その者は赤き奈落と共に生まれ出ずる 12
モワノーの地に降り立った時にはとっくに正午を過ぎていた。冬は日が短いので太陽は既にかなり低い位置へと動いている。相変わらず周りを挑発するような軍服の着崩し方のまま、アイビスは自陣に設営されたテントへと歩いて行く。暖簾に軍のマークが印字されたテントの中に入ると、そこには三人の男がいた。中央に置かれた一番豪華な作りの椅子には、中肉中背のスキンヘッドの男が座っている。後の二人は伝令と小姓のようだ。
「来たか、腐り姫殿」
爬虫類めいた三白眼がアイビスを睨みつけ、後ろに付くフォルトに気付いて目を細めた。
「つくづくお前も、上司に恵まれないな」
「この国でそれは言いっこ無しですよ。お久しぶりです、アロガンシア隊長」
「――フッ、口の減らなさも全く変わらないようだな」
「知り合いなの?」
アイビスが交互に視線を向けると、アロガンシアは微かに頷いた。
「ああ、俺が部下に取りそこねた男だ」
覚えている、何回か戦場で戦いを共にしたときに、フォルトの特殊能力をいたく買って引き抜こうとしたのがアロガンシアだった。ゲリラ戦や遊撃など、正面からぶつかると言うより搦め手で落とすタイプの戦術を好み、本来であればモワノーのような単調な地形の戦場には出張ってこない筈なのだが。
アイビスが高飛車な態度で、通達の書かれた紙をアロガンシアの膝に落とす。
「足止めご苦労様。日が落ちる前にはカタをつけたいから、もう退いてくれていいの。一人残らずね」
あんまりな態度にフォルトは唖然とするが、ところがどうして、アロガンシアは特に怒った風でもなく立ち上がると、首を慣らしながら伝令にさっさと退却の指示を出している。俄かに野営地を畳む音で慌しくなる中、アガロンシアはフォルトの何とも言えない顔を見て苦笑した。
「なんだ、俺が憤って食って掛かるとでも思ったか?それとも女子一人に戦場を押し付けてさっさと退散する腰抜けを前に呆れているのか?」
「そんな隊長は私の元上司だけで十分です」
「確かにな!――お前、腐り姫の戦いを見るのは初めてか?」
「はい」
「飯は抜いてきたか?」
「いえ、しっかり食べて来ました」
婆にどやされるので、とは流石に言わない。
「まずいですか?」
「ああ、まずいな――勲章は外して置け、ゲロに塗れるぞ」
素直に言葉に従って軍服の内ポケットに勲章をしまうフォルトを見て「そんなにそれが大事か!!」とアロガンシアは大声で笑った。テントの天蓋は既に取り払われ、冷えた風に身体を撫でられる。散々笑った後、アロガンシアは不意に真剣な顔になり、おもむろに口を開いた。
「あの女はな、ただの災厄だよ。本人は体のいい兵器として使われてるなんて思っているかもしれねえがな、俺達からしたらとんでもねえ思い違いだ……あいつが戦う姿を遠目に一度だけ見た事がある……たったそれだけの事であの女の残り香さえ、未だ毒を孕んだように俺達を苛むんだ……」
重々しいその言葉にフォルトが顔色を失い立ち尽くす中、アロガンシアは小姓が引いてきた軍馬に跨り手綱を打つ。
「まあそれでも、俺はこういう任務に向いているんだ。無理に攻める必要は無いし、戦線を食い止める事だけに終始すれば死人を最小限に抑える事も可能だ。激戦区やゲリラ戦に投下されるよりがよっぽどいい――そういう意味では、アイビス妃に感謝しているよ」
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