第15話 ハッピーエンドはまだ遠く
「……」
驚きで声も出ない様子の神魔王様。
彼女が質問する前にアキラさんは言う。
「何かを奪われる、という恐怖を広めることは出来ただろ? だけど、万が一倒されたりなんかしたら、せっかく集めたヘイトが散乱してしまう。だったら、絶対に倒させなければいい。――魔王という存在がいなければ、絶対に倒されることはないだろ?」
「……ああ、そういうことね」
ハルカさんがそこで頷いて、こう続ける。
「神魔王様。――神様になりなさいよ」
「はぁっ!?」
今度は素っ頓狂な声を放つ神魔王様。
大丈夫です。ボクも付いていけていません。この二人と一緒に居たらいつものことですから。ボクも驚きもせずに澄ました顔をしていますが、全然わかりません。
そんなボク達に、ハルカさんが説明してくれる。
「魔王、という存在がある程度広まった今ならば、消えても魔王に奪われるという恐怖は残る。加えて、悪事を働く者はきついモノを奪われるという事実もあったのであれば、犯罪は抑止されるでしょう。だったら魔王の存在はもういらないのよ」
「あとは魔王の名だけで諍いの抑制になるってこと?」
「そう。そこに神様が『神を信じ啓蒙すれば、奪われたモノも戻ってくる』ってやれば、悪いことをする人も少なくなるわね」
ハルカさんの言葉を反芻する。
魔王が奪ったモノ。
それを神様が戻す。
それって完全に――
「じ、自作自演ってことですか!?」
「そうだね」
「そうよ」
「そうね」
あっさりと肯定する三人。……って三人!?
アクアイヤさんも頷いていた。
そして彼はこう続ける。
「この方法が一番――この子を傷つけない」
「……っ!」
目を見開いてアクアイヤさんを見る神魔王様。
……もしかすると、最初からアクアイヤさんはこの計画を練っていたのではないか?
神魔王様の驚きっぷりから、彼女は考えもしていなかったように思える。
「もう休みな、とは言えない。だけど――心はもう休めなさいな」
そっ、と彼女の背部から、アクアイヤさんが神魔王様を抱きしめる。
「うっ……うっ……うううううううううううううううううう」
途端に――神魔王様の目から涙が零れる。
噛み殺すような泣き声と共に。
ずっと我慢してきたのであろう。
ずっと辛かったのであろう。
この短いやり取りだけでは分からない苦労もあったのだろう。
だからこそ、彼女は涙を流しているのだ。
そこにボク達が介在する余地はない。
しばらくそのままにしておいてあげよう。
「さて神魔王様。泣いている暇はないぞ」
「さっさと結論を出しなさい」
「あんたら鬼かっ!?」
さっきから思っていたがどっちが魔王なんだか分からなくなってきた。
ここは少し待ってあげるのが人情ではないのでしょうか。セイには分かりませぬ。
「……そうね。奪われているモノを早く取り返したいものね。分かったわ。あなた達から奪ったものをここで返します」
この人はもういい人だな。
……いや、いい人なのか?
何だか色々と分からなくなってきた。
もうこの場は流れに任せておこう。
それに、戻ってくるのだ。
ボクが魔王に奪われたモノ。
――性別が。
これからたくましく成長していく男性の方かな。
それとも、可憐に成長していく女性かな。
いずれにしろ、これからのボクはきちんとした性別の方で生きていくのだ。
もう両『姓』類とは言わせない。
セイだけに
……。
何を考えているんだ、ボクは。
ちょっと嬉しくてテンション上がっているようだ。
でも、仕方ないよね。
「――いいや。駄目だね」
びくり、と思わず肩を跳ね上げてしまう。
もしかして声に出していたのだろうか。
それでも駄目だと言われるのはなんか嫌だな……
と思いつつアキラさんに視線を向けると、彼は人差し指を向けていた。
神魔王様に。
「俺達だけじゃない。全世界の人達から奪ったモノを返しな」
おっと、至極まともなことを言っている。
セリフだけ見れば勇者みたいだ。
……なんて思ってしまった。
駄目だな。真面目モードのアキラさん達に慣れていない。
「奪ったモノを返すのは直接的に会わないと無理とかあるのか?」
「ううん。昔の経験から、そういう制限はないと思うけど……」
「だったら、もう戻してやれ」
「いや、でも……」
神魔王様が戸惑いの様子を見せる。
ああ、とアキラさんが得心がいったように頷いて続ける。
「戻ったからって同じように悪いことをする奴はいないさ。大丈夫。俺が身を持って体験したんだからな」
説得力がある。
と、同時に、彼は自分自身に宣言しているのだ。
同じようなことは必ずしない、と。
これなら神魔王様も折れる――
「駄目よ」
ガキィィィン。
唐突に金属音がすると同時に、椅子が倒れる音がした。
その椅子に座っていたのはアキラさん。
彼は床に倒れていた。
弾き飛ばされたのだ。
真横から。
その彼の真横にいたのはただ一人。
つまり、弾き飛ばしたのは彼女だけしか有り得ない。
「どういうことだよ? ――ハルカ?」
「アキラこそ何を言っているのよ」
周囲に盾を浮遊させながら、彼女は告げる。
「神魔王様が奪ったモノを全部返させるわけにはいかないわ」
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