たち現れる悪霊

うす暗い空きテナントの林立する路地で、矢動丸さんは巧みにヤツラを囲い込んだ。割れた電飾看板を足場に、飛んでくる敵を撃墜するのが私の役目。翼をもち群れていて、鳴き声なんかも出せるらしい。素早く小さいので、リズミカルに撃墜するのが大事だと祖父に言われた化物。

「キキキッ」

啼いて居場所を知らせる阿呆は左手の脇差サイズの雷電で撃墜される。続けざまに後方に跳ねて、横薙ぎ跳ねあげの二連撃で三機撃墜。右手の震電を逆手に持ちかえて舞うように身体をねじる。着地。五メートルの高さを飛んでもChristian Louboutainのヒールは折れない。

「あと三十匹くらいですかね。こっちはまだ腹五分くらいですが」

「ではそちらが気の済むまで食い散らかして撤収でオーバー」

 くぐもった声でオーバーと聞こえたので複数の気配を感じるほうに向き直る。群れているヤツラは数が把握しづらい。ざっと二十匹ほどか?群れが動く気配に対応する。初手斬り込みで一匹、踏み込んで脇差で突き殺し、斬り下げて三、薙いで四、五。空中機動を生かしたすばしこい動きだが私の敵ではない。頭上から降ってくるヤツをたたき落として六、そこから脇差の薙ぎ、打刀の切りあげ、刺突に繋げて九体目。

 赤い靴は踊るのを止めない。動きを止めたらハチの巣にされるだろう。こいつらは頸動脈の血が好きだ。不運な野良猫が一匹、首から血を流して動かない。私の肝臓を狙った殺気に脇差の先を当てるだけ、一つの気配が消える。そのまま上体をひねり遠心力で二体殺す。地面すれすれからやってくる気配をLouboutainの靴で踏み砕き十三、上空からの急襲を先読みし串刺し、肺腑を狙った攻撃に返す刀で二つに割る。これで十五。

 ごぽっと空気が泡立つ気配がして、後去る。強毒性のコールタールが湧きだし触手が獲物を求めてぬらぬらどろどろと動く。

 たまにばりん、ぼきんと音を立てるのは死骸を喰っているからで、ずりずりとタール沼は私の方へ寄ってくる。可愛い奴だ。おやつをあげよう。

「ほら、おやつだよ」

 目を狙った攻撃をかわし、串刺した敵を適当に沼の方へ投げる。べしゃっとナニかが触手に絡め取られくっちゅくっちゅと音がする。

 のがした敵は四。上空三、二十メートルほどを飛び、逃げている。沼は私の足元にいた。じゃれるように真紅のパンプスをべちゃべちゃと舐めまわして、やおら私を持ちあげ、ものすごい勢いで上空に投げ飛ばした。

 ポイント・オブ・ノーリターン。覚悟してきたはずだろう?さあ舞おう。エアクラフトファイタ―はここだぞ。踊る相手を間違えるな。

 震電は投擢軌道上の二体の命をやすやすと狩りとった。自由落下が始まると、ヤツラは私目がけて飛んでくるのが分かった。そうだ、それで良い。震電で斬り下げ、雷電で斬りあげ、弾指の間に二機撃墜。以て敵機撃滅。落下地点には忌むべき黒沼。深淵が墜落してくる真っ赤な靴を、呑み込んだ。

「お疲れ様です。いやぁ、飛べるもんですねぇ」

 バーコード頭に汗を張りつかせながら、影のない痩身の男が傍へきた。ぎゅぽっと音を立ててタール沼は矢動丸さんの影に戻った。黒沼はいい仕事をしてくれた。ジャンプ台とクッションになってくれたおかげで空中機動の爽快なスリルを味わうことができた。

「あっはい、こちらアパリション、たった今エアクラフトファイタ―との共闘を終えこれより帰投しますオーバー」

「あの、私、汚れていないです?」

「え、あ、うん。今日はすごく綺麗だよ?」

 それならば安心だと、刀を仕舞いながら矢動丸さんに顔を向ける。

「なんかさぁ疲れたねぇ。タクシー拾って帰ろうか?」

「いや、矢動丸さん忘れたんですか?先々月も同じことやってお巡りさんのお世話になったじゃないですか!?」

 親と子ほど年の離れた女性に対する精一杯の気づかいだとは思うものの、ちょっと呆れてしまった。この人はどこか抜けている。

「ああ、そうだった。はぁ歩くのかぁ。お腹も減ったしこの先に美味しいてんぷら屋さんがあるから寄っていかない?」

「まぁ、それくらいならいいですけど」

 私の知る矢動丸さんは、五十代半ばのうだつの上がらない信金職員で、代々受け継いでいる、視える力とヤツラを食べる影を飼っている人だ。影は、死体だろうが生きていようがヤツラをむしゃむしゃと食べるし、影や影の触手に触れるとヤツラは痺れたように動かなくなるらしい。影は矢動丸さんの仲間にも力を貸す。私も、影のことは可愛いと思っている。影のことを矢動丸さんは“ぎんちゃん”と呼んでいる。真っ黒なイソギンチャクじみているからだそうだ。

 てんぷらはエビと大葉がさくさくで美味しかった。日本酒を飲みながらここは女房とよくきていたんだよ?と絡まれた。半年前に聞いた、五年前に奥さんを癌で亡くした話を聞かされた。話がとても長く、うんざりしていたらしのさんが迎えに着た。パノプテス(普見者)の名前は伊達じゃない。

「で、首尾は?」

「私が三十四匹、矢動丸さんが五十六匹殺しました」

「うん、取り逃がした個体もなく何より」

「どうせボーナスでないんでしょ?」

 陰気なバーでずずずとウーロン茶を流し込みながらちくりと厭味を言う

「当たり前だあばずれ女子高生」

「いいじゃぁないかぁしのさぁん。あのねぇ死んだ女房は体が弱くてねえ・・・・・子供は作らなかったんだけどさぁ、ときどきねぇ、もし子供がいたらみおちゃんみたいな可愛い女の子だったんだろうなぁってさぁ・・・・・」

 耳まで赤くして完全に出来上がっている矢動丸さんが訳の分からないことを喚いていた。

「はぁあぁん、でもキレイだったなぁ。みおちゃんの戦っている姿って、真っ赤な弾丸が飛びまわってるみたいでさ。おじいちゃんからいいもの貰ったねぇ。大事に履くんだよぉ」

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