第12話 ティータイム

「本当に久しぶりね二人とも。元気にしていた?」

「元気にリピドーを放っているよ」

「元気に脱いでいるわよ」

「……相変わらずね」


 神様と呼ばれた女性は苦笑いでティーカップを口元に持ってくる。

 あの後、ボク達は山小屋の内部に招かれ、こうしてお茶をご馳走になっていた。

 戸惑うボクを尻目に二人はあっさりと出されたお茶に口を付けていた。


「なあに警戒してんだ、セイ?」

「毒なんか盛られていないわよ」


 二人がボクに促してくる。

 お茶を出した神様は、にこにことこちらを見ている。

 その様子に安心して口を付けようとすると、


「ま、媚薬は入っているけどな」

「え?」

「そんなことあるわけないじゃない!」


 神様がテーブルを叩いて猛抗議する。


「いいえ。神様が言っていることは嘘よ、セイ。だってこの神様、人が全裸で徘徊している時とか」

「人がリピドーの放出の仕方を悩んで全裸になっていた時に現れて能力を与えてきた変態だからね」

「ああ……事実だけど事実じゃないこの何とも弁明できない感が……」


 頭を抱えてテーブルにうずくまる神様。

 ああ、この人、ボクと同じだ。

 ツッコミ体質の人だ。

 というか、この二人を前にしてそうならない人の方が珍しいのではないだろうか。


 改めてボクは彼女を凝視する。

 非情に見目麗しく、出ている所は出て引っ込んでいる所は引っ込んでいる女性だが、どことなく庶民感も漂わせてくる。それはひとえに着ている服のせいもあるかもしれない。

 ジャージ+そこに大きく書いてある二文字。

 魔王。


「ねえ神様。あなた魔王なの?」

「あ、うん。そうよ」


 ハルカさんの問いにあっさりと答える神様。

 しかし二人は動じることなく、あっさりと「そう」と首肯してお茶を飲む。


「……」

「……」

「……」


 静寂が生まれる。


「……いやいやいやいや! おかしいでしょ!?」


 思わずツッコミをしてしまった。

 だって、この空気に耐えられなかったんだもん。


「この人は二人に能力を与えた神様なんですよね!?」

「ああ、そうだよ」

「だけど人々から『何か』を奪っている魔王なんですよね!?」

「さっき本人が言っていたわね」

「どういうことですか!?」

「どういうことも何も、事実はそのままよ」


 紅茶を口元に運びながら、神様は答える。


「人々から何かを奪って恨まれている魔王と呼ばれる存在も、この二人に能力を授けて神様と呼ばれている存在も、全ては同じ存在――私なのよ」


 バサリ、と。

 彼女はどこから取り出したのか、フードを被り、長いコートを羽織る。


「ほら。こうすればイメージ通りかしら?」


「下はジャージだけどな」

「下にださい文字が入っているけどね」

「ジャージはいいじゃない! 動きやすいし洗いやすいし便利なのよ!」


 頬を膨らませて憤慨する彼女。

 が、一転、青い顔になる。


「……ねえ? この文字ってださいの? 側近のアクアイヤが『ニッポンで相応しいの見つけました』って買ってきたやつなんだけど」

「まんま『魔王』ってニッポン語で書いてあるんだよ」

「ていうかデザイン的にダサいでしょ、それ」

「うう……私はそういうセンスがないからコートとフードで隠しているのに……アクアイヤめ、後でおしおきよ」

「そういやそのアクなんちゃらっていう側近って蒼髪のイケメン? ならさっき会ったな」

「アクアイヤ子ちゃんね」

「そうだった。アクアイヤ子ちゃんになったんだった」

「待って!? アクアイヤに何があったの!?」


 魔王の側近なのに奪われたのだ。

 色んなモノを。


「まあアクアイヤ子ちゃんのことは置いておいて――どっちで呼べばいい?」

「どっちでも好きな方でいいわよ」

「じゃあ神魔王様」

「神魔王様」

「神魔王様……?」


 どっちか好きな方でと言ったのに素直に言わないこの二人。

 神魔王様が微妙な表情になっている。やめてさし上げろ。


「――で、二人共」


 コトリ、とカップを置くと同時に、神魔王様の目が鋭くなる。


「どうする? 今から私を倒しにかかってくるのかしら?」


 ――息が詰まりそうになるほどの威圧感が、襲い掛かってきた。

 さすがと言ったところだろう。

 呼吸が荒れ、心臓の鼓動が早くなるのを感じる。

 苦しささえ感じていた。


 だが、


「勿論」

「当たり前よ」


 二人は、何事もなくカップを置いて答える。

 余裕を見せている。

 こちらの二人もさすがである。


 一気に緊張した空気が流れる。


 ――と思ったら、


「と、その前に、色々聞きたいことが」

「というより、確認したいことがあるわ。そして紅茶おかわり」

「あ、はい」


 神魔王様が二人のカップに紅茶を注ぎ、再び口を付ける。

 ……なんか緊張感があるかどうか分からないなあ。

 正直、置いてけぼり感と困惑が今まででも最上位に位置する状態だ。


「で、訊きたい事って何?」


 神魔王様が微笑みながら訊ねると、アキラさんが口を開く。


「神魔王様の目的」

「え……?」

「神魔王様って魔王っぽくないし、どうして人から『何か』を奪うのか? それを聞かせてくれないか?」


 確かに。

 ここまでのやり取りから、彼女からは悪意を感じなかった。

 威圧感はあったが。

 ならば何か目的があるのではないか。

 そう思ってしまうのは必然とも言える。


「……私の目的、ね」


 数秒、目を瞑って思考を張り巡らせている様子を見せた後、神魔王様は口の端を上げる。


「私がそれをあなたたちに説明すると思う?」

「しないならしないでいいよ」

「当てるから」


 ビクン、と身体を跳ね上げる神魔王様。

 笑顔が凍っています。


「あ、当てられるわけないわよね? そうよね? おほほほほほ……」


 焦る気持ちも分かる。

 この二人、普通ではありえないことも普通にやりそうだから。


「じゃあ言おうか、ハルカ」

「ええ、いっせーの、で行くわよアキラ」


 いっせーの、と声を合わせて二人は言う。



「「」」



「へっ……?」


 思わず呆けた声を放ってしまう。

 神魔王様は、世間で謂われている魔王だ。

 人から奪う能力を持った魔王。

 世界中から畏怖されている魔王。

 その魔王の目的が、世界平和。


「いやいや。まさかそんなことあるわけ――」


「……っううぅぅぅぅぅ」


「って思い切り恥ずかしがってらっしゃる!」


 顔を真っ赤にして両掌で覆い、唸り声を上げる神魔王様。

 あまりにも分かりやすすぎる答え合わせだった。

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