毒の沼底に沈む光をそこに見た 10

 その日の夜は、フォルトが負傷した事もあり、結局アコニトに戻って一泊する事になった。捕らえた傭兵部隊は国の憲兵に引渡した。隣国との交渉に使われるらしい。

政に関しては二人とも知見がなく、それがどういう意味をもつのかは良く分からなかった。

 村の医者はフォルトの肩を縫合し、化膿止めを渡すとそそくさと荷物を片付ける。

「傷も大事無いので、よかったら今夜開催される祭でも見て気を紛らわしてみてはどうですか?」

 どうやら急いでいるのは祭の準備があるかららしい、去り際に医者にそう勧められた。

「村の中心の広場で、皆で踊るのです。ぜひおめかしして来てください」

 悩ましい服装のアイビスにちらちらと視線を向けて医者はそう言うと部屋を出ていった。

「だそうですが、いかがしますか?」

 肩を確認するように慎重に動かしながら、フォルトがアイビスを伺う。怪我には慣れているので特に支障はない。

「せっかくだし、行ってみたいの」

 立ち上がったアイビスは、不意に思いついたように手をぽんと叩く。

「そうなの!」

 そう言って出て行くアイビス。十分程して戻ってくると、その姿にフォルトは驚いて言葉を失った。

「それは――」

「試着なの。どう、似合う?」

 今朝方受け取ったドレスを、アイビスが身に纏い立っていた。宵闇をそのまま織り上げたような美しいグラデーションに、胸元を飾る銀糸のレースが眩しい。結い上げられた髪にティアラは無かったが、ドレスの色を乱反射する髪はそれだけで一つの装飾品のように輝き綺麗だった。

「お一人で、御着替えをされたのですが?」

「いえ、私がお手伝いさせていただきました」

 廊下から声がして、フォルトの前に一人の娘が現れる。青い髪をおさげにし、革のワンピースを着たアイビスと同じ年の頃の若い娘だった。その菫がかった青い髪にぴくりとフォルトの瞼が痙攣し、反射的に口が開いた。

「どこかでお会いしましたか?」

 娘は目を瞬かせ、それから悪戯っぽく桜色の唇を綻ばせた。

「いえ、まったく」

「そうですか、失礼いたしました」

それ以上フォルトが何か反応を返すことなかった。あくまでも自然に、どこにでもいる村娘に対する時の態度で軽く礼をする。

「ありがとうございます。助かりました」

「いえ、では私はこれで」

「貴女は、祭りに参加されるのですか?もしよければ入り口まで」

 その背にかけた問いに足を止め、娘が振り返り微笑んだ。

「いえ……今日のようなお祭りは、少し苦手なもので」

 娘は丁寧にお辞儀をして立ち去っていった。

「…………」

「なあ、早く行かないか?僕に、ダンスを教えてほしいの」

「いててっ、アイビス様、そっちの腕は引っ張らないでください!」

 焦れたようにフォルトの腕を抱え、アイビスが歩き出す。大きな胸が腕に押し付けられて痛みも飛んだ。早く恋人を、という母からの言外のプレッシャーを思い出して苦笑いする。

 ここには、男を知らない王の妻しかいないのに。

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