第14話 止めちまえ
◆
「――以上がこの子の過去よ。幼馴染のあたしが言うから間違いないわ」
「ありがとうアクアイヤ子ちゃん」
「流石ねアクアイヤ子ちゃん」
「何を言っているのアクアイヤ! っていうか何があったのよ!?」
いつの間にか山小屋の中に来ていた蒼髪のイケメンが股間を抑えて身体をくねらせている様子に、神魔王様は目を剥いている。しかも先程幼馴染だとも言っていた。側近ではなく、本当はそういう関係だったのか。
「もうやめましょうよ。あたしはあんた一人が世界の敵になるっていう事態に耐えられないわ。ねえ、世界の敵――魔王となったあなたが今苦しんでいるのは何? 言ってみなさいよ」
「これまで何があっても支えてくれていた幼馴染がいきなり女性口調になったことよ!」
「それは絶望だ」
「本当にひどいことをする人達だね」
「アキラさんとハルカさんのことですよ!?」
流石に可哀想になってきたのでツッコミ役を引き受ける。
何か神魔王様に同情心が湧いてきた。ボクの性別を奪った張本人なのに、ちっとも恨めしい気持ちが出てこない。
「話を戻しましょうよ。神魔王様。ボクからも質問いいですか?」
「ぐすん……いいわよ。何でも言うわよ、もう」
やばい。完全に心折れてる。
それにボクの背後で「何でもやるってさ。じゃあ脱いでもらおう」「あ、そーれ、かっみまっおうっ! かっみまっおうっ!」と煽りの声が聞こえる。どっちが魔王なんだよ。
「神魔王様。神魔王様が何かを大勢の人から奪うのは人々の悪意の対象になるため、というのは理解しているのですが、どうして微妙なモノばっかり奪うのですか? 『向上心』とか『中指の爪』とか『肩こり』とか『敵愾心』とか『眠気』とか『性欲』とか『羞恥心』とか――せ、『性別』、とか……」
「だって心臓とか奪っちゃったら死んじゃうじゃない。だから死んだり苦しんだりするものは奪うわけがないわよ」
事実。
直接的に魔王に命を奪われたという話は不思議と聞かない。副次的な意味で犠牲になった、という噂があったが、それも定かではない。
ならば、彼女の話は本当であると言えるのだろう。
「でも、それを利用してくる人が出て来ちゃったのは予想外だったのね。浅はかな考えだったわ」
「魔王軍って名乗っている奴らは、勝手に魔王の名を使って悪事をしている連中なのよ。だからあたしと彼女はそういう人物をこっそり無力化させているのよ」
アクアイヤの言葉に神魔王様は続く。
「私に奪われた、って名目で好き勝手やっている人もね。。因みに、さっき君が口にした『奪われた』と言われているモノの中でも三つ、実際に私が奪っていないモノがあるわ」
三つ。
奪っていないのに奪ったと主張し、混乱させる。
それを理由に犯罪をしても免れようとしている人もいるのだろう。
何せ魔王は想像もつかないモノも奪っているのだ。だから例えば「倫理観を奪われた」とか言い訳すれば魔王のせいに責任を押し付けられるのである。
「奪っていない例を一つ挙げると『向上心』ね」
「あ、さぼりたい人が言い訳に使った、ということですか」
「そうよ。向上心なんか奪ったら生きる気力を無くしちゃう可能性があるじゃない」
そもそも向上心が奪われたことにどう気が付くのだろうか? ならばやる気が無くなったことへの言い訳に使った、と考えた方が納得出来る。明日から頑張る、っていう人はそれに当て嵌まるだろう。今から頑張れよ。
では残り二つは何だろう。
――と、思考する前に神魔王様が言葉を紡ぐ。
「きついモノを奪われた人ってそんなにいないのよ」
「そうなんですか」
「そう。きついモノを奪った人は、かなりの悪事を働く可能性があると私達が判断した人物なのがほとんどよ」
「ちょっと待ちなよ」
口を挟んでくる人物が一人。
アキラさんだった。
「俺は『性欲』って相当きついモノを奪われているけど、そんな悪事を働いた覚えがないぞ」
確かに。
性欲が奪われるっていうのはかなりきついモノの部類に入るだろう。人間の三大欲求の内の一つを封じられているのだから。
「ハルカの着替えを覗いたり胸を見たり胸を揉もうと思ったり実際ちょっと触ったり、寝ている間に胸を触ったり尻をもみもみしただけじゃないか。それのどこが悪事だというのだい?」
「全部ですよ!」
前言撤回。
この人はかなりの悪事を働く可能性が高いです。というかもうしています。
「まあ、過去はともかく、俺だってここまで思い知ったら流石にもうやらないさ」
「うん。君が反省したことは分かっている。それに君が他の人にむやみやたらに危害を与えないことも分かっている」
それは違います。
但しイケメンは除く、です。
九割の確率でイケメンを見たら襲いかかるそうです。
「だから光剣を与えたんだよ。与えた目的は――」
「――魔王に対抗する敵としてのシンボルにさせるため、だろ?」
魔王に対抗する――すなわち、魔王を倒せるかもしれない存在。
まさにボクが二人を求めた理由そのものだ。
「……そこまで分かっていたのね」
神魔王様は嘆息する。
「そう。私に対して反抗する人がいなければ、魔王に逆らえない、という思考に凝り固まって、敵意が私以外に向けられてしまう可能性がある」
「だから倒せる存在として、俺やハルカみたいに何人かに武器を与えたんだな?」
「そうよ。全部で七人に与えたんだけど……ここに真っ先に辿り着いたのが君達二人になるとは思わなかったわ」
それよりも他の五人が気になる。
まさかこの二人のような性格なのだろうか。
「――まあ、もう他の奴はもう関係ないけどな」
アキラさんがいつものような気怠さを漂わせながらも、不敵な笑みを浮かべる。
「だって――魔王という存在は、ここで終わるからな」
「ここで私を倒す――そう言っているのかしら?」
神魔王様も笑い返す。
「誰が君に能力を与えたと思っているの? 君とハルカさんだけで倒せるほど私は甘くはないわ。それにアクアイヤもいる。彼はあなた達に不意を取ったようだけど、本来はかなり強いわよ」
腕を組んで立っている蒼髪の彼は、口と目を閉じたまま微動だにしない。
それだけでもかなりのオーラが出ている様に見えてしまう。
加えて、おねぇ口調。
勝てる気がしない。
「そんな私達に、あなた達二人で勝てるのかしら?」
「――誰が戦うって言ったんだ?」
「へ?」
挑発しようとしていたのであろう、身を乗り出していた神魔王様の動きがピタリと止まる。
「もう一度言う。魔王という存在が無くなれば、他の奴は関係なくなる」
「だからどうやって――」
「――神魔王様」
アキラさんはティーカップを置き、鋭く言葉をぶつける。
「魔王なんか止めちまえ」
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