毒の沼底に沈む光をそこに見た 08

「力をセーブしながら使う。だからあまり期待しないでほしいの」

 アイビスの周りにじわりじわりと死者が湧き出す。

「魂のありようを確認して選別してるから、モワノーの時のようにはできない」

 その言葉に表されるように、一体ずつゆっくりと蘇る戦士達。彼らは皆フォルト達より一昔ほど前の兵装をしている。

「戦士達よ、助けて欲しい。これは誇りを守る戦いなの」

「敵が見つかったら、教えてください」

 よほど注意深く選んでいるのか、蘇った戦士達はみなアイビスの姿と言葉を聞き素直に頷くと、ぬかるんだ湿地帯を踏み入って直ぐに見えなくなる。数人の死者の戦士が斥候として潜行する中で、フォルトはアイビスの近くで連絡を待つ。

 だが時間が経っても敵の発見の報告は無い。

「――おかしい、二十人は送り出したのに」

 しかも、戦闘が開始された様子も無い。静かすぎる。フォルトは想定する最悪の状況をアイビスに示す。

「多分、皆待ち伏せなどのトラップにかかって拘束されてしまったのではないでしょうか。敵は隣国から国外追放された傭兵部隊だと聞いています。この地形でゲリラ戦を仕掛けられたら戦士の技能に関わらず、戦闘不能にされてもおかしくない……ですが、それよりも気になるのは、不死の戦士に対しての動揺が見られない事です。待ち伏せて致命傷を与えたとしても死者は止まらない。最初から死者の戦士を相手にしているという前提で戦っていないと、この状態はありえません」

「敵は、予めこちらのことを知っているということなの?」

「誰がリークしたかはわかりませんが」

 二人は顎に手を当てて眉間に皺を寄せ、溜め息を付く。

「……恨まれる心当たりが多すぎるの」

「近衛騎士隊あたりじゃないですか?この前喧嘩を売られました」

「その口ぶりじゃあその喧嘩、言い値で買ったのはフォルトだろう」

 益体も無い話と共に時間だけが過ぎていく。フォルトは次第に焦り出した。

「まずいですね。そろそろ死者の戦士達の進行方向から、こちらの位置が割り出されていてもおかしくはない」

「場所を変えるの?」

「一旦引いた方が良いかもしれません」

 だが、その判断は遅すぎた。風切り音と共に、鈍色をしたブーメランが草の海を割るように飛来し、アイビスの首元を狙い燕のように旋回する。

「――――っ!?」

 鉄の壁を出していては間に合わない、辛うじて気配に気付いていたフォルトがその進路に身体を割り入れる。深く肩を刃がえぐり、ブーメランは草葉の向こうに再び消えて行く。

「フォルト!!」

「大丈夫です」

 そう言いながら、フォルトは地面から表出した砂鉄で大きな鐘を造り出し、アイビスを覆う。敵に囲まれている可能性がある。攻撃がどの方向からくるのか読めない以上、絶対防御を張るしかない。

「フォルト、出せ!!」

 軽いパニックになりゴンゴンと内側から鐘を叩くアイビスに、フォルトは「少しの間です。我慢してください」と言い聞かせる。

「こんな精神状態では出すものも出せない!この鐘を解け!!」

 悲鳴に近いアイビスの声、敵戦力が把握できない中で、フォルト一人に任せてゴイルの時のようになったら、嫌な記憶と密閉された暗闇の中でアイビスが暴れる。

「元々、私の我儘でとっていただいた戦法です。責任は自分で取ります――王の妻である貴女に、傷を負わせるわけにはいかないのです!!」

 肩から血をだらだらと垂らしながらフォルトが怒鳴る。同時に腰から【驟雨】を抜き、飛び退りながら投擲した。地面から砂鉄が何万本もの鉄の釘となって生え、宙を舞いその刃を追尾する。本来フォルトの操る鉄は地面から離れれば制御が効かなくなり、砂鉄に戻る。この小剣の効果はフォルトの能力を砂鉄に残響させ、五秒間砂鉄操作を継続させるものだった。

 まるで降る雨を逆再生で見ているような不思議な光景だ。ブーメランが戻っていった方向一帯に鉄の雨が降り注ぎ、隠れていた敵兵が無数の釘に穿たれて悲鳴を上げた。

「次!」

 地に刺さった【驟雨】を走って抜き取り、そのまま高く跳躍する、フォルトを追うように鉄の階段がステップにあわせて地面から生え、フォルトは数メーター上空まで躍り出る。

「そこか!」

 敵の影が見えた別方向へ【驟雨】を投げる。階段が万本の針に分解され、魚の群れのように敵兵を襲った。地面へ低い体勢で着地したフォルトはそのままの自分の身体の周りに鉄のドームを作る。着地を狙い投げ込まれた手榴弾が爆発、ドームを激しく揺らすが損壊させるまでには到らない。

 中に居たフォルトは轟音と衝撃で右耳の鼓膜が破れ視界が霞んだが、着弾から敵の位置に辺りをつけてドームをすぐに崩し、右方向に這うように駆けて行く。

 自分が囮となって敵を誘き出す。多少傷付いてでも敵を倒す。

フォルトの前のめりの思考が、危険を呼び寄せる。

 葦を掻き分けた向こうに、唐突に大鉈を構えた大男が正面に現れた。逃げも隠れもしていない、それはフォルトの想定外だった。

 近すぎる。敵に突っ込む形で出てきてしまいフォルトの対応が一手遅れる。大男は笑って大鉈を断頭台の処刑人のように、フォルトの首の傷痕へ振りおろす。

「この馬鹿息子が!」

 落雷のような怒鳴り声と共に、大鉈が弾かれ宙を舞った。ぐるぐると空気を斬って回る大鉈が、空中で器用に掴まれる。

人の数倍の太さを持つそれは、黒く光る鉄の腕だった。

「その能力があるなら鉄の盾を作り突撃するがセオリーだろうが!」

 鉄の腕が声と共にぶんぶんと振り回され、近くにいた大男はその刃に斬りつけられて敢え無く地に伏す。

 大人の胴体ほどもある鉄の腕の横に、男が立っていた。フォルトと同じ色の蓬髪を後ろに撫で付け、日焼けした逞しい身体は貴族の礼服に包まれて窮屈そうだ。どちらかというと、ラフな格好で農作業をしているほうがよほど似合うその姿。

「えっ――――父さん?」

 フォルトは霞む視界に映るその姿に呆然とする。隙だらけのその背中に釣られ、直ぐ近くの茂みから息を殺し機を狙っていた兵士が飛び出してきた。必殺の気合で迫る刃、だがこれもフォルトを守るように生えた鉄の木々に阻まれる。鉄の枝葉に刃を取られ剣を失った兵士の金的を鉄の柱が容赦なく打ちつけ、兵士は敢え無く気絶する。

 自分の砂鉄が、自分ではない者達に操られている。寄り添う砂鉄から伝わってくる懐かしい感覚。声を聴かなくてもわかる。この男が見ているだけで縮み上がるようなえげつない攻撃は――

「フォルト兄は冷静なフリして、直ぐに熱くなって猪みたいな戦法を取るからねー!」

「穏やかに容赦なく隙もなく。墓守だったころからのバーリオル家の家訓ですよ」

「メルト、母さんまで――」

 よろよろとフォルトが立ち上がる。

 美しい母、愛らしい妹。厳しい父。

 八年前のあの時と、何も変わっていなかった。

「大きくなったのねえ、フォルト」

 周囲に目を配っては敏感に敵の気配を察知して鉄の柱で昏倒させながら、「ねえあなた」と母が父に話しかける。

「図体ばかりで中身が伴っとらん、もっと鍛えろ」

「……一応軍属で勲章も貰っているんだよ」

 胸元で光る勲章を見て、メルトが可愛らしく眉根を寄せる。その動作と裏腹に、鉄の蔦がのたうつような動作で周囲を索敵し、手当たり次第敵の足に巻き付きその骨を砕く。

「でもメルト達の力を使っての七光りでしょー!!フォルト兄のズル!」

「ひどっ、お兄ちゃん頑張ってるんだよこれでも――しかも、皆なんか強くなってない?」

「今はフォルト兄の力を間借りしてるからねー」

「さあ、無駄口は叩かずさっさと片付けましょう!」

 手を打ち鳴らして母が音頭を取り、家族がひとつになって敵を撃滅しようとする。

母が鉄網で敵を探し、妹が鉄の茨で捕らえ、父が鉄の拳で無力化していく。

 まるで、昔に戻ったようだった。

 四人で力を合わせて砂鉄を操り、地面を耕していたあの頃と。

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