その者は赤き奈落と共に生まれ出ずる 03

 まるで今生の別れであるかのようにシエルに肩を叩かれ抱き締められた後、フォルトは気を取り直して王宮の階段を登り始めた。つい先ほど将軍より勲章を授与され、今から初めてアイビス妃に謁見、そこに王を交えて下命と剣の授与が行われる。

 昨日の今日で酷く足早な気がするが、戦場の前線で戦いっ放しだったフォルトにはあまり王宮での作法はわからない。物事が戦場よりも早く決まるのなら、それはそれでスマートな政(まつりごと)が行われているのだろう。素晴らしい事だと納得する。

 階段を四階まで一気に登る。フォルトは次第に不安になってきた。自分の弱点が高所だという事は幼い頃からわかっている。やはり自分に警護任務など向いていないと再確認してげんなりした。さらにこの城には祭事のために、この何倍も高い風祭の塔が聳え立っているらしい。それを国中で崇めているのだからフォルトは頭が痛くなった。ラービーナ・ニウィスの王族が風を操る力に恵まれているので文句の言いようもないのだが、いざそこ任務をなどという話になったら自分にいったい何ができるのだろうと疑問すらわいてくる。

地を這って戦場を駆け抜ける、それが自分にはお似合いだ。染み一つ無い新品の軍服など似合いもしないだろう。窓ガラスに移った自分は服を着せられた犬のように居心地の悪い顔をしている。

 腐り姫――悪名ばかりが国中に広がる悪妃だが、実はフォルトはゴシップ記事の中でしか彼女を知らない。

四年前に輿入りした際も、他の王妃とは違い質素な出で立ちだったと聞く。噂では王宮での下女の一人であったのが孕んだために上手く王室に取り入る事が出来た等と、心無い噂が蔓延したが、待てども待てども嫡子誕生の吉報は無く、一年も経たずにその噂は泡となって消えた。

だが面白いもので、丁度話が落ち着いた頃にアイビス妃はまたゴシップ誌の一面にその名を轟かせる。【褥の次は戦場で】という見出しはすぐに国の検閲機関に指摘の上訂正させられたが、国民の関心は一気に謎の妃に集まった。

ラービーナ・ニウィス王国は、広大な国土に対して人の住める地域は少なく、四方を敵国に囲まれているために年柄年中国境沿いで小競り合いをしている戦争国だ。特にここ二十年――フォルトが生まれてからずっとだ――は各地で同時多発的に戦いが起こっている状態が続いている。幸い大きな都市は国境沿いに無く、そのほとんどが山脈や湿地帯なので被害も少ないが、その分警邏も手薄で侵入されやすい。爆竹のように爆ぜてはすぐに消える小規模な戦いは国民に心底不安を与えるようなものではない。だが常に全面戦争への口火と繋がるのではないかという怯えは民たちの心の隅に植え付けられ、税金に占める軍備の費用の割合の高さも、いつしか自然と容認されるようになっていた。

フォルトが腐り姫という単語を耳にしたのは、妃の初陣から数日後の事だった。死者の一名も出さずに圧勝したという輝かしい戦績に関わらず、妃と共に出陣した大隊の三分の一が凱旋後に発狂しサナトリウムに収容された。精神的に摩耗した彼らが医者に紡ぐ物語が、尾ひれ背びれをつけて古代魚のような不気味さで以て広まった結果だった。

それ以来、彼女はたった一人の王族付の騎士と共にしか出陣しなくなった。それにも拘らず彼女は一度も敗戦を喫した事はない。

 彼女は必ず勝つ。世界に唾を吐きかける様な方法で。

 理(ことわり)に挑み、真理を捻じ曲げ、真っ黒な白星を飾り続ける。

 彼女は死者を冒涜し、利用し、使役する。

 彼女は、この国唯一のネクロマンサーだった。

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