第9話 長き旅路の序章

    ◆




 その場に残された黒タイツの面々は縛り上げて尋問したが、やはりアキラさんが口にした通り魔王の手下だったようだ。

 魔王の手下。

 各地で暴れまわっているという悪評は聞いていたが、実際に見たのは初めてだった。


「まあ、いつもの奴と同じか」

「だよね。飽きちゃったわね」


 アキラさんとハルカさんは過去にも遭遇したことがあったようだ。恐らくは今日と同じように襲撃されることが多々あったのだろう。あまりにも慣れた様子過ぎる。


「で、やっぱり魔王の場所は知らないか」

「こっちもいつも通りね。本当、魔王の手下って勝手に名乗っているだけじゃないのかしら」


 ハルカさんが転がっている人達を足蹴にする。既に黒タイツの人々は全裸にされており、興奮しているのか悶絶しているのかピクピクと痙攣している。因みに中身はそこら辺にいそうなただのおじさんがほとんどであった。ただその中には先程のリーゼントも交じっていたため、場所がバレた理由については納得した。


 その後、魔王の手下達は宿の破壊などを償わせるために警備隊に引き渡した。余談だが、こっそりと彼らの持っていた金は奪っておいた。宿にあった荷物が爆破されて文無しになってしまったから仕方がない。ボクはきちんと最初に持っていた分くらいしか取っていないと言い訳をさせてもらおう。


「本当にごめんな、セイ」

「すっかり失念していたわ」


 事情聴取など全てが終わった後、彼らは謝ってきた。

 今回の襲撃への対処について、二人はとあることを失敗してしまったらしい。


「いえいえ! 元々助けてもらったことでこちらの方が感謝しなくてはいけないですよ!」

「でも、巻き込まれちゃったしね」

「それに、これからも巻き込まれることになっちゃうしね」


 この二人は元から魔王軍に対して顔が割れていたらしい。所謂指名手配を食らっていたとのことだ。目的が目的なだけに仕方がないのかもしれない。裏を返せば、それだけ二人が魔王に対して脅威になっているとのことだ。

 そして。

 その中にボクの名前と顔も混ざることとなってしまったのだ。


「まさか逃げられていたとは」

「しかも名前も写真も廻るなんてね。魔王軍も早いわね」

「あれだけ人数がいたら仕方ないですよ。……にしても」


 ボクは目の前の画面を見ながら嘆息する。


「魔王軍のサイト、っていうのが本当にあるんですね」


「時代はインターネットだよ、若者よ」

「テレビしかないおじいちゃんじゃないんだから」


 ただ、二人が見ている魔王軍のサイトが本物だというのは、二人の名前と、そこにボクが追加されたことから分かったのであって、偽物のサイトも含めてネットの広大な海には多数のサイトがあるので普通は分からないはずだ。中には堂々と偽のサイトを運用して、現在画面に映っているサイトよりも信用されているモノもある。まあ、フェイクの為にわざとそうさせているという可能性もあるが。


「しっかし、セイが多国籍語を理解しているとは助かったぜ。おかげでサイトの文字も読めるから次の目的地も明確になったしな」

「本当ね。私達はフィーリングで生きてきたところあるし」

「よくそれで世界中を旅出来ていましたね……」


 そう、ボクはあらゆる言語について精通していた。それが何故かは記憶が曖昧なので分からないが、もしかすると母国語を悟らせないためにそのような副産物になったのかもしれない。女性しかいない民族とかあるかもしれないからね。

 いずれにしろ、ボクが役に立てることが見つかって良かったと、心の中でホッとしたものだ。


「とにかく話を戻しますが、二人には魔王を倒していただきたい、ボクはそのサポートをする――だから顔なんて割れなくても、同行はお願いしていたので気にしないでください」

「そうだな」

「ええ。悩んで損したわ。お金を返して」

「えええええ!? というかそもそもお金なんてもらってませんよ!?」

「何ですって? お前の胸なんてお金を払ってもらわないと揉まないぞ、だって?」

「無理矢理すぎじゃないですかねえ!?」

「そもそもハルカの胸を揉むのは俺だけだ」

「その主張もおかしくないですか!?」

「アキラ……素敵……揉ませたい……」

「ハルカさんのフィルターは何かがおかしいですよ!?」


「胸ネタ飽きたな」

「ええ、そうね。止めましょう」


「唐突な終了!? もうこの二人には付き合ってられない!」


 この夫婦の思考には到底ついてこれない。

 ボクが呆れの溜め息をつくと、


「でも、付き合って付いてくるんだよな?」

「ていうか、これからも付き合ってもらうわよ、セイ」


 二人は笑顔でそう言ってくる。

 本当にいい笑顔。

 ボクに対して向けてくれるのは、とてもありがたい。


 記憶が曖昧なボク。

 性別がないボク。

 当然、知り合いもいなかった。

 友達もいなかった。

 いたかもしれないが、今は知らない。

 知り得ない。

 そんなボクに出来た知り合い。

 仲間。

 旅の道連れ。


「よろしくお願いいたします」


 ボクは心からの笑顔を二人に見せた。






 性欲を奪われた、光剣を持つ少年。

 羞恥心を奪われた、無敵の盾を持つ少女。

 性別を奪われた、ただの人間。


 こうしてその三人は出会い、そして魔王を倒す長き旅路が始まった。

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