第17話 真実
何を言っているのか分からなかった。
ボクは人間だ。
ただ、神魔王様に性別を奪われただけだ。
それが、性別は奪われたのではなくて与えられなかっただけだって?
「なあ、セイ。神魔王様が奪ったモノって、どこに行くと思う?」
アキラさんのその問いに、ボクは問いを返してしまう。
「どういうことですか? 普通に考えて神魔王様の中じゃないんですか? それかどっかに捨てられるかじゃないんですか?」
「質問を変えようか、セイ」
再度の問い。
そしてそれは――答えだった。
「奪われたハルカの尻の柔らかさだけど――どこにあったと思う?」
「っ!?」
……だからか。
だからアキラさんは分かったのか。
分かっていたのか。
アキラさんはハルカさん一筋だった。
だけど例外的にボクの尻をよく触っていた。
伏線だったのだ。
ようやくその理由が分かった。
「ボクの尻の柔らかさ……ハルカさんから奪ったモノなんですね?」
アキラさんが頷く。
それで分かるなんてどうかしている!
……そう普段ならツッコミをしているはずだ。
だけど、する気力も湧かない。
事実が衝撃的すぎる。
この事実の先の事実が。
「……ねえ、神魔王様。訊いていいですか?」
「……なあに?」
「もし、神魔王様が全ての人に奪ったモノを戻したら――」
一つ間を置いて、ボクは訊ねる。
というよりも確認する。
「ボクはこの世からいなくなるんですよね?」
「………………そうよ」
無理矢理絞り出したかのような、か細い声で肯定する。
「セイの身体は、大人数から少しずつ、本人に影響しない範囲で奪ったモノで構成しているわ。心臓の一部とか脳細胞とかね。だから、もし全部返しちゃったら……そういうことになるわね」
ボクの身体は全て他人で構成されている。確かに、何か国語も覚えていたり、妙な知識を知っていたりしたが、それらは全て奪ったものだったのか。
残酷な真実を告げられた。
――だけど。
「神魔王様。もう一つ訊かせてください」
ボクはこれが『最悪の真実』かどうかを訊く。
「ボクみたいなのってボク以外にいますか?」
「いないわ。セイ一人だけよ」
良かった。
これは――最悪の真実じゃなかったんだ。
こんな目に遭うのは、ボク一人しかないんだ。
「じゃあ、早くみんなに戻してあげてください。ボク自身は――ボクがいなくなること、了解しました」
みんながみんな、ハッピーエンドにはなるわけではない
でも、ボク以外がハッピーエンドになる方法ならばあるのだ。
ボクが消えればいい。
元々ボクはいないはずの存在だ。
他の人達の借り物の集合体だ。
ならば返すのは必然だろう。
親も何もおらず、皆から奪ってきた存在なのだから。
……と、そういえば。
親と言えば、神魔王様がそれに当たるのか。
「あ、何度も質問追加してすみません。ボクの名前を『セイ』にしたのって、やっぱり『性別』がないからだったんですか?」
「ええ。『性別』については多人数から少しずつ取ることが出来なかったから、せめて名前に、ってね。もしかしたら『性別』は無理に奪おうとすれば出来たかもしれないけど、あなたが細かい記憶がないこととかの整合性を取らせるためにわざと無いままにしたわ。『性別』を私に奪われた、と思い込ませる趣旨もあったけどね」
神魔王様は包み隠さず話してくれる。
だが、それでも言わないこともある。
ボクの存在は、ただの『奪ったモノの貯蔵庫』であるということを。
そのことを自覚させないためにも『性別』をわざと無くしていたのだろう。
そんなただの貯蔵庫に対して、彼女は苦しんでくれている。
その態度に、ボクのことをただの道具とは思っていないのではないか、と自分の中で都合の良い解釈をしておく。でなければ、ボクを自由にしていないはずだという裏付けも考えておく。
仮に魔王を倒す人たちの餌として行動させたとか、利用しようとしたとか、そんなのは知らないし、知った所で意味はない。
もう全て終わりなのだから。
「――さあ、神魔王様」
返してほしいと言った時と同じ口調で、ボクは神魔王様に告げる。
「ボクの中にあるモノ、みんなに返してあげてください」
告げて、分かった。
ああ、だからさっきハルカさんは泣いていたんだ。
泣いてくれたんだ。
ハルカさんのしゃくり声が大きくなったのだ。
さっきの涙も、ボクが消滅することを嫌がってくれたが故にだったのだ。
彼女はそこまで先を読んでくれていた。
かといって、アキラさんが先を読んでいなかったわけではないだろう。
アキラさんも分かった上で、その決断を下したはずだ。
彼は恨まれ役を買ってくれたのだ。
世界の人々と、ボク。
どっちを取るかは必然だろう。
「……分かったわ、セイ」
神魔王様が手をボクの頭に添える。
途端に――自分の中から何かが徐々に消えていく感じがしてきた。
そして、自分から淡い光が発生しているのを視認する。
「ごめんね。こんな嫌な思いさせて」
「ええ、嫌ですよ。謝られる方が」
申し訳なさそうな表情の神魔王様に、ボクは微笑みを見せる。
「ボクをこの世に生み出してくれたのは神魔王様なのですから。ありがとうございました」
「っ!」
神魔王様が空いている手で自分の口元を覆う。
神魔王様は色々と背負い過ぎだ。
これから消えゆく、本来いなかったボクのことまで背負う必要はない。
ただ、神魔王様の表情を見るのが辛いので、視線を前に戻す。
すると、その先にいたのは――彼らだった。
ここまで短い旅を共にしてきた二人。
色々と助けてもらった。
肉体的にも。
精神的にも。
「……ありがとうございました、アキラさん、ハルカさん」
ボクは頭を下げる。
「二人のおかげで、楽しい旅でした。ちょっとツッコミ疲れましたけどね」
「ああ、こっちもボケ疲れたけどな」
「じゃあボケないでくださいよ!?」
「そうだな。セイのツッコミが心地よすぎて甘えていたな」
だからな、とアキラさんは優しく微笑んでくる。
「こちらこそ、ありがとう、セイ」
アキラさんのその言葉と共に、俯きながら彼の袖を掴んでいるハルカさんも首を何度も縦に動かす。
これでこの二人共お別れだ。
短かったけど、色々あったなあ……
二人は隙あれば下ネタばかり言ったり暴走したりするので、こっちはツッコミで夜ぐっすり眠れるほど疲労したなあ……アキラさんはすぐ尻を触ってくるし、ハルカさんはすぐ脱ごうとするし、もう大変……
……
「……ねえ神魔王様。お願いがあります」
淡い光と共に薄くなる足元を見ながら言う。
「足なんかいらない。手もいらない。身体もいらない。視覚も聴覚も味覚も触覚も何も無くてもいいです。……だけど」
駄目だ。
どうしても駄目だ。
「この楽しかった記憶だけは残してもらえないですか……っ?」
抑えきれなかった。
涙も鼻水も出て、顔面はぐちゃぐちゃだ。
しっかりと。
ツッコミ役としても。
堂々としていこうと思ったのに。
「やだぁ……この世からいなくなるの嫌だよう……っ!」
嫌だ。
記憶が無くなるのが一番嫌だ。
アキラさんとハルカさんと過ごした日々を忘れるのが嫌だ。
あの楽しかった日々も無くなってしまうようで嫌だ。
どうしようもない我儘なのは分かっている。
だけどどうしても耐えられなかった。
想いを吐き出してしまった。
もうボクでも止められない――
「大丈夫だ、セイ」
「大丈夫よ、セイ」
ふわり、と。
何かを包み込まれるような感触があった。
確認するまでもない。
アキラさんとハルカさんが、ボクのことを抱いてくれたのだ。
「セイ。大丈夫だ」
「そうよ。大丈夫よ」
「なっ……何が大丈夫なんですかっ? じ、自分達の中にいるからとかっ……しっかりと覚えているとかなんですよねっ?」
勝手な言い分だ。
しかも相手の言葉を潰す、嫌な言葉だ。
――だけど。
いつものように二人は、ボクが思いもしないことを言ってくる。
「お前のことは尻の感触しか覚えていない」
「ええ。私の尻の感触があなたってことよ」
「へっ……?」
その言葉の意味が呑み込めなかった。
呑み込めないまま、二人は続けてくる。
「だから、尻の感触がハルカのと同じだったらお前だってことになる」
「でも私の尻の感触は今は私にしかない」
「だけど考えてみろ、セイ」
「私とアキラの子供が出来た時を」
「その場合はきっとどちらかに似るだろうな」
「勿論、尻の感触もね」
「遺伝子上ハルカの感触とそっくりな子も出てくるだろう」
「そうなればそれはあなたよ」
「お前はこの先、俺達の子供として生まれてくるんだ」
「「だから!」」
二人は声を合わせて、こう言ってくれた。
「「未来で会おう、セイ」」
……ああ。
何という無茶苦茶な理論ですか。
ボクの尻の感触はハルカさんのモノなんですから、その子供の感触がどうであれ同じ感触ではないでしょうに。
……全く。
そんな無粋なツッコミを最後にさせる気ですか。
そんなこと――こっちからお断りです。
ツッコミ役、放棄させていただきます。
「はい。元気に生まれてくる予定なのでよろしくお願いいたします」
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