第1話 ボクに降って湧いたモノ

    ◆




『眠れぬ町』――ダンデ。


 商人が所狭しと屋台を広げ、折々の商品について声を張り上げて通りすがりの人々に高値で売ろうと必死な様子が辺り一面に広がっており、怒号とも悲鳴ともつかない声が絶えず響いている、というように非常に活気が溢れた町である。その喧騒は夜になっても止まないことから『眠れぬ町』と称されている。

 だが、それ故に治安はいいかといえばそうではない。

 むしろ揶揄されて、眠『らぬ』ではなく、眠『れぬ』と称されているのだ。

 ギラギラとした人々の欲望が滾っており、売人と客で賑わう表通りでも数メートル先の声が聞こえないような状況なのに、ましてや裏通りに間違って紛れ込んでしまったりしたら、もう身の安全なんて保障は出来ない。

 そう。


 現在のボクみたいなことになってしまう。


「オラオラ。金だしなぁ、ああん?」

「服脱げやああん?」

「服脱がしてああんっ」


 いかにもチンピラっぽくナイフを振りかざすリーゼントの二人と、身をくねらせながら喘ぐ禿げ頭のおじさんに囲まれてしまっていた。

 ボクの身体は決して大きくはなく、むしろ小柄の部類に入るが故に、その三人に見下ろされる格好になる。


「あ、あの……何故にボクが服を脱がなくてはいけないのでしょうか?」

「ああん? 金持っていたら脱がなくてもいいぞ」

「いいや。この嬢ちゃんなら服脱いでそれを写真に取って売ればもっと稼げるぜ。その後にこっちも満足してもらおうじゃないかうへへへへ」

「ついでに脱がしてもらって僕も大満足ああんっ」


 最後のは必要なのか。というか、二人と最後のおじさんの関係性はなんなのかが気になる。もしかするとあの二人には見えていない人なのだろうか? そうなったら幽霊だということになるが、服を脱がせてもらうまで成仏出来ないが幽霊故に物理的に不可能なので永遠に彷徨っている、という悲しきモノになる。


「……っていうかお前ら誰だよ」

「てめえこそ」

「ああんっ」


「全員知り合いじゃないんかい!」


 思わずツッコミをしてしまった。おじさんと二人は違う気がしたが、まさかそっくりのリーゼントをしている二人まで違うとは思っていなかった。

 そうなると偶然路地裏に入った所で別々の三人が一斉にボクに向かって脅しをかけてきたことになる。

 ああ、なんと不幸なことだろう。

 見ただけでそこまで襲いたくなるような容姿だったろうか?

 少し客観的に自分を見てみよう。


 小さな背、筋肉がほとんどない肢体、高い声、顔は目が大きくて可愛いとよく言われるが、それを言われるのが恥ずかしいので長い髪で隠している。


 ……うん。どっからどう見ても弱そうだ。


 ボクが誰かを襲わなくてはいけないということになったら、間違いなく狙う人物だね。

 そしてそんな奴が、ツッコミとはいえ、馴れ馴れしい口調になれば、


「あああん? なんつった?」

「舐めてんのか?」

「舐めてほしいのだ!」


 こんな風にヒートアップするのは間違いない。

 リーゼント二人組はナイフを威嚇するように振り、おじさんは腰のグラインドを加速させた。


 ヒュン。

 ヒュン。

 ヒュン。


「ナイフが風を斬る音とおじさんの股間のグラインドが同じ音を立てているっ!?」


 何よりも恐ろしいよ。早すぎて止まっている様に見えるってことでしょ。

 ということで、三方向の中でおじさんの方向へと逃げようとしていたボクは完全に退路を塞がれた形となる。

 もう絶体絶命。

 後悔先に立たず。


 ああ、ごめんなさい。

 人混みを避けるために路地を通ろうとしたのが間違いでした。

 ちょっとの窮屈とちょくちょく尻に感じる手の感触を我慢しておけばよかったです。


 ああ、神様。

 呪われた我が身でしたが、人生、楽しゅうございました。

 あわよくば、清い身体で生きたかったです。


 存在を信じてもいない神様にすがるほど醜い真似をしながら、それでも内心では色んなことを諦めてしまっていたボクは、最期の瞬間を見たくないと目を瞑った。


 ――その時だった。



「おいおい。今時こんなシチュエーションとか有り得るのかよ?」

「ええ、そうね。まさにテンプレ、って感じよね」



 声が上から降ってきた。

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