第6話 セクハラ

    ◆




「ふう……」


 すっかりと日が暮れ、外が暗闇で覆われてきた頃。

 ボクは窓際で涼みながら、小さく息を吐いて思考していた。

 こうしてボクはアキラさんとハルカさんと同じ部屋にいる。寝泊りもする予定だ。

 この事態は、正直、想定していなかった。

 想定していなかったが、二人と行動を共にする為に同じ場所で寝泊まりさせてもらうのは非常にありがたいことであった。ダメもとでこちらからお願いしようとも思っていたことだったので。

 だが、そこで疑問が浮かび上がってくる。


(……二人はどうしてボクを受け入れてくれたのだろうか?)


 ボクに利用価値があると思ってくれたのだろうか。

 そうしたら申し訳ない。

 ボクはただ単に性別を奪われただけで戦力にはならない、かつ、魔王の討伐を報酬もなしに依頼しているような奴なのだ。勿論、ボクが出来ることは何だってするつもりではあるが。


(……雑用だって何だってしてやる。だって、ようやく出会えたんだ。魔王を本気で倒そうとしている人に。だから疑っては駄目だし、勘ぐるのも失礼な話だ)


 ボクは決めたのだ。

 アキラさんとハルカさん。

 二人をどんなことがあっても信じると。

 何があっても。

 何をされても。


「……で、何をしているんですか?」

「確かめているんだよ。尻の感触を」

「何でボクの尻を揉んでいるんですか!?」


 早速誓いを破ろうかと思った。

 性欲を奪われたとは何だったのか。


「ん? 今、性欲を奪われたのにどうして尻を揉んでいるのか? もしかして嘘じゃないか? と思っただろ?」

「近いことは思いました」

「でもよく考えてみろよ。すぐそこでシャワーを浴びているハルカがいるのに、その裸を覗きに行かないで性別不詳の奴の尻を揉んでいるこの状況。――どこに性欲があるんだ?」

「状況特殊すぎっ!?」


 確かにハルカさんがすぐ近くでシャワーを浴びているので水音が妙に艶めかしく聞こえてくるシチュエーションではあるのだが、しかしそんな中で他人の尻を揉んでいるこの男は一体、本当に性欲がないと言い切れるだろうか?


「あ、ハルカが飽きたとか言うなよ。あいつ凹むから。胸は凹んでいるけど」

「事実なんですね?」

「どっちが? ……あ、いや。判っているよ。後者だろ?」


 凹んでいるのは本当なのか。

 そこには言及せずにアキラさんは続ける。


「それはともかく――ハルカに飽きてはいないさ。性欲が無くなった後もあいつの寝ている隙に何度か胸を揉んだりしたさ。興奮しなかったけどね。冷めているように見えるのは、ただ俺が所謂『賢者モード』ってやつになっただけだよ」

「ケンジャモード?」

「ニッポンに来た時に調べてみな」


 覚えておこう。でも碌な意味ではなさそうだが。

 そして告げておこう。

 この間もアキラさんはボクの尻を揉み続けているのだ。

 払っても払っても揉み続けている。

 だが、大声を出すことは出来ない。

 かなりの確率でこの状況を見られたら「アキラを誘惑して!」とボクの方が殺される確率が高い。

 ならば逃げ出そうか?

 ……いや、こちらから依頼しておいてそれは出来ない。

 くっ……これがセクハラってやつか……

 耐えねば。


「知っているか? ハルカって胸は容易に揉ませてくれるけど、尻は決して触らせてくれないんだぞ」

「知らないですよ! だからってボクのを揉まないでください!」

「いや、よく考えてみろ。この行為にも意味があるんだ」

「意味、ですか……?」


 ハルカさんがシャワーを浴びている中、ボクの尻を揉む。

 その行為に意味がある……えっと……何か……何かがある……


「……ある訳がないじゃないですか!」

「分からないのか」


 ふうやれやれと首を振るアキラさん。

 まさか、本当に何かあるのか……?


「いいかい? 俺が君の尻に触れることで、もし興奮したら男好きの可能性があったりするかもしれないだろ? 興奮しなかったらそれはそれでハルカに興奮しないことへの罪悪感が薄くなるというメリットがある」


「それはそう……いや、何を言っているんですか!? 全然説明になっていないじゃないですか!?」


「勢いじゃやっぱ無理だったかー」


 パッと手を離して自分の頭の後ろに持っていくアキラさん。ようやく尻が解放された。

 尻が涼しい。


「いやー、昼の街中で歩いている時から妙に触り心地が気になってしょうがなかったのよ。だからその原因を調査をしているってわけ」

「そうなん……え? ちょっと待ってください? 今、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたんですが……?」

「気のせいだろ? あ、そうだ。唐突に俺の昔話をしよう。昔の俺は『Wake up』っていう歌詞がある曲を聴いただけで興奮したもんだ。女性歌手だと特に」

「謝ってください! どれだけその歌詞が入っている歌があると思っているんですか!?」

「まあ、それだけ性欲があった人だった、って言いたかっただけだよ。普通の男性並みにね」

「いやいや! それって普通の男の人の性欲じゃないですって! 遥かに超えた変態ですって!」


「なにー? 呼んだー?」


「呼んでないです!」


 確かに『ハルカ』という単語は口にしたが。もしくは変態って単語に反応したのだろうか? この変態どもめ。

 そう、と声を返して、ハルカさんの方向からは再びシャワーの音が聞こえ始めた。

 しかし、あのシャワー音の中で聞こえるとか、どんな地獄耳だ。


「んー?」


 と。

 唐突に入口の方に視線を向けて、アキラさんが鼻から抜けたような声を出した。


「どうかしたのですか?」

「いやー、ちょっと勘が働いてね」

「?」

「なあセイ。ルームサービスとかこっそり頼んだりした?」

「いえ。していませんが……」

「そうか。やっぱり、そうか。うん」


 何かに納得した様に複数回頷くと、


「おーいハルカー」

「なあにー?」


「全裸かー?」


「何を訊いているんですか!?」


「そうよー。すっぽんぽんよー」


「ハルカさんも普通に答えてる!?」


 何だこのカップル。

 というかシャワー浴びているのだから全裸に決まっているだろう。

 この確認に何の意味があるのか。


「おー、じゃあ大丈夫だなー」


 ……大丈夫?

 アキラさんは何を言っているのだろう。

 彼はベッドの傍まで行き、自分とハルカさんのローブを手に取った後、再びボクの近くまで戻る。


「一体どうしたんですか?」

「んー、多分だけどね」


 にへら、とアキラさんは緩んだ笑顔でこう言った。



「ここ、



 次の瞬間。

 低い轟音と共に入口の扉が弾け飛んだ。

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