第2話 彼と彼女とボクの出会い

 襲われていたボクに降ってきた、目の前で相対している三人とは明らかに違う男女の声。

 恐る恐るといった様子で目を開け、視線を上に移してみる。


「お、やっほー。そこの可愛い少年? 少女? 元気しているかい?」

「馬鹿ね。おっさんが可愛いわけがないじゃない」

「何でおっさんに声を掛けていると思ったのさ?」


 建物の窓から、二つの顔が外に出ていた。


 一人は金色の髪の少年。快活そうに立てている頭髪とは逆に、その眼は眠そうに半分閉じられている。


 もう一人は長い黒髪の女性。整った顔をしており、見るからに人を惹きつける容姿をしていた。


 そんな二人は、こちらを見ながら漫才をしていた。


「え? おっさんヒロインとか新しくない?」

「新しいけどそれで君は満足なのか?」

「新しい女が出るよりはマシよ」

「セラ……」

「ハヤト……」


 ガシッとお互いを抱きしめる。


「まあ俺はハヤトって名前じゃないんですけどね」

「まあ私はセラって名前じゃないんですけどね」


「何がしてぇんだてめえらっ!」


 リーゼントの片方がこの場にいる誰もが言いたかったことを代弁してくれた。このボクでさえ言いたかったことなのだ。

 この二人、ボクを助けてくれるのかくれないのかどっちなんだ?

 と、疑問に思っていると、金髪の男性がこれ見よがしに大きな溜め息をついた。


「俺らが馬鹿なことをしている内に逃げろ、っていう合図だったんだけど、気が付かなかったか……」

「そうね。私も本当はこんな冗談を言うキャラクター性はないのだけれど」


 そんな意図があったとはすっかり気が抜けていた。

 そうだ。普通の人があんなことを突然する訳がない。

 三人の気を惹きつけるために敢えて道化を演じてくれたのだ。

 そんなことも気が付かず、ボクは本当に駄目だ。

 駄目駄目だ。

 罪悪感でいっぱいになる。


「あ、あっ……ご、ごめんなさ――」


「まあ、いいか」

「そうね。久々に暴れたい感じだし」


「えっ?」


 ボクが驚きの声を上げた刹那。

 目の前に二つの影が落ちてきた。

 言うまでもない。

 黒色のマントを羽織った金髪の男性。

 顔以外の全身をすっぽりとローブで隠している黒髪の女性。

 先の二人が、この荒れた裏路地に飛び込んできたのだ。


「やあやあ諸君。裏路地でうら若い子を脅すとか、今のダンデでは絶滅危惧種に指定されている珍獣が三体もいるって聞いたんだがどこにいるか分かるかい?」

「へい、ボブ。目の前のその諸君が珍獣よ」

「そうかいジェシー。それはびっくりだ」


「まあ私はジェシーって名前じゃないんですけどね」

「まあ俺はボブって名前じゃないんですけどね」


 ブチッ。


「っざっけんなこらーっ!」

「てめえらいい加減にしろよ!」

「ああん! もう男でも女でもどっちでもいいから脱がしておくれーっ!」



 三人が一斉に二人めがけて飛び掛かった。

 リーゼントの二人はナイフを。

 おじさんは股間で揚力を生じさせながら頭から突撃を。

 それぞれ仕掛けてきた。


「――ふむ。流石にしつこかったか」

「――ええ。二回連続はあまりいい方法ではなかったわね」


 ガキン。

 ゴギン。

 ボギン。


「「「なっ?」」」


 驚き声が重なる。

 それも無理もない。


 何故なら――彼らが振りかざしていた武器が、一瞬の内に弾き飛ばされたからだ。


 ナイフは根元で折れて宙を舞って地面に刺さる。

 おじさんの武器は……、 ……、……敢えて言わないでおこう……南無……。

 何が起こったのか。

 それは僕にも分からなかった。

 分かったのは次のことだけ。


 金髪の男性がら、一瞬、光輝いたこと。

 黒髪の女性がらおじさんが弾け飛んで行ったこと。


「さあて、これに懲りたらもう脅しなんてやめるんだね。今ならまだ見逃してあげるけど」

「そうよ。流石にダンデでも治安は良くなってきているから、今更こんな路地でも恐喝なんてほとんど起きていないわよ」


「え、そうなんですか?」


 ダンデの治安はとても悪い。大通りを外れるのはタブーだ。

 そう聞いていたのだが。


「そうだよ。そんな悪いことが多発していたのも一昔前のこと」

「今は警備隊がきちんと見回っているからね。知らないのは田舎もんだけよ」

「あー、その通りです。ボクは田舎から出てきましたから」


 やはり風評だけで判断しては駄目ですね。

 あ、ということは……


「ち、ちくしょう! お、俺んち超貴族だもんね!」

「お前らの家なんか……えっと……そうだ、あれだ! あれ! バーカバーカ!」


 リーゼント二人はひどく頭の悪い言葉を撒き散らしてその場を去って行った。


「貴族が恐喝なんかするかよ」

「そういうとこ本当に面白いわね」


 追い払った二人は余裕と言った様子でその後ろ姿に感想を漏らしていた。

 いや、でも実際に余裕なのだろう。

 明らかに場慣れした様子であった。

 思い返せば、ナイフを持った二人の男性を相手に、怯んだ様子を一つも見せていない。

 どんな経験を積めば、そんなことが出来るのか。

 尊敬と疑念の入り混じった複雑な目で、ボクは彼らを見つめる。

 と。


「あ、そういや忘れていた」

「このおじさん。どうしようかしらね」


 二人は地面に伸びているおじさんに視線を向けていた。

 おじさんは白目を剥いて、ぴくぴくと痙攣していた。


「あ……あ……」

「お、意識があるのか」

「アレは折れても心は折れていないのね」


 アレは折れているのか……やっぱり……


「うっ……服を……服を……脱がせて……ください……」


 こんな状態でもそれを望んでいるの!?

 ここまで一本筋が通っているとある意味尊敬できる人だよ。


「というか、一つ言いたいのだけど」


 そんな彼に向かって、黒髪の女性が、じとっとした目を向ける。


「服を脱ぎたかったら、脱がしてもらうんじゃなくて、自分で脱ぎなさいよ」


 ひどく正論だった。

 それを真に受けたおじさんは泡を吹いて倒れた。


「おいおい。流石に正しいことを言っちゃあ、このおっさんの世界観ぶち壊しだろう」

「でも、これ以上の存在感を放つとヒロインとしての株が上がっちゃうじゃない」

「おっさんの? っていうか誰のヒロインなのさ?」

「あなたのよ」

「お前……」

「あなた……」


「……飽きたな、これ」

「ええ。三度目は無いわ」


「何なんだこの二人……」

 助けてもらったのに思わず零した言葉。

 本音だった。

 隙あらば夫婦漫才をしようとする。

 全く言動の先が読めない。


「っていうかこのおっさんも普通だったかもしれないじゃん」

「普通ってことは、ってこと?」

「この様子だと自尊心とかじゃないかな?」

「もしくは『自分で服を脱ぐこと』かしらね? あ、でも、舐めてほしい、とか言っていたからさっきのが合っているかもしれないわね」

「どっちにしろ分かるかな?」

「そうね。を達成すればおっさんも救えるかもしれないわね」

「じゃあ早速倒しに行こうか……って、おい、どうした? そんな顔して」


 金髪の男性がボクの肩を掴んで揺さぶってくる。


「口が開きっぱなしだけど驚きすぎて声すら出ない、って顔しているぞ」


 そんな顔にもなるわ。

 この二人はさっき何を話した?

 冷静に考えろ。


「ま、魔王を倒すんですか!?」


「うんそうだよ。倒すよ」

「さっきも言ったけど、それが私達の目的だからね」


 と、そう言った二人の目が細くなる。


「何か倒されちゃ困ることでもあるのかい?」

「あんた、まさか……」

「違います違います! むしろ逆です!」


 ボクは全力で首を縦と横に動かす。


「ボクも『魔王に奪われたモノ』があるんです! だから魔王を倒してほしいと思っているんです!」


 実はこの町に来たのも、その為でもあった。

 魔王を倒す、という志を持ったものを探す。

 図らずとも目的が達成できたことになる。

 ――この二人が言っていることが本当であれば。


「……詳しい話を訊こうか」

「私達の泊まっているとこまで来て」


 二人は少し目を見開いた後、そう提案してきた。

 ボクは大きく頷いて、二人の後に付いていった。



 これが彼と彼女とボクの出会いだった。

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