第5話 お願い
◆
「――うむ。大体君の事情は分かったよ」
アキラさんがうんうんと頷く。
冷静な頭になった所でボク達が最初にしたことは、服を着ることだった。
そうだよね。いきなり脱ぐとか何をしているのだろうか、ボクは。
だがその甲斐もあって、二人は一発でボクのことを信用してくれた。
性別。
ボクが魔王に奪われたのはかなり特殊なモノだ。
中性的な容姿だったのも影響したのだろうが、男性、女性とも判断が付かない状態となっている。これで顔が明らかに男性よりであれば、性別を奪われた、とは厳密には言えないだろう。
「で、セイは自分が本当はどちらの性別だったのか、覚えていないのよね?」
「はい。多分性別を奪われた弊害でしょうが、昔の記憶も非常に曖昧になってしまっているのです」
恐らくは記憶との整合性を取らせない為だろう。どういう原理か知らないがボクは過去の記憶がひどく曖昧だ。本当に自分の記憶であるかどうか疑わしくなることさえある。
「なので魔王を倒せば、ボクの記憶も合わせて戻ってくると思います。だから魔王を倒したいのですが……」
自分の腕を見つめる。
細い腕。
きっと何かの武器を振り回すだけの筋力すらない。
それに、特殊能力なんかもありゃしない。
そんな自分に、どうやって魔王を倒せというのか?
……無理だ。無理に決まっている。
「ボクには魔王を倒すすべはありません。――だからアキラさん、ハルカさん」
ボクは頭を深く下げる。
「お願いします! 魔王を倒してください!」
「ん、あい分かった」
「いいわよ」
「ひどく軽いですね!? いや、すんなり了承してくれたのは有りがたいですけれど……」
この二人のノリは頼もしくもあり、不安にもなる。
……いや不安のほうが大きくなってきた。
そう本当に付いていってよいものだろうかと疑問符が頭の中に浮かんできた所で、アキラさんが顎に手を当てながらボクに問うてくる。
「そういえばセイって、どこかに宿を取っているのか?」
「あ、はい。ここから十分くらい離れている所に荷物を置いていますが……」
「なるほどなるほど……」
ふむ、と一つ頷いたかと思うと、彼はとあることを提案してきた。
「これから一緒に行動するんだから、宿も一緒にした方がいいな」
「あ、いやそれは……」
「そうね。何なら私達と同じ部屋で寝泊まりしなさいよ。はい。決定ね。有無は言わせないわ」
「えっ?」
正直驚きが隠せなかった。
ハルカさんから、同じ部屋、という言葉が出たことが信じられなかった。
てっきり「アキラから半径五メートル以内に近づいたら八つ裂きにするわよ」くらい言われると思っていた。
やはりハルカさんはいい人なのかもしれない。
「馬小屋よりこっちの方が寝心地はいいわよ」
「何でボクが寝泊まりしている所が馬小屋だと思ったんですか!?」
「そうだよハルカ。犬小屋に失礼だ」
「何で犬小屋になった!? っていうか普通の宿ですよ!」
「あ、そこに私も行くわ。馬小屋のような宿見てみたーい」
「違うぞハルカ。馬小屋のような宿ではなく、馬小屋だと思い込まされた犬小屋なんだ。分かっていないなあ」
「お二人ともに全然分かっていないじゃないですかぁ! そんなこと聞いたら宿屋の主人怒りますよ……」
そんなボクの泣き言は当然のごとく二人の耳には通らず。
そして半ば押し切られる形で、二人を連れ立って荷物の回収とキャンセルのために、確保していた宿に赴いた。その際に「馬小屋じゃなくて豚小屋だったわ」とか「お客の質で判断しちゃ駄目だよハルカ。豚に失礼だろ」とか言い出して揉めそうになったので神経をすり減らしたのは言うまでもない。
……ついでにキャンセル料が少し高くなったのも仕方がないと言える。
全額じゃないだけマシだ。
そう思えるような惨状だったのだから。
こうしてボクは、アキラさんとハルカさんの二人と同じ屋根の下で暮らすこととなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます