきたものの、僕はあっさり手に取ってアリシアのベッドに放り投げておいた。


「それで? 何の用? いくら家族とはいえ、この時間の乙女の部屋に無断で上がりこむのは礼儀がなってないのではなくて?」

「うん、報告、かな。実は僕、この度、この国を出ることにしたよ」

「……それは、わた」

「君のせいじゃないよ。いや、きっかけは確かに君の一言ではあるけど、ほぼ無関係だ」

「なら、どうしてよ」

「いやなに。この国の闇にね。『あってはいけないもの』を見つけたからさ」


 アリシアは僕の顔を穴が合うような視線で突き刺した。アリシアは僕の性格を熟知しているので、僕が本気かどうかは分かっているだろう。

 だからだろうか。アリシアは僕を止めなかった。


「それで、どうするの?」

「とりあえず、この国……いや、王に宣戦布告した」

「……あなた、バカなのかしら。いえ、バカだったわよね。いえ、違う。そこが聞きたいんじゃないの。『私たち』はあなたの逆鱗に触れたのよね? どれくらいの処分で許してくれるのかを聞きたいの」

「そこはこれから考える。安心して、僕の逆鱗に触れたのは、王家とその周辺だけだ。しがない辺境伯令嬢やその護衛兵、無辜の国民が必要以上に苦しむようなことにはならないよ」


 アリシアは苦虫を噛み潰したような顔で俯いた。それは、必要な処罰は与える、ということだ。ただ、発言から考えるに、命とその後の生活だけは保証されたと考えるべきだろう。


「まぁ、君には話しておいたほうがいいと思って、ここまで来たんだ。すぐにこの国を出るけど、二週間ほどでまた戻ってくる予定だ。全体の活動はいつまでかかるかわからないけど、拠点は王都になるはずだ。だから、会おうと思えばいつでも会いに来れる」

「……そう、なら良かったわ。レックにも言っとくわね。アイツ、なんだかんだであなたに憧れてるみたいだし」

「その分、僕とアリシアが仲が良いのがヤキモキするんだろうね。アリシアが僕のこと好きになったら勝てない、とか考えてそうだ」

「……バカよ、アイツは。いや、アイツも、か」


 アリシアはジト目で僕の方を睨んできた。僕はそれを笑って流すと、窓を開けて手すりに足をかけた。


「それじゃあ、アリシア。僕は行くから後は宜しく」

「……はぁ。わかったわよ。……今後の対策もあるし、今夜は眠れそうに無いわね」



 アリシアの最後の呟きは聞かなかったことにして、僕は窓から飛び降りた。

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