第4話 それぞれの事情

    ◆





「そんな魔王によって俺は『性欲』を」

「私は『羞恥心』を奪われたのよ」


 金髪の男性と黒髪の女性はそう言った。


「ええ、それは分かりました。説明していただきありがとうございます。えーっと……」


「名前か? 俺はアキラ」

「私はハルカ」


「あ、どうも。……なんかニッポンの名前みたいですね」


 ニッポン。

 小さな島国だが豊かな国だと聞いている。一度行ってみたいなあ。


「お、知っているのか」

「私達の生まれ故郷はそのニッポンなのよ」


「え? やっぱりそうなんですか……って、話が逸れましたが、言いたいことはそうじゃないですよ! アキラさん! ハルカさん!」


 ボクは人差し指を向ける。


 ベッドに寝そべるのアキラさんと。

 そのアキラさんに腕枕されているのハルカさんに。


「何故に裸の状態で語ったんですか!?」


「事後よ」

「残念ながら事後じゃないんだよなあ。性欲がないからふにゃふにゃなのよ」


 ドヤ顔で主張するハルカさんに対し、慣れた様子で否定するアキラさん。

 まあ、見た感じはどう見ても事後にしか見えないのだが……


「あん」

「すごい棒読み! というかさっきの質問の答えになっていないですよ!」


 ボクは諦めず、シーツの下で何やらごそごそと動いている二人に向かって問う。


「どうして過去の辛いお話をしながら服を脱いでいって、一緒にベッドに入って行ったんですか、って訊いているんですよ!」

「私は元々ローブの下は裸だったわよ」

「だから質問に答えてくださいっ! ……って、ええええええええぇぇええ!?」


 ちょっと待って。

 そうなれば先程の路地裏での出来事も意味合いが変わってくるぞ?

 あの時、ハルカさんはローブの前をおじさんの前で開けた。

 ということは、全裸を曝け出していたということになる。

 いや、そもそも全裸にローブ一枚という恰好で外にいたことになる。


「ごめんごめん質問に答えるよ。俺達はこんな感じに性に関して安全だから、普通に話したら暗い話になるところを、俺達にしか出来ないギャグでやっただけなんだよ」

「今更そこで説明を真面目な顔でされてもっ!?」


「ほら。俺は性欲を奪われている訳で絶対に誰にだって興奮しないから、そういう間違いも起きないわけだろ? 昨今の主人公は『男だったら絶対手を出しているだろ』っていうのがある中、俺はきちんと理由があるわけだ。『性欲がないから』って。お前らはそうなのかよ? ああ?」

「まさかのライトノベルの主人公全員にケンカを売り始めた!?」


「でさ、だったら『これ絶対に入っているよね?』っていう疑問がある構図でも、健全である、と俺は胸を張って言えるわけなんだよ」

「どこに胸を張れる要素があるんですか!?」


「何が私の胸が板だって!?」

「そんなこと一言も言ってないじゃないですか!」


 確かにハルカさんの板は胸だけど。あ、間違えた胸は板だけど。女性にしてはかなり細身で起伏がないのは確かだけど。でもそれを口にもしていないし微塵にも感じさせないように細心の注意は図っていたのだが。


「まあまあ。落ち着けハルカ。被害妄想を膨らませても胸は膨らまないぞ」

「この人も辛辣だな!」


「え? 膨らんだ胸のある女性は滅ぼしてくれるって? さすがアキラ」

「この人はある意味ポジティブすぎる!」


 というかそんなことをしたら魔王よりも魔王だ。片方の性別が一人を残して六歳児以下になってしまう。六歳というのはあくまでボクの見立てた。

 直に見てはいない。

 だけど、薄いシーツなのにあの平坦さであれば容易に想像もつく。


「お、落ち着いてください! ボクが訊きたいことはそうではないのです」


「そういや今更だけど君は誰?」

「胸はある? あるなら滅するよ?」


「ひどいですっ! そして後者は色んな意味でひどいですっ!」


 ツッコミを叫んだあと、ふう、とボクは乱れた息を整える。

 そして気が付く。


「あ、そういえばボク、まだ名乗っていませんでしたね。最初にすべきでしたのに、申し訳ありません」


 全裸の二人に向かって頭を下げる服を着ているボク。

 何かが間違っている気がするが、事実間違っていないから頭はきちんと下げる。


「ボクの名前は、セイ、と言います。よろしくお願いいたします」


「セイ、か。よろしく」

「よろしくね」


「早速ですがお二人にお聞きしたいこととは……」


 コホン、と一息ついて訊ねる。


「魔王を倒すって、本当ですか?」


「本当だよ」

「その為に私達はニッポンからダンデまで来たのよ」


「……っ」


 二人の目に曇りなど一切ない。

 本物だ。

 本当に魔王を倒すつもりでいる。

 今までの人達は魔王の強さに抵抗を無くした人か、魔王に対して脅威を抱いていないので傍観する人だけだった。

 なので真面目な顔で、倒す、と口にする人はかなり少ないのだ。少なくともここまで旅をしてきた中では一人もいなかった。


 でも――ここに二人いた。

 この二人こそが、ボクが求めていた人達だ。


「セイ。質問がある」

「私からもあるわ、セイ」


 アキラさんとハルカさんが真剣な表情のままでボクに問うてくる。


「君が魔王を倒すことを目的とするのは何故だ?」

「セイ。あなたの性別はどっち? 男性なら私の裸を見た罪で処刑するし、女性だったらアキラを狙うかもしれないから処刑するわ」


「ちょっとハルカさんがひどすぎやしないですかね!?」


「流石の俺も少し思うぞ、ハルカ」


「だってだって! あの子がアキラを見る目が熱かったんだもの! それにあんな可愛い子に見つめられたらアキラだって心揺らぐじゃない!」


「あー、目に関してはハルカにも同じ目を向けていたし、性欲が無い俺はハルカで揺らがないんだから他の女の子で心揺らぐことなんかあるわけないだろ」


 アキラさんがハルカさんを宥める。このような暴走はよくあることなのだろうか。慣れた様子だ。

 それはともかく。


「……お二人の質問ですが、奇しくも同じ理由によって説明が出来ます」


「「え?」」


 首を傾げる二人に、ボクはその理由を口に――


 ……しようとしたが、少し待った。


 このままその理由を言っても、信じてもらえない可能性が高い。それどころか、疑われてあらぬ方向に話が行ってしまうこともあり得る。

 ならばどうするか。

 ボクは決めた。


「実際に見てもらった方が早いです」


 はらり。


 ボクは服を脱いだ。


 上着。

 下着。

 身に着けているモノ全て。


 そして、全てを床に脱ぎ捨てた後。


「見てください。これが――ボクが魔王に奪われたモノです」


 少し羞恥を感じながらも、ボクは両手を広げる。

 二人の目に映っているはずだ。


 ボクのこの異様な身体が。


 胸に膨らみはない。

 喉仏もない。

 股間に何もない。


 男性にあるはずのモノも。

 女子にあるはずのモノも。



 



「ボクは魔王を倒して――『』を取り戻したいのです」




 男性。

 女性。

 そして性別不明。


 一つの部屋の中で三者三様に互いをじっと見つめ合っていた。




 ――

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