第6話

 ピクニック楽しいな、って思って外の世界を楽しんでたら家がぶっ壊れてた。

 


◼︎



 山、あるいは森。地面には明らかな傾斜があり、少し開けた場所に行けば遠方にここと同様の緑色が広がっているのが見える。

 俺とオメガはそんな場所をピクニックしている。オメガからすればこれは放逐らしいが 、とんでもない。美味しい空気、美味しい風景、それを吸収しながら散歩ができるなら、それはピクニックだぞ。


「トラック、目的意識を持っていただけますか。そのためにはまず、私たちが外出許可を得た理由は法の訓練であると認識して下さい。これを認識した上で目標を設定しましょう。マスターの意図を想定した上で。このままでは私たちは捨てられちゃうかもしれないんです!! 危機感! 知ってます!? 危機感!!」


 面倒な物言いを続けるだけの精神力がないのか、結局最後に本音が出てしまっているオメガ。

 危機感? 危機とはなんだ? 外出権の獲得を喜ぶより、「初めてのお使い」に出された子供のような不安がオメガに渦巻いているんだろう。感情の波を読むかぎりそうに違いない。

 周りを見てみろと、俺は言いたい。別に言わなくても伝わるけど。

 花鳥風月って知ってるかオメガ。情操の発達がちと足りてないお前には必要なものだぞ。


「また分かってる風を装っています!! 小馬鹿にした態度です!」


 これは老婆心てやつだよ、まったく。YARE-YAREだよ。

 ボスのサイコゥの趣味のおかげで相変わらずメイド服に袖を通している俺たちは、黒い赤ずきんちゃんみたいな状態で山をウロウロしているが、俺だってそりゃ100パーセントピクニックってつもりではない。俺にもそれなりの目的意識はある。フーケーの観察だ。

 外に出て真っ先に感じたのは、死後初めて触れる自然への根源的喜びみたいなもんだったけども、その辺をプラプラしているうちに違う考えも芽生えるってもんだ。


 たしかに、俺は目覚めてこの方自分が置かれている環境なんかろくに意識してこなかった。オメガのいう目的意識なんてもんは希薄も希薄。KEN-SHIMURAの髪みたいなもん。

 それはまあ、俺がモノグサだからとも、室内にカンズメだったからとも言えるし、もしかしたらボスに思考を操作されていたからかもしれない。

 ま、理由なんざいくらでも挙げられるが、大切なのは今である。

 今俺たちはボスの気まぐれかなんかで強制的に環境を変えられている。目的やらを考えずにいられるかっての。


 で、俺の目下の目的は自身が存在する世界の見てくれはどんなもんか確認するといったところだ。だから、風景をしっかり観察するってのは重要なんじゃねーのかと考えましてね。ご理解いただけますかオメガさん。


「ぐ、ぅ」


 あ、まずい。オメガさんのメンタルがへなちょこなの忘れてた。


「まるでわたしが、なにも、わかってないみたい、じゃないですか……」


 あーあー、目頭あったかくなっちゃってる。

 うそよ、うそうそ。オメガさん、僕もちょっとそんな風に考えたなってだけで、そんなにまとまってないの。一緒に考えようね。どうしようかね、外来てね、沢山知らないものがあるから僕一人じゃ困っちゃうなぁ。オメガさんの助けが欲しいなぁ。


「さいきんのあなたは、これまでと様子がちがいます。ちがい過ぎます。わたしもちょっと感情のふれはばが大きくなっていますし、こまってしまうんです」


 我が親愛なるへっぽこさんはぐずりながら言う。

 まあなぁ、マジカル頭ヂカラを自分の意思で使ってからはちょっと、行動的なメンズ感マシマシだからな。我ながら不思議なんだけど。

 でもほら、ね、気をとりなおして冒険しよう。せっかく外出ることになったんだし。


「はい、わたしも冷静ではありませんでした。びーくーる、ですね」


 そうよ、その調子。ほら下見たら蟻がいたよ。


「別に蟻は、そんなに興味をそそられないです」


 少し元気になったオメガと共にピクニック再開といきましょう。


 気をとりなおしてピクニック再開なんですが、オメガさんは思考の裏側に潜んじゃってて、精神的引きこもり状態です。

 法に関しては浴場爆破の件でオメガに一任する事になってしまったので、オメガなりの目的意識ってやつとして外だから試せることをいろいろやろうとしているんだろう。だけど少し寂しい。

 身体の内側で法覚の動きを感じると同時に落ち葉が不自然に舞ったり、突然土が盛り上がったりしている様子を見ると実験をしているんだろうが、もう少し違うことしていいんだよ、とお兄ちゃんは思う。

 オメガなりの考えや目的あっての行為なので、止めるわけでもないんだが。


 オメガを気にしながら、後方を見る。割と我が家からは離れてきたな。白い箱みたいな建物が我が家なのだが、手を目の前に翳すと隠れてしまうくらいの距離は動いていたらしい。

 我が家の外観も、出てみるまではあんなもんだとは思わなかった。やたらと角ばった白い箱が俺たちが住んでいる家なのだ。

 俺たちの歩幅は精一杯大股で歩くと1メートルくらいなんだが、我が家の壁面にそって歩くのに百歩弱を要した。これは一辺で要した歩数だ。我が家は全四辺で構成されており、その全てが大体同じ長さだった。デカすぎっ。

 家の立面は三階建ての家程度なので、大体10メートル、あるいはもう少し高いくらいだろうか。壁面にはガラス窓と思しき枠が並んでいる。家の内部から外界を拝んだ試しがないので、俺たちが知らない部屋が沢山あるのかもしれない。

 俺からすればやたらと現代的な外観である。やはりファンタジィの要素に乏しい。


 考えてみれば俺もトンチキなメイド服に身を包んでいたりするのもおかしい。俺が勝手に魔法=ファンタジィと思っているだけなのかもしれない。そういえばボスってどんな格好してるんだっけ。毎日見ているのに全然思い出せない。

 やっぱり状況としてかなり変なんだよなぁ。ま、ボスがなんかしてるんだろうけど。


 家以外の周囲の様子といえば、青い空、白い雲、まばゆい太陽、青々とした針葉樹、黒くてちょっとデカい蟻、ちっちゃくてカラフルなチュンチュンバード、って感じだ。

 意識して探してみても、思いのほか生き物って見つからないもんなんだな。あと、生物の知識なさ過ぎて、不思議な環境かどうかの判断ができない。

 針葉樹が林立してるってところで、日本っぽくない感じがするなぁって思う。

 気候としては、長袖のメイド服で良かったと思える涼しさ。まあこれは山にいるからなのかもしれない。夏ではないのかな。季節があるのかは知らないけども。


 やっぱりただの山だなって考えしか浮かばない。マジカルパワーを使えるようになっても、観察者としての才能はゼロだわ。


 あと、ふんふんしながら周囲を散策していて気付いたことといえば、山だけに人の気配を感じないって事だ。少し開けたところに行ってみても、見渡す限り山山山。我らが暮らすのは大自然の大きな家だよ馬鹿野郎。

 俺たちが食ってた物ってどこから仕入れてたんだろう。通販でドローン配送でもされてたんだろうか。


 ひとしきりプラプラしていたけども、俺の知識じゃ全然よろしい考察が生まれなかった。


「なあオメガ? そういえばこれまで確認とかしてこなかったけどさ、俺たちがいるのはどこなんだ?」


 何もわからんから結局オメガに聞いてしまった。


「ん? どことは? 地理なんて私知りませんよ。そういう情報はマスターから与えられていませんから」


 こいつ何にも役に立たない。


「だから失礼ですよ!! 人格こそ別れてますが、記憶している情報はほぼ共有されているんですから、あなたの知りえない事を私が知るわけないじゃないですか」


 そうは言ってもさ、例外とかあるかもしれないじゃん。


「例外って、そんなものだけ都合よく解釈しようとして……。まあ確かにあなたは私が本来知りえない情報を持っていますし、会話をしなければ共有できない事も少なくないので仕方ないのかもしれませんが」


 そうなのだ。同じ脳みその中に入っている俺たちは深く考える事で互いの記憶を共有できるのだが、相手の情報を完全に読み合う事はできない。脳という空間を分割して生活しているみたいな妙ちきりんな状態だ。完全な共有がされているのは俺たちの脳にあるリビング的領域にある情報だけで、個々の記憶だったり思いみたいなものは自分達の個室的な領域に入っている。これは意識的に出し入れをしなければならないので、便利なようで便利でない。

 でもオメガさんよ、ちょっと俺の疑問にも付き合ってくれよ。


「そうですねえ、私たちがいる場所、ですか。考えたこともありませんでした。私はマスターによって作られ、マスターのために存在していますから、場所なんてマスターがいればどうでもいいものでしたし。トラックはそんなに自分が存在する場所に名前を与えたいんですか?」


 別に与えたいわけじゃねえよ。でも俺は前世の記憶があるからどうしても比較をしちまう。


「比較ですか。それも私には重要でない価値観ですねぇ。そもそも比較対象があなたしかいませんし。あ、マスターは当然比較対象にはなりえませんよ。マスターは絶対ですから!」


 うーん、やはりへっぽこ。


「むむむ!! ですから……まあいいです。トラックはその、あなたの言うところの『生前』の情報と現在を比較したいわけですよね。やはり、この外にあるものとあなたの記憶を擦り合わせてゆく他ないのでは?」


 やっぱりそうなるよなぁ。

 でも、今見えてるものと俺の記憶にゃそこまではっきりとした違いとか違和感みたいなものはないんだよなぁ。


 とにかく違和感探しだ、という事で視界に入った手頃な石とかをどけて昆虫チェックだ。オメガ、そこの石を法のパゥワーで退けて。


「ちょっと、それくらい身体を動かすだけでいいじゃないですか」


 これも練習だよ、ほら、ちちんぷいぷい!!


「私を子供扱いする癖に、あなたの方が稚拙な発想をお持ちのようですけど……」


 愚痴を言いつつオメガは石を浮かしてどかしてくれる。昨日までは水も飛ばせなかったのに素晴らしい進化だ。


 さーてどれどれ……ダンゴムシ発見!! あ、なんかケツにハサミがついてるやつもいる!! 懐かしい!!!


 ……だめだ、名前は知らないけど知ってる虫しか出てこない。

 違和感ないよ。俺にとっての違和感はお前とボスだけだよ。



 その後も違和感探しを長いこと続けてみたけれど、大した発見はなかった。俺の知らない変な現象が発生しても、それはオメガが法の力を使っているだけで、不思議だけど意味がない。ちょっとぉー、勘弁して下さいよぉー。


 と、そんな探し物はなんですか状態を続けていたら随分我が家から離れてきてしまっていた。


「なあオメガ、俺たちの移動範囲ってマッピングできてる?」


「ええ、それはもちろん。帰れなくなるなんて考えたくもないですから、しっかりマッピングしてますよ。ただ、結構移動してますねぇ。全力で走っても一時間以上は必要な距離です」


 まじか、結構動いたな。その割に成果がないけど……。


「トラックの成果は知りませんが、私は結構いい具合です。葉っぱを好きなように動かせるようになりました!! ほらご覧なさい! マスターの顔を葉っぱで書いてみました!」


 うぇ、無駄に器用だな。そっくりだよ。


「無駄ではないですよ。トラックは馬鹿ですね。葉っぱがあればいつでもマスターのご尊顔を拝めるんですよ? あなたの無為な違和感探しとは比べるのも馬鹿馬鹿しいくらいの快挙ですよ? ちなみに葉っぱ一枚一枚も見て下さい。凄いでしょ。マスターの顔型にくり抜いてみました」


 凄いのK点超えてるよ。メダル争いレベルを逸脱して、もはや危険域だよ。


「あなた、造物主に対する敬意に欠いていますよ。同じ頭の中にいるとは思えません……」


 奇遇だな、俺もどうして同じ頭にお前がいるかさっぱりわかんねえよ。

 

 雑談を続けていたら、何やら喧しく鳥が騒いでいるのが聞こえた。

 なんだ? あ、もしかしてクマさん? それともオオカミさん?! 森に俺たちみたいなみずみずしいお肉がいたらもんだから匂いに誘われてしまいました??

 家の近所をぶらついている気持ちだったものだから、猛獣の事なんて意識していなかった。そうだよ、ここ(多分)日本じゃないし、近所の裏山って言ってもレベルが違うんじゃん!


 あわあわしていたら、鳥の鳴き声だけじゃなくて大地を摺るような音と割と大きな地揺れがした。

 おいオメガ、これって危険じゃない?? あと、違和感探しに熱中しすぎてて、日が落ちてきてるの今気がついた! 違和感さん職務放棄してますよねこれも絶対!!


「トラック、落ち着いてください、びーくーる、です。危険か否かを判断する材料をしっかり集めて下さい」


 やばい、オメガに言われてしまった。けどその通り、状況を確認せねば。

 音がした方向、って、鳥が騒いでるの近すぎぃ!! むしろここじゃん、ここが現場じゃん!!

 って、違う違う、be coolだ。俺はクレバー、状況判断の鬼になるんだ。

 なんで地揺れなんかしてんだ。


 付近を見渡すとなんかデカい変な形の岩が動いているのが見えた。

 なあオメガさん、何してるんですか?

 思考を飛ばしたら珍しくオメガも思考で反応を返してきた。


 ーー私は何もしていません。トラックもわかっているとは思いますが、私たちの身体からは何の力も出してはいません。いや、でも凄い……出力と言っていいのでしょうか? 凄まじい法が周囲に展開されていますよ。


 あ、確かに。言われて気がついたが、マジカルパワーのセンサー、法覚さんは俺たちの内側ではなく外側から発せられた力をキャッチしているみたいだ。

 じゃあ、あれは何?


ーーそれは私にも……。あ、いや、トラック、マップを確認して下さい!!


 んん? なんだって……っておい、なんだこの馬鹿でかい生体反応は!?

 こんな生き物が存在できるかってんだよ!! 生き物だとしたら自重で潰れるレベルなんじゃないの!?


ーーですから、存在しているだけで法が行使されているのでは??


 ああ、確かにそう考えられるか。

 じゃああれは何さ……?


 答えの出ない問答を繰り返していたら岩みたいな何かがズガっと大きく動いた。

 周りの木々はそれになぎ倒されてゆき、でっかい振動が俺たちの髪を細かく揺らす。

 すると確認できなかった巨大な物体の影が少しずつ明らかになってゆく。

 これまで何にもなかった癖に、いきなり乱暴すぎるほどの違和感ではねぇか!?


 目覚めて初めて眼前にファンタジィのお約束が現れてしまった。



 みんな大好きドラグォーン様であらせられる。



 いやいやいや、いやいやいやいや、



 いやいやいやいやいやいやいや、



 いやぁぁぁぁぁぁっぁぁ!!!



 ワニ、ワニでない、恐竜でもない、なんかあれ、デカい、



 いやぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁあ!!!



 もう超絶コワい、デカいってだけでコワい!!

 人間に備わった生理的な恐怖が全身を粟立たせる。


 おまえ、あれだぞ、カバとかゾウとかキリンさんとか、あれよりはるかにデカいんだぞ。しかも野良。檻にも入ってないし、絶対躾とかしてない、野良の絶対捕食者だぞ。


 オメガさん完全停止するレベルのアレだぞ!?


 やだ、また下着しっとりしちゃうかもしんない。昨日と違って満場一致でしっとりしちゃうかも。

 もう無理、逃げなきゃ無理。でもこれ逃げれんの?

 クマさんとかなら全力出してイケるかなって思ってたけどこれは無理。むりDeath。

 

 完全に我らは停止。バグっちゃった。もう濡れた。出た。ドラグォォォン様俺たち見てる、見てる、ヤバい目がヤバい、朝の猫の目をヤバくした邪悪な、邪猫!! 邪猫の目目目目はわわわわ



「あ、もしかしてテクネさんトコの?」


 ぎょぬわぁぁぁぁぁぁっぁって、ぎょなぁぁぁぁぁっぁ


「ぬ? ちょっと?? あ、ちょっと!! 待って、違うって、あー、泣かないで、あー!!! 出てる、出てるよ!! 女のコが、ちょっと、ねぇ!! 落ち着いて!!」


ギョギョギョギョぉぉぉぉ


「わかった、違う。僕も落ち着く。ね、ほらこわくなーい、こわくなーい。こわくないよ、僕。じゃあね、そうだ、好きなものの話しよう。僕ね、お肉が好きだな。脂っこいのはダメだから、もも肉とか、あとハラミも好きだな」


 くわくわくぅあくわくわくゎうくわくぅくゎくゎ

 くわれるぅぅぅぅ!!!!!!


「あー!!! 失敗した!! 好きなものの話やめ!! やめよう!! 落ち着いて聞いて、僕君たち食べない、食べないよ。ね、泣かないで、ほら」




俺たちがどれだけの時間正気を失っていたかは定かではない。



◼︎



 フィクションの殿堂、ファンタジィの絶対王者、神獣オブ神獣といえば何だろうか。それは言うまでもない。ドラゴン様である。


 我々が正気を失うほどの存在感を持つ、その圧倒的に神々しい恐怖のドラゴン様は、その名をドングリといった。


「もうさ、参っちゃうよ。何も知らない状態で初めてお出かけしてさ、いきなり僕を見たらそりゃ少しはビックリするかもしれないよ? 僕もお散歩してて僕よりでっかい龍を見たら、おおデケーって思うもん。でもさ、自分たちだって初対面の人を理由もなく食べたりしないでしょうが。常識以前の問題でしょう?」


 あまりにも普通の言葉を受け、俺たちは返す言葉もなかった。当然といえば当然である。でも規模感がイかれてる気がする。


「テクネさんも人が悪いよね。お出かけしていいよっていうなら、もっとさ、普通ってやつを教えるベキだと僕は思うなぁ」


 ドングリさんの身体がデカいが、心はそれに増してデカかった。それはそれはデカかった。もう心がデカすぎて世界だった。ワールドだ。ワールドチャンプだ。


「でも良かった。誤解は解けたもんね。今度テクネさんのところに行くときは僕からもちゃんと言っとくからね。ダメだぞって。曲がりなりにも保護者なら保護者の責任を果たす義務があるんだぞ!! ってやつ。僕言っちゃうから!」


 優しすぎて違う意味で泣けてくる。親戚のおじさんだ。ドングリさんは俺たちの親戚のおじさんだ。


「ドングリさんすみません。俺たちにもっと常識、いや良識があれば、こんな粗相を犯さずに済んだのに」


「気にしなくていいよ。年下の失敗を許すのが年長者の責務だからね。僕もたくさん許してもらってきたから、君も年下の失敗を許してやればいいんだ。あ、そうか君達なんだったね」


「重ね重ね申し訳ございません。私がもっと冷静であれば……。この失態は私たちの想像力の欠如が原因です。どうかマスターを責めないでいただきたいのです……」


「オメガちゃんは本当にテクネさんがすきなんだねぇ。大丈夫だよ、そんな、僕も責めたりするってわけじゃないから」



 平静を取り戻してから、ドングリさんには一応身の上話というか、自己紹介みたいなものはしたのだ。俺たちは身体は一つで心は二つのデュアルジェンダー女子であると。


 聞くところによると、俺たちの飯やら生活必需品を輸送してくれていたのがドングリさんだったらしい。ドローンかな、なんて冗談で考えていたが、とんでもなかった。ドローンどころかドガーンだ。

 んで、ドングリさんははやっぱりドラゴンそのままの生活を送ってきたようで、もう年を数えるのも馬鹿らしくなるほどの期間生きてきたそうだ。

 その長い生の中でどんどんと法の扱いも巧みになり、細かな作業も何のその、超絶技術者として龍社会の中で勇名を馳せていたらしい。

 人にも龍にもやはり様々な個人的な歴史があり、色々あって我らがボスであるところのテクネと知り合い、彼女の生活を助けてくれていたみたいだ。


 なるほどなぁ、色々あるんだなぁ。


 ともあれ、そんな話をしていたらすっかり日も暮れてしまい、我々は一旦家に帰ることになった。

 家までの距離もかなりあるということで、ドングリさんは俺たちを乗せてひとっ飛びしてくれると言ってくれ、その言葉に甘えることにした。

 ちなみに汚してしまった下着はドングリさんが綺麗にしてくれた。ほんと頭が上がらない。


 俺たちはドングリさんの背中で、ここ数日の出来事を思い返していた。

 俺が自覚的に法を使うようになってからというもの、とんでもなく世界が動いているような気がする。とらえようによっては、これまでがあまりにダラダラとしていただけかもしれないが、それにしたってジェットコースターすぎる。これもボスが意図したところなのだろうか。


 ドングリさんエアラインによる快適な空の旅を楽しんでいたところ、ドングリさんは唐突に不吉なことを口にした。


「あれれ、おかしいなぁ、テクネさんの家削れちゃってない?」


 削れるって何だろうか。

 俺たちも我が家のある方角に目をやる。

 あれ、四角かった我が家の外観がおかしい。食いかけのティラミスみたいに角の部分が妙に削れている。


「え、あれ、そんな!? マスター、マスターは平気でしょうか!?」


 オメガがまた冷静さを失いかけるので、俺は同じような過ちを繰り返すなと諌める。


「しかし……」


 どうせ俺らがいないからって張り切り過ぎて、実験でポカしたんだろ。気にし過ぎてもよくない。


 俺がそう伝えるも、オメガは簡単には平常心を取り戻せないようだ。

 平気だよ平気。あのボスに限ってんな致命的なヘマはしねえだろ。



 俺は実際の現場に足を踏み入れるまで完全に状況を楽観していた。

 ここまで短期間に環境が変わるような出来事があったんだ。そんな連続して色々起きるわけがない。そう考えていた。


 結果から言おう。我が家にボスはいなかった。生体反応もなかった。んで、なんか腕が落ちてた。

 ピクニック楽しいな、って思って外の世界を楽しんでたら家がぶっ壊れてた。

 腕なんか落ちてるもんだから、ドングリさんに出会った時とは別質の恐怖が俺たちを包んだ。

 楽しいな、じゃねえよ。どうしよう。

 オメガが泣いてる。俺は泣いてるのかね、よくわかんねえや。

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