第16話 ラストバトル
◆
ガギィン!
ドゴォン!
バギィン!
ジュウハッキン!
戦闘の音が響く。
既に山小屋は無く、更地に近くなっている。
ボクは神魔王様に咄嗟に抱えて守ってもらったので傷はついていない。
だが、心中は穏やかではなかった。
アキラさんとハルカさん。
仲睦まじかった二人が戦っていた。
股間の光剣を振るアキラさん。
受け止め、盾を投げ飛ばすハルカさん。その盾自体が攻撃手段となっている。
そこでボクは思い出す。
――ハルカには攻撃手段がない。
アキラさんから聞いた言葉だ。
だが、それは誤りだった。
ハルカさんは意図的に攻撃手段を隠していた。
アキラさんは、ハルカさんが盾を攻撃転用できることを知らなかったのだ。
それを証明するかのように。
現在、優勢なのはハルカさんの方だった。
「どうして拒否するんだハルカ?」
「駄目だから駄目なのよ!」
ハルカさんが怒声を上げる。
傷つきながらも眉を潜ませるアキラさん。
「それはあれか? 全世界の人に戻したらまた悪さをする人が出るからか?」
「違うわ! そんなのは神魔王様が何とかするから!」
「それはあれか? その盾の能力を保持し続けたいからか?」
「違うわ! アキラと挿抜できないこんな能力なんかいらないわ!」
「それはあれか? 元に戻ったらまた胸とか触られるからか?」
「違うわ! それは逆に嬉しいから別にいいわ!」
言っていることが色々と危険かつおかしいですよ! ……と、言いたいがツッコミを出来るような雰囲気ではない。
言葉と共に繰り出される二人の攻防は激しい。
が、ついに均衡が崩れた。
「ぐっ……」
アキラさんが地に膝を付けた。
一方でハルカさんは息を切らしてはいるが傷一つついていない。
「ごめんねアキラ。どうしても私には魔王に奪われたモノを取り返させるわけにはいかないのよ」
「……それはあれか?」
苦しそうに同じフレーズを続けるアキラさん。
「ハルカが本当に奪われたモノが『羞恥心』じゃないとバレるからか?」
「……っ!」
ハルカさんの言葉が止まる。
否定しない。
つまりそれは肯定ということだった。
「俺は知っている。ハルカの本当に奪われたモノは、違うモノだ」
ボクは思い出す。
神魔王様が言っていたことを。
あの中で奪っていないモノが三つある。
その二つ目が――『羞恥心』。
「ハルカ。君が本当に奪われたのは――『尻の柔らかさ』だ」
「……へ?」
尻の柔らかさ。
あまりの突拍子もない単語に、ボクが思わず声を漏らしてしまう。
だが、ボク以外の人達が何も言わないということ。
そして――ハルカさんの顔が赤くなったことから、事実なのだろう。
伏線はあった。
ハルカさんは悪事をしていた過去は無さそうだった。にも関わらず『羞恥心』という女性としての尊厳が失われそうなきついモノが奪われていた。男ならいいとか、尻の柔らかさならばきつくないとか、そういうわけではないが。
それにハルカさんは決して尻を触らせなかったという。きっと悟らせないためにそうしていたのだろう。
「しかし分からないのは……どうして羞恥心にしたのか、ってことなんだけどさ」
確かにそうだ。
よりによって全裸にならなくてもいいのに。
「胸の大きさを奪われたって言えばよかったじゃないか」
「そんなの戻った時に虚しくなるだけじゃない!」
確かにそうだ。
寄りに寄せても板なのに。
「……そうよ。私が本当に奪われたのは尻の柔らかさよ。もうカッチカチよ」
「言い方言い方」
「胸がない私の他の武器も奪われたなんて知ったら……と思って、それを隠すために何をしようかと考えながらアキラが興奮しないこの世界に服なんかいらないじゃないと徘徊していた時に神魔王様と会って、羞恥心を奪われたことにしようと決めたのよ」
ハルカさんが顔を覆って蹲る。
……いやいや。言っていること、おかしいことだらけですからね。
「そうかそうか。辛かったな。ごめんな」
アキラさんがそんな彼女の傍により、背中を撫でる。
……普通に慰めているだけなのに、ブラのホックを外そうとしている様に見えるのは彼の行動のせいでボクは悪くないと思う。
「あと……ハルカは優しいね」
「……っ」
ハルカさんの身体が硬直するのが目で見て判る。
直後、何やらぼそぼそとアキラさんは彼女に耳打ちをする。
「うん……うん……そうだね……」
鼻を啜る音が聞こえる。彼女は泣いているようだ。そんなに泣くようなことか、と思ったが、彼ら二人の中で何かあるのだろう。
「……」
そこに、少し嫉妬の感情が混じる。
ここまで旅した時間は短かったが、やはり二人の間には入れない。
ツッコミしまくりで疲れたが、それでも楽しかった。
そう感じていたのはボクだけなのか――と。
(……そういうもんじゃないよね)
ボクは首を横に振ってその邪な感情を振り払う。
アキラさんとハルカさんがボクを邪険に扱ったことは無かった。
からかったりはしていたが、そのやり取りも楽しかった。
一緒にご飯を食べた。
一緒に笑ってくれた。
一緒に旅してくれた。
この短い旅は、ボクの記憶がある中でも最上に楽しかった。
そんな二人との旅路も終わりだ。
世界の人達の奪われたモノが戻る。
魔王は名前だけ残り、人々の悪事に対する抑止力となる。
実際の抑止は、裏で神魔王様とアクアイヤ様が行うであろう。それも辛いだろうが、人々の恨みを買い続けるよりもいいだろう、と思うとまだマシなのかもしれない。辛ければ止めればいいだけだが、二人は続けると思う。義務というよりも自分の意志で。
魔王に奪われたモノを取り戻す物語は、こうして終わりだ。
ハッピーエンドって良いものだよね。
「――さあ、神魔王様」
あとはエピローグだけだ。
抱き合っている二人の邪魔をしないよう、ボクは抱えてもらっている神魔王様に言う。
「ボクの性別を返してください。早く戻りたいんですよ」
実はこの言葉は嘘だ。
いや、早く戻りたいという気持ちがないわけではない。
でも、それよりも早くなりたいのだ。
本当の自分の性別で。
二人によって奪われたモノが戻ってきたことを、誰よりも早く感謝する為に。
だが――
「……」
神魔王様は瞠目し、ボクの願いを聞いてはくれなかった。
「あれ? どうしたんですか? ああ、ボクが最初になんておこがましいですよね。最初にアキラさんとハルカさんの方を返してあげるのが筋ですよね。やだなあ、ボク。それはそうですよね。ボクはその後にでも――」
「セイ」
いつの間にか、近くまで来ていたアキラさんに声を掛けられる。ハルカさんはその袖をぎゅっと掴んで立っている。
いいコンビだ。
本当に。
その片割れの彼の口から、こう言葉が紡がれる。
「奪われていないモノは取り戻せない」
……はい?
何を言っているんだ、アキラさんは? 耳がおかしくなったかな?
「……ええ、その通りよ」
ボクを抱えている神魔王様の腕に力が入るのを感じる。
「私が奪っていない三つ目。それは――『性別』よ、セイ」
「えっ……?」
目の前がぐるぐるする。
何だこれ。
何だこれ。
「だってボクは現に性別がないし、それに伴って色々な記憶もないですよ? ほ、ほら見ます? ボクの身体はこうやって人として不完全で――」
「――セイ。端的に言うわ」
神魔王様が苦しそうに言葉を紡ぐ。
「性別はただ足りないだけ。あなたは――私が奪ったモノを与えたことによって作られた存在なのよ」
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