第1章 

その者は赤き奈落と共に生まれ出ずる 01

「おいおいおいおい!聞いたぞフォルト!、おぉ!立派な勲章だなぁおい!ここからでも光って見えるぞ!!」

王宮の廊下で大きな声を出さないで欲しい。フォルトは溜め息を付いて声の主を流し見た。フォルトと同じ軍服を着た狐目の男が小さな紙袋を片手に笑いかける。

「……なんだ、お前も餞別をくれるのか?」

襟についた入隊年次毎に違うバッヂは鈴蘭でフォルトと同じ。シエルは気の置けない同期だった。

「いやこれは俺の昼食よ、お前にはやれねぇ――と思ったがその顔色はいただけないな。ほら、ひとつやるよ」

「こんなところでよくそんな振る舞いが出来るな……」

 紙袋から出されたマフィンを直に渡されて、フォルトは苦笑しながらそれを齧る。本来ならそんなマナー違反をするタイプではないのだが、昨日の今日でフォルトも些かまいっていた。

「今夜の送別会は楽しみにしてるぜ。フォルトの賞金で今夜はおごりだろ?」

「ふざけろ、全部おんぼろ屋敷のリフォーム費用さ」

「あんな婆ちゃんメイドと二人っきりの家を!?バリアフリーも大変だなー」

「敷居に躓くだの、階段が急だの小言は年々増えるばかりだよ……その内悩み相談でも聞いてくれ」

 これで、とフォルトが床を爪先で叩く。毛足の長い絨毯に衝撃は吸い込まれ何の音もしなかったが、その仕草を見てシエルは心得たとばかりににやりと笑った。それから、ふっと息をつくように微笑んで、フォルトはシエルの肩を抱いた。

「あらためて、おめでとう。先越されちまったな」

 シエルもフォルトも凋落の一途を辿る名家の出。家の再興のために軍属に身を窶しているが故に周りから無理を言われる事も多い。同心異体でそれらを乗り越え今に到るからこそ、彼は今のフォルトの状況を冷静に理解していたし、変なやっかみや嫌味を言ってくることもない。

「どうすんだよ。素直に仰せ付かるのか?」

「元より辞退する選択肢も無いだろう。特にこれを賜った今ではさ」

 フォルトが真新しい金の勲章を指で弾く。心臓の上で輝くそれはどちらかというと、これまでの栄誉を祝してという物ではなく、これからの苦難を慮っての物だ。

 それでも、喉から手が出るほどフォルトにはそれが欲しかった。

 それこそ、自分が命を落とす事になってでもだ。

「……それにしても腐り姫の騎士に選ばれるとはね」

 フォルトの目が伏せられた。

 つい昨日の出来事だ。ありありとまだ思い出せる。

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