プロローグ:SIDEオルステッド

大聖賢、フラれる


「オルス、悪いけど、貴方との婚約は無かったことにさせて貰うわ」


 僕が研究室から出ると、婚約者のアリシアがこう言ってきた。


「いきなりだね、アリシア」

「何がよ。私はいくつもサインも出してきたつもりよ。貴方なら気がついているでしょうに」


 元々、この婚約は、僕をこの王国に縛り付ける為の政略的なものでしか無かったので、アリシアもあまりよく思っていなかったことは知っていた。そもそも、彼女が幼馴染の少年と好い仲だったことも知っている。

 僕としても、余興でしか無かったので、婚約の破棄くらいはどうでもよかった。

 僕、オルステッドは、ハーフエルフだ。それも、その上位種のハイ・ハーフエルフだ。森種エルフのように無感情でもなく、人種のように脆弱では無い。普通のハーフエルフなら器用貧乏な部分だが、それは上位種なら万能、という意味だった。


 正直な話、僕はアリシアが羨ましかった。

 彼女の瞳は強い決意に彩られている。おそらく、彼女の想い人と何か進展が合ったのだろう。今だって、気丈に振る舞いながらも身体が少し震えていた。

 森種の特徴として、人間より総合的に肉体が強い反面、感情の動きが非常に薄いというものがある。ハイ・ハーフエルフである僕も、純粋なエルフほどでは無いが、今のアリシアのような強い感情を持つことは未だに出来ていない。


 僕は彼女に嫌われていない自信もあるし、むしろ仲はいい方だと思っている。この国における、僕の立場は『宮廷魔術師:特等・大聖賢』。実質国王以外の誰の命令も受け付けない、この国のナンバーツーだ。

 天涯孤独の僕との婚約は、彼女自身の父親を含め、この国の権力者ほぼ全てが関わっている。それを破棄するのは、国王ら全てを敵に回すのと同じなのだ。


 だとすれば、そのデメリットを全て受け入れてでも求めるものがある、ということだ。

 そんな素晴らしいモノ感情を持てる。そこが羨ましくてたまらなかった。

 だから、僕は少しだけ彼女にいたずらする事にした。


「で、昨日はどこで寝たの?」

「……っ!!ぜ、全部知ってて!」

「ははっ!僕はこの国一の魔術師にして、君のことも赤ん坊の頃から知っているんだぞ? 分からない要素が無いね。おめでとう、と言ったほうがいいかな? レックなら君を任せても大丈夫だろうし、僕も応援するよ」

「……はぁ。全く。ホントに全部知ってるのね。覚悟決めてきたのに、バカみたい」


 アリシアはどこか気の抜けたような表情でため息をついた。既に震えは無い。


「言っただろう?君が赤ん坊の頃から知ってるんだ。君は僕にとって娘か妹のようなものだよ。君との関係がどうなろうが、僕は君の家族だからね」

「貴方、なんで独身なのよ……」


 少し顔を赤らめたアリシアに言われて、僕は以前交際していた女性に別れ際に言われた事を思い出した。


「僕に覚えは無いんだけどね。僕は自身のスペックと比較すると、発想がとても残念らしいよ?」

「あぁ、なんか納得したわ」

「それより、アリシア。婚約の件だけど、今ここで破棄するのはやめておいた方がいい」

「……どうしてよ?」

「古今東西、婚約を本人から破棄する物語の結末は、総じて不幸になるからさ。物語は物語だけど、せっかくの門出だ。縁起は少しでもいい方がいい」

「……そうね、オルスがそう言うなら。でも、どうするの?」


 不安そうにするアリシアに、僕は優しく微笑んだ。


「簡単な話だよ。僕が裏から手を回して、問題をでっち上げる。なぁに、国王の知られちゃいけない秘密の百や五百位は持ってるしね」

「……今、私はあなたのその爽やかな笑顔がとても怖いわ」

「というわけで、あと一週間ほど待っていてくれ。そこに隠れてる、レック君も、それでいいかい?」


 ズル、バキ、ガシャーン。そんな音が廊下の角から聞こえてきて、数秒後。気まずそうなレック青年が現れた。


「レック、貴方ね……」

「い、いや、違うんだ!別に心配だったとか、そんなんじゃなくて……っ!」


 しどろもどろに弁明するアルスに、アリシアも呆れた様子だった。


「それより、レック君、大丈夫かい?」

「え、ああ。大丈夫だ、です。このマント、そこそこ防御力高いんで」

「いや、そっちじゃなくて」

「……?」

「君、今慌てて逃げようとしてマント踏んで転んだろ? その時に咄嗟に壁から出てる飾り掴んで壊しちゃったんじゃ無い? アレ、そこそこ値段するよ」


 僕が言うと徐々にレック青年の顔が青くなっていった。アリシアなんか頭を抱えて、「私何でコイツのこと好きなんだろ……」なんて呟いている。


「やれやれ、僕が貸しとくから、全額返すように。僕に寿命は無いし、いつまで掛けてもいいよ」

「あ、ありがとうございます、魔導主任!」


 ピタ、と僕の笑顔が固まった。


「レック君、違うよ? 僕は、お義兄さん、だ」

「え、あの……」

「お義兄さん」

「お、おにい、さん?」


 間の抜けたレック青年の顔を見て、僕とアリシアはお腹を抱えて笑った。

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