第7話 襲撃
扉が弾け飛んだ。
その後ろにオレンジの閃光も見えた。
わずかながら熱も感じた。
そこから導き出された事実はただ一つ。
扉の外から、何らかの方法でこの部屋に向けて爆破を起こした。
で。
通常であったらボクは巻き込まれてその命を散らせていたはずだ。ボクに回避する能力はないし、それを察知することすらも出来ていないのだから。
だが、ボクの傍にはアキラさんがいた。
「よっ、と」
その軽い声と共に、窓際にいたボクはアキラさんに抱えられ、そのままの勢いでガラス窓を突き破って外に出た。
放り出た、という表現が正しいかもしれない。
「うわあああああああああああ――むぐっ」
「あまり叫ばないでくれ。両耳塞げないんだよ」
狼狽し絶叫するボクの口を片手で塞いで、彼は言う。
「大丈夫だから」
その言葉通り。
爆風も爆炎も、ボクに対して猛威を振るうことは無かった。
ボクは見た。
脅威は全て、アキラさんの背中で受けていたことを。
その事実を認識したと同時に、アキラさんが地に足を付けた。
「っつー。人を抱えて飛び降りるのはやっぱ色々と大変だなあ」
「だ、だ、だ、大丈夫なんですか!?」
「ん? ああ、大丈夫だよ。着地の時の衝撃は殺したけど、ちょっち痺れた感じがしただけだから、実際の痛みはないよ」
「そっちじゃなくて背中の方です!」
爆炎と爆風を一身に浴びていた背中。
普通だったら無事じゃすまないはずなのだが――
「……あれ?」
「背中は無事だよ。この通り」
「ええ。確かに無事そうですね」
抱えられながらも見えた彼の背中は何も傷ついていないように見えた。
それどころか、
「何で――服まで無事なんですか?」
「ああ、そこから無事だってことが分かったのか」
ボクを地面に降ろした後、アキラさんは背部をボクに向ける。
煤けた後すらない。
まるで先の爆発の影響は全く受けていないように。
「これはハルカの能力のおかげだよ」
「えっ?」
能力?
ボクの耳が狂っていないのならば、彼はそう言った。
魔王がいるこの世の中だが、能力なんて非現実的なものはまだ確認されていない。唯一、能力なんて表現されるモノを持っていると言えば、その魔王の、奪う能力だけだ。
「というか、爆音も聞こえなかったはずだよ。その能力のおかげで」
「あ……本当だ……」
新たな事実に気が付かされる。
否定しようとしようにも、音も、実際の彼の背中の無傷さも見ているので出来ない。
能力。
本当にあるのか……?
「んん? そういやセイも爆音が聞こえなかったってことは、あいつはきちんとセイも仲間と認めているんだな。じゃあ外に出なくてもよかったかな……?」
「出なくても良かったって……そんなに凄いハルカさんの能力って何ですか?」
……いや、そういえば。
「ハルカさんは大丈夫なんですか!? シャワーを浴びていたはずですよね!?」
「ああ、たぶん大丈夫だと思うよ。っていうか、大丈夫」
自信満々にアキラさんは答える。
「こうして俺達が無事ってことは、ハルカも確実に無事だよ。――ほら」
アキラさんの人差し指が上を差す。
その先から、悠々と降りてくる人影が一つ。
「よっ、と。みんな無事ね。良かったわ」
全裸のハルカさんだった。
――いや、表現が間違っている。
確かに全裸は全裸だ。服など、身を隠すものなど何もない。
だが、見えなかった。
局部などは見えなかった。
手などで隠している訳ではない。
むしろ彼女自身は何も隠していない。
だけど見えない。
何故ならば――彼女の局部を隠すように放送禁止マークが張り付いていたからだ。
今は『STOP!』と書かれた丸い看板が、彼女の局部を隠す様に浮遊している。恐らくどの角度から見ても微妙に見えないだろう。
「な、何ですこれ!?」
「あ、これ? 私の盾よ」
「盾!?」
「お、ちょうど今、ハルカの能力について話していた所なんだよ」
「あらそうなの。じゃあちょうどいい証明になったかしら」
彼女は無い胸を張る。
「私は羞恥心を奪われた後にこんな風に徘徊をよくしていたら神様がやってきて『はわわ……女の子がこんなことしちゃ駄目だよ……』って注意してきたから『うるさい。脱ごうか全裸だろうが私の勝手でしょ?』って返したら『止める気はないんだね……ぐすん……じゃあ強制的に見せないようにさせるね……』ってもらった、自動で働く盾よ」
「色々とツッコミどころがありすぎる!」
「そうね。『はわわ』とか、ぶりっ子過ぎよね」
「そこ小さいとこ! そんなレベルじゃないですって!」
「何? 私の胸が小さい? 人間のレベルじゃない、って?」
「どんな風にボクの言葉聞こえているんですか!?」
「人間として器が小さいってよ」
「アキラさんは地味にハルカさんを貶めていませんか!?」
勢いよくツッコミを入れていたと同時に――
ドオオオオオオオン。
「おっと。敵さんかなりやる気だねえ」
「そうね。あの爆風は確実に私達を殺しに来ていたわね。全裸じゃなかったら死んでいたわ」
全裸のハルカさん(周囲に放送禁止マークが散乱している)が言う。
説得力がある……気がする。
だが、ハルカさんの姿(というよりも周囲に浮かぶマーク)を注視していたボクは、路地裏から出てきた集団に視線を奪われる。
その集団の人々、全ての恰好。
――全身黒タイツだった。
「いかにもって感じだよな」
「いかにもって感じよねえ」
「いやいや! どう見ても怪しさ満開すぎですよ!」
爆発で間隔が狂っているが、ここは市街地なのだ。こんな集団がうろうろしているのは流石に夜でも目立つ。
「犯人ってあんな恰好じゃないか」
「きちんと目と口だけは形が出ているし」
「アニメーションの見過ぎです!」
ニッポンはそういうのが盛んだと聞いている。たまたま旅の途中で見た探偵もののアニメーションにも犯人の姿として目の前の集団のような格好をしていた犯人が出ていた。きっとあの姿は全世界共通なのだろう。
「で、こいつらは会話が出来るのか?」
「出来るんだったら爆発なんか仕掛けてこないでしょう?」
「だな。じゃあ仕方ないなあ」
頭を掻きながら、アキラさんは目の前の人物達に声を掛ける。
「じゃあ問答無用で倒していいよね――魔王軍の手下さん?」
「ッ!」
魔王軍の手下!?
何のために、とか、どうして襲ったのか、とか、何でそんな恰好なんだ、とか色々と疑問が湧いているが、その疑問をいちいち口にしている暇はない。
図星だったかのように、黒タイツの面々は動く。
隠し持っていたであろう刃物や鈍器を手に取り、こちらに駆け出してきた。爆弾を使わないのは、何らかの手段で防がれているからだと判断したのだろう。
でも、さっきの説明であれば、何であれ無意味だろう。
「ちょうどいいわ。見てなさい、セイ」
ハルカさんは何でも弾くだろうから。
全裸のハルカさんは前に出て、黒タイツの集団の攻撃を一身に受ける。
ガキン!
ゴキン!
ジュウハッキン!
しかし、彼女の周囲に浮遊する放送禁止マークが飛翔して、敵の攻撃を難なく受け止めていく。
ついでに言うと、彼女の局部は器用に隠れたままである。
その状態を保持するために、放送禁止マークの数は増えていた。
「おっと。そっちに行ったから投げておくね」
まるでフリスビーのように放送禁止マークがこっちに飛んでくる。
放送禁止マークはボク達を襲うことなく、その周囲に飛び掛かってきそうな人達の攻撃を自動的に遮る。
「ほら。これがハルカの能力だよ。盾が自由自在に動いて、更にハルカの意志で守る対象も増やすことが出来る」
「凄い……本当に凄いです!」
思わず歓喜の声を上げてしまう。
ハルカさんの防御は完璧だ。大人数の相手の攻撃を何一つ通していた。しかもこの能力、爆発や爆風、更には爆音に至るまで防いでいるという事実もある。
「ハルカさんの盾は物理的な脅威を全て排除するんですね!」
「ああ。だから俺の股間の剣の侵入をも拒むんだ。小さなハルカの盾が」
「その事実は聞きたくなかったです!」
更なる健全さが強調されてしまった。いや、それはいいのか。
あの言い方からは恐らくはハルカさんは自分の意志でも自動防御を解除することが出来ないのだろう。そんな欠点があったとは。
「で、でも戦いでは無敵ですよね? ハルカさんの意志に関係なく防御するのですから」
「それは違うんだよなあ」
アキラさんが首を横に振る。
「え? でも相手の攻撃は何でも通らなくて……」
「通らない。――それだけなんだよ」
「へ?」
「ほら。見てみな」
アキラさんは顎で前方を示す。
そこにはハルカさんが立っていた。
全裸で。
ただそれだけだった。
「あ……」
ようやく気が付いた。
ハルカさんはただ立っているだけ。
敵もそれを見ているだけ。
つまり――
「そう。ハルカには攻撃手段がない」
最強の盾。
何事も傷つけるモノは通さない。
だけど、その中身は普通の少女だ。
相手は彼女を傷つけられない。
だが、彼女も攻撃してこない限り、相手を傷つけられない。
硬直状態が続くだけで状況が進まない。
負けない。
倒されない。
でも。
倒せない。
勝てない。
「だからこそ――俺がいるんだよ」
ズイ、と前に出るアキラさん。
その手には何もない。
「まさか……アキラさんも何か能力が……?」
「正解。よく分かったね、セイ」
にへら、という宿泊所の中で見せていた表情。
余裕綽々といった様子で彼は宣言する。
――両拳を自らの股間の前で重ねて。
「俺の能力は――剣だ」
その股間から光の柱が放たれた。
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