第4話

 俺があの便利な力、法を使ってからというもの、ボスはたまにしかやってなかった講義に本腰を入れるようになった。

 How to 法、say Hoh!!って感じだ。

 ボスは楽しそう。オメガも楽しそう。俺は最悪、ちょー最悪。まあ家がとっ散らからなくなったからいいっちゃいいんだけど、半ば習慣化、いっそ趣味化していた掃除片付けを取り上げられた俺はテンションダダ下がり。自発的にやっていた事を突然取り上げられると、生活にハリがなくなるよ。心の潤い成分がバンバンなくなる。モイスチャーくれろモイスチャー。んでモイスチャーって何?


 Back To 話。とにかく、趣味が取り上げられてしまったらやる事なんてそう多くない。今の俺にできる事はボスの話を聞くこと、オメガと一緒にマジカルパワーの練習をすること、俺たちの飯を作ること、そして寝ること。以上だ。

 俺はわりかし順応性が高いから、この与えられた環境で楽しみを見つけるために努力をした。だから、ちょー最悪なボスの講義だって、楽しめるよう頑張ったんだ。でも、ボスの話はちんぷんかんぷん。講義を受けても、今のとこ俺にできるのは俺が作ったお片付け魔法一つだけだった。

 

 ある日の講義で俺はボスに訊ねた。簡単にマジカルな頭脳パワーを使う方法はないのかと。ちちんぷいぷいでよくないかと。

 ボス曰く、この法ってヤツはちちんぷいぷいで使う技術じゃないらしい。へこたれる。魔法なんだからエイやって念じればいいじゃん。燃えろーとか、風ふけーとか、もり上がれーとか、騒げーとか、ニュアンスでいいじゃんさ。そういったらボスに叩かれた。そもそも魔法じゃないってさ。別にイイじゃんか。

 でだ、じゃあうまいこと法を使うにはどうすりゃいいんだって聞くと、ボスは言った。


「君が片付けのために行ったこと、あれが全てだよ」


 はー、ってため息が出る。

 俺がお片付け魔法を言語演算して作った時の工程を大まかに分けるとこうなる。


一、法を行使させる空間の視認

  →(部屋1にいまーす)


二、空間内で法を行使させる領域を限定

  →(場所アと場所イに力を使いたいでーす)


三、設定範囲内に存在する各個体へ属性を付与

  →(資料ならA1、A2、A3、計器ならB1、B2〜みたいな感じでタグを付けまーす)


四、属性付与された個体は命令を受けた場合に特定の動きするよう設定

  →(部屋1内の場所アと場所イにおいて、A列B列C列の属性を持つ個体は命令に応じて移動して下さーい)


 ボスの人格だとか、過去の発言内容と照らし合わせて細かい調整も入れたが、概ねこんな感じで一つ一つ片付けながら設定を行っていた。ヨーリョーとしては、表計算ソフトみたいな? あんまり得意じゃないからかなり乱暴な設定方法だけど、だいたいそんな感じ。設定をしながら実際の片付け方をマクロ化するイメージだ。


 だがこれ、ひどくめんどくせえ。俺たちの脳みそが言語演算とかいう処理を実行できる有能脳みそで、マップデータとか記憶情報を映像としてイメージできるからマシだけど、「これはこういうものです」って頭ん中ではっきり決めないといけない。

 「これはボスがあの時に使っていたモノです。なので、今は床にあるけど、片付ける時はあそこの棚に移動して下さい」とか「ボスが別の行動を始めてから一時間経過したら床の元の位置に戻るようにして下さい」とかを全部念じたのだ。便利だけど便利じゃない。


 うんざり顔をしていたらボスはさらにうんざりする事を言ってきた。


「君のやり方、あれが全てなんだけどさ、やはりまだへたくそだよね。おそらくそれは、そもそもの『世界』を認識する方法がへたくそだからだと思う」


 世界、ワールド、なんだよそれ。俺は前世の生活とこの真っ白な家の中しか知らんし、規模のでかい話は分からんし興味もないよ。カガクとかブツリとかシューキョーみたいでうんざりだ。


「世界って何でできてるか、トラックはわかる?」


 ほらこれだ。


「トラックはオメガと脳を共有してるから、なんとなくのイメージは掴めてると思うんだけどね。そうじゃなきゃ言語演算も上手くできないし、まして法を行使するなんて考えられないよ」


 そう言われてもなあ、と思いながら答える。


「世界ねえ、目の前に存在してるモノのことじゃないのか?」


「うーん、ちょっと違うなあ。世界っていうのは『事実』の総体だよ。事実がたくさん集まって作られているのが世界だよ」


 事実の総体? わかるようなわからんような。


「それって目の前にあるモノとは違うのか?」


「事実はモノじゃないからね。『AはBによってCとなる』みたいに、現実に『おこっていること』それ自体の集まりなんだよ」


「なんか言葉遊びみたいだぞ」


「言葉遊びというか、僕たちは言葉から産まれて、思考し、生活を続け、死んでゆく存在だからなあ。言葉、つまり言語は僕たちが存在する上で最も重要なんだよ。ともあれ、世界は事実の集まりなんだ。じゃあ、事実は何で組み上げられている?」


「はぁ、ボスの話を聞く限り、論理かね」


「そうだね、ざっくり言えば。そしてもっと言えば『言語』と『意味』で織られた論理だ。僕たちは世界に生き、事実を見つめ、言語と意味で論理をという織布を作ってるんだ。そして、法を携えて新しい織布を世界に掛けてやるんだ」


 この時点で俺は白旗を上げていた。理解できまっせん。俺の表情からボスは心中を察してくれたみたいだ。


「わっかんないかー。うーん、おかしいなあ、それで法が使えるの? やっぱりオメガが代理で演算して……いや……そうか、代理……? 人格が二つあるから……?」


 確かにボスの疑問も尤もだ。言語演算というのを俺はいまいちわかってない気がする。俺としてはオメガと共有してる脳内の作業机が演算領域で、そこで行う工作みたいなもんが言語演算だ。これを使ってオメガが色々していた事を何となく知っている。それで、俺にもなんか出来るのかもって初めて作ったのが、お片付け魔法だ。見よう見まねだから、言語演算の勝手はまだ全然わからない。

 ボスがなんかぶつくさ言っていたが、さらに続ける。


「いいかい、僕がこの話をしているのは、トラックが法を使う上で重要になると考えているからだ。後でおさらいしてくれればいい。とにかく聞きなさい」


 そう言ってボスの長い長いお話が続いた。


 要するに、法というのは「論理によって事実を世界へ書き足す」逆算の行為なんだそうだ。

 そして法を行使するための思考回路を演算領域と呼び、演算領域で行う処理を言語演算と呼ぶらしい。

 演算領域で言語演算を行い、構築された論理を法覚を通して外部化する。それが法を行使するための一連の流れだとボスは言う。

 世界というのも厄介だったが、法そのものに関しても厄介だった。

 このうえで、世界を認識することが法を使うための原則というのだから、わからない尽くしだ……。


 ボスの話だと、世界は「事実の集まり」で、事実は「論理で説明可能な実際におきているコト」、論理は「言語と意味で構成されている記述」らしい。法を行使して世界の事実を一つ増やすとしたら、強固な論理で構築された言語演算であるほど良いのだそうだ。

 

 でも、そもそも法の論理における言語とは何じゃ。

 ボスの例えはこうだ。

 【AはBによってCとなる】という論理があるとする。ABC以外の部分が法の論理における言語なのだそうだ。

 また、上の言語部分を記号に置き換えて【A×B=C】にするのも一応は可能らしい。記号も言語と言えなくもないから、という理由とか。ただボスが言うには、記号的表現で言語を解体し単純化すると、解釈が容易になるため言語演算の速度は上がるが、法の論理としての機能を限定的にしてしまう。とかなんとか。具体的には、法として発現する事実が弱くなるとのこと。ボス的には法における言語は単純な記号に変換してはならず、言語で撚り糸を作ってゆく意識が大事みたい。


 更に法の論理における「意味」だ。

 さっきの例の【AはBによってCとなる】という論理、コレのABCに挿入するイメージを法の論理の上の「意味」と呼ぶらしい。

 例えば、法を行使する為に上記の論理に対して【「水」は「熱」によって「水蒸気」となる】といった「意味」を挿入する。この際、演算領域上では「意味」を具体的な像として把握しなければならないんだそうだ。

 具体的な像とは、言語から離れた純粋な「意味」だと言われた。「水」といっても言葉を離れてただ「水そのもの」を、「熱」も同じく「熱そのもの」を。言葉から独立した「意味」として、自分が納得可能な観念を見出さなければならんらしい。


 なんやらよくわからんが、世界も自分も納得させる強さみたいなんが肝要なんでしょか?


 言われた内容がうまく噛み砕けなかったが、そんなレクチャーを受けていてふと疑問に思った。


「なあボス、世界に事実を書き足すのが法だって事はなんとなくわかったけど、なんかおかしくないか。言語が前提的過ぎる気がする。人間より先に言語があった気がしてならん。世界があって、世界は事実が集まってできてて、事実は論理でできてて、論理は意味と言語でできてんだろ? 世界を切って切って、小さくした最後の単位の一つに言語があるって事じゃん。言語は人間が使う道具なのに、それが最終的に世界を作ってることになるなんて変だぜ?」


 法で世界に作用できるってのは、俺も片付け魔法を使ったからわかる。コレは事実を作れる。でも、おかしいのだ。自然現象なんかと同じ比重で、人間の持つ機能が世界に作用している。

 人間は進化の過程で言語を獲得したって昔テレビで見たし、おぼろげながら学校でも習った気がする。変な世界にいるが、姿形も生活方法も意思疎通の方法も、裏側にちらりと見える文化の気配だって俺が元いた世界と大差がない。だから俺は強い疑問を抱いた。

 「法」とかいう不思議があるだけで、人間の存在がおかしく見える。


「ん? トラックは変な事を言うなあ。君はオメガが演算した模擬人格だろ、それに、時代が時代だったら異端者として極刑だよ、その言語は道具って発言。さっきも僕が言ったし、そもそも初めから君は知ってるはずだ。世界には最初に言語があったんだよ? 言語があるから我々生命が生まれたんだ。常識だよ?」


 ボスが言ってることが全くわからないのは、俺が悪いのだろうか。いや、ボスが悪いのではないか。ボスが俺にわかるように説明しないのが悪いんだきっと。


「あ、不愉快な事を考えてるよね? 不愉快な顔をしている。叩くよ?」


「だって、え、おかしいじゃん。たとえば生まれたばかりの子供は言葉を知らないだろ? 生まれもって言語を携えてる存在なんていないだろ? 最初の人類はどうなってたんだよ。」


 この世界の人類にも歴史があるなら、きっと言葉を持たないお猿さんみたいな時代があったんじゃないのか? 世界の法則に言語を含むのが前提なら、もしかしてこの世界の人間の祖先は猿だったことがないのか?


「だから言ってるだろう。初めに言語があったんだ。今でこそ、子供は親から言語を学び取るけど、法も人類が生まれる前からあった。そうじゃなきゃ人間の脳に言語演算なんて機能があらかじめ用意されてるわけないじゃないか。酸素があるから肺がある、光があるから目がある。同じことだよ?」


 言語演算。俺が前世で持ち得なかった、不可思議の塊。そもそもこの機能があるから、なんかおかしいってことなのか?


「僕が脳の実験をしている時に確認もした。法覚を機能させる際には脳が大きな信号を発するんだ。法を行使している以上、その感覚に自覚的だろ」


 そうだ。知覚している。五感と同様の感覚で法覚を感じてるし、法覚の根元には実感として演算領域がある。そして俺は以前にボスから説明されていた。演算領域は人間の脳機能だ。人間の脳を模倣して作られたのが、俺たちの脳なのだと。俺が生きているのは人類がトンデモなく賢い世界なのかもしれない。


「……あい、わかったよボス。とりあえず、そういうものなんだな。神話の類だと思って納得する事にする」

 釈然としないが、答えの出ない問答をしても仕方がない。ボスは「神話じゃなくて事実なんだけど……」と言っていたがまあよい。俺の理解の範疇を超えてるので、深く考えても無意味だ。

 でもさ、おれが勘違いするのもしょうがないと思うのね。俺は目覚めてからこの方ボスとオメガ以外話したことないし。


 そっからは、またボスから変な話を聞かされておしまい。

 俺は後でおさらいすればいいやとぼんやり聞き流して、「腹が減ったから飯」って言ってキッチンに逃げたのである。


 そういえば、ここのキッチンって何でいつも食材やらがしっかり用意されてんだろ。ボスは通販でもしてんのかね。

 水道、IHヒーターみたいな加熱器、冷蔵庫に似た箱、何でもござれだ。

 コレらも法のパワーなのかしらん。魔法なんてない、法は万能じゃないって言っても、文明の利器が揃い踏みしてる様を見ると「法は万能じゃ! パワー・イズ・ちから!!」と思う。でも俺の考える万能って、生活のニオイがプンプン?


 今日のボスの講義を受けて、言語演算をフル活用して「美味しくなあれ」と念じてみたが、何も変わらなかった。確かに万能じゃねえわ。しょんぼり。

 そういえば、ボスは法はちちんぷいぷいで使える技術じゃないって言ってたな。よくよく考えると、俺ってそれに近い形でなんかしてるような……? どうでもいっか!

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