祝福の風の匂いは甘く 07

 鐘を揺らす、規則正しい音がする。フォルトが最上階までたどり着くと、そこには異様な光景があった。

 りん――りん――りん――りん――りん――りん――りん――――

部屋中に張り巡らされた綱に鈴が下げられている。その綱が一定間隔で揺れ、鈴が一斉に鳴る。聞いていると意識が深い海に落ちていくような、ミルクのように濃い霧の中に迷い込んでいくような、不安な気持ちになってくる。綱を辿っていくと、その中心にアビスの姿があった。

「アビス様!!」

 綱で編み上げられた繭のようなものに半分体を沈ませて、アビスは静かに眠っていた。ふらふらとフォルトがその傍まで歩みよる。繭の周りは祭壇のように一段高くなっており、そこには見たことも無い魔方陣がびっしりと描かれていた。海と、魂、そしてそれらを喰らうリング状に絡み合った二匹の蛇。喰らわれた二つの魂が蛇の体内で融けあい、リングの中心に光の環のようなものを生み出している。祭壇に上り、その陣を踏みつけてアビスに近づくと、繭から見えるその姿にフォルトは目を見張った。

「これは……!」

 眠るアビスが身に纏うのは、自らの足で蒐めた花嫁衣裳だった。樹氷のように硝子と金の細枝が絡み合う冠。宵闇の空のように青から紺紫へグラデーションのかかった布地が幾重にも重なり、銀のレースで飾られたドレス。そして胸元に広げられ、人形のように両の掌で行儀良く持ち支えられた、鋭く細い羽根で組みあげられた扇。

 すべて、彼女のために王から用意された品だった。

「…………?」

 だが、何だろうこの違和感は。フォルトは眉を寄せる。

 すべてが極上の素材で作られた品々だ。だが、そう――端的に言えば、すべてが彼女に似合っていなかった。

 最初は見惚れてしまった。美しい女が美しい物を身につけているのだ、目を奪われない訳が無い。

だからこそ、つぶさに鑑賞すれば嫌でも気付いてしまうのだ。

自分が、この花嫁衣装にもっと相応しい人物を知っているということを。

「これは残酷すぎるでしょう。王よ――――!!」

 気付けばフォルトは血を吐くように声を吐き出していた。

 これは、彼女のために用意されたものではない。

 彼女を器として、再誕する姫君のために用意された捧げ物。

 生贄となるアビスに、似合うはずがなかった。

 少しは自分を見てもらえるかと、愛してもらえるかと、恥じらいながら服を身体に当てていたアビス。

 何も知らずに、部族のために身を捧げながらも、それでも夫を愛そうとしていた。

 愛するばかりで愛されることを諦めていた彼女が、想いのこもった品々に心を震わせていたのだ。

 それが自分に向けられたものではないのだとも知らずに。

「酷すぎる……アビス…………君は何で」

 フォルトの瞳が揺れる。穏やかに眠るアビスの表情が、自分の心臓を抉る。思わず漏れそうになる嗚咽を自らの手で慌てて押さえつける。

 あんなにも純真で、素直で、真面目で、真剣で。

 生と死の境界も上手く理解できないくせに守る事に執着して。

 偽りの故郷を守るために殺戮を行い、

 たくさん殺しながら、

 ほんの少しだけ、ほんの少しだけでいいと、

 幸せになる事を諦めきれずにいた。

「アビス……君は」

 幸せになれないのか?

 ここにいては。

 アイビスとしてさえも。アビスを捨ててでも。

「何のために生まれてきたっていうんだ――――?」

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