第2章
毒の沼底に沈む光をそこに見た 01
どんよりと立ち込める湿った空気。灰色に曇る空と同じ色の墓石が規則正しく並んでいる。
そこにフォルトは黄色い花束を抱えて立っていた。リオナンキュラスという香りのよい花で、少しだけアイビス妃が振り撒いている匂いに似ている気がする。
ゆっくりと墓石の間を歩き、目当ての墓を見つけフォルトは足を止めた。
「これかな?」
立派な墓だった。どうやら名家のもののようで、掘り込まれた紋章は聞かされていた花と剣を組み合わせたものだった。よくよく見れば花の方はリオナンキュラスを模しているようだ。
花束を置き十字を切っていると、同じく花束を持って歩んでくる喪服の女性の姿が見えた。軽く会釈すると、向こうの女性も会釈を返す。悲しみに暗く沈む鶯色の瞳が美しい。
「もし、騎士様……主人の墓参りでいらしてくださったのでしょうか?」
「はい、惜しい人を亡くしました……」
内心フォルトは困っていた。実はこの墓参りは、アイビス妃から頼まれたものだったからだ。家名と花の種類の指定しか聞かされておらず、正直に言えばこの墓であっているのかすら確信が持てていない。
美しき未亡人はほんの少し逡巡したのち、ベージュに塗られた唇を開いた。
「実は……大変申し上げにくいのですが、主人の墓はこちらではないのです」
「え?」
慌ててフォルトは墓に彫られた文字を確認する。綴りも一致しているはずだ。困惑した顔のフォルトの横にそっと屈んだ未亡人は、自らの花束を、立派な墓の横の地面にそっと置いた。手が汚れるのも厭わずに未亡人が地面を払うと、そこに石版のようなものが現れる。
「主人の墓です…………う……うぅっ」
そのまま声を殺して泣き出す未亡人の小さな背が見ていられず、フォルトも膝を突き、いつも首に巻いているスカーフを外すと、土に汚れた石版の表面を丁寧に拭いた。石版の四隅を鉄の杭で打ちつけられ、まるでこの中に忌むべきものが封印され、それが出てくるのを恐れているかのようだ。
そこに刻まれたゴイル・グローリエスという文字は、確かにアイビスから伝えられていた名前だった。
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