第3話
さて、唐突だがお前はジグソーパズルってのをご存知? 知ってるよな。バラバラになったピースを指定された絵の通り組み合わせなさいってヤツ。
知的遊戯とか言われるけど、俺にはちょっとよく分からんのだよ。
だってさ、アレって知的遊戯っていうなら絵はいらなくない? 組み合わせ方だけを悩めるように、こう、純粋なパズルでいいじゃん。絵は絵、パズルはパズル。分けようよ。
あ、話が逸れそうだ。ともあれ、そのジグソーパズルなんだけどな、俺がここで目覚めた時を振り返ると、それに似てるのかなって思ったわけ。
おい、オメガ聞いてるか?
寝てやがるよちくしょう。それじゃ、こっから先は独り言。
◼︎
俺が目覚めた時はさ、なんかこう、バチバチって、人間が処理できる限界の動作を脳みそがしてるって実感に飲み込まれそうだった。
これまでの自分の人生全てが頭の奥のところからビュルビュル出てきて止まらない、みたいな感覚。それと同時に、自分の身体がどうだったとか、こういうものが好きだとか、嫌いだとか、こういう喋り方するなとか、「俺」はこういう人間ですよっていうリストが自分の意思とは関係なく頭の中では作れれていったんだよ。
人間って悩んだ時にさ、意識しないでもどんどん記憶が掘り返されていくだろう? アレを暴力的っていうか、戦争にしたみたいな規模でリストがどんどん完成されていくの。あるいはジグソーパズルの宇宙チャンピオンが、俺っていう絵が書いてあるパズルを宇宙新記録を更新する勢いで完成させてったみたいな? 最高に気持ちが悪かったよ。
ある程度リストが完成されたらその気持ち悪さも終わりが見えてきてさ、初めて疑問を覚えたんだよね、「俺は死んだんじゃなかったっけ?」って。
するとどうだい? 頭ん中で「生きてるよ」って返答が返ってきたんだ。
その時はまだ俺も混乱してたから、なんか受け入れちゃってさ、生きてるならここは何処だって思ってさ、思った先から「ここは私さ」って思考が跳ね返ってきたわけ。
そこで初めて、自分が意味わかんない状況にあるって考えるようになった。
で、わっけわかんねーって思ってたら、俺じゃないヤツが頭ん中でずっと感謝してるの。流行りのJ–POPよろしく「ありがとう」のリフレイン。うん、それもよくわかんない。今思えば、あれはオメガなんだけどさ、「ありがとう」だなんて、そんな殊勝な発言できたのね。
ま、それは置いとく。「ありがとう」は意識しないようにして、なんだこの状況はって悩んでたら、頭ん中から「ありがとう」が消えた。
次にオメガが誰かに回答を求めてるのを感じた。何度も何度も、オメガは俺が抱える疑問を回答してくれって念じてた。
念じるのが何回か繰り返された後、脳みその中に言葉っていうか、情報が書き込まれるみたいな感覚がきた。
書き込まれた情報みたいな何かはこんなようなニュアンスだった。
ーー興奮して反応が遅れた、ごめん! 脳みそスゲー!
ーーあれ? 男の意識が生まれたの? マジか
ーーなんで生まれたかの原因はわかんない
ーー脳みその構造が君の脳みそに似てたか、脳みそにもともと入ってた人格が自己矛盾を回避するために君の人格を作り上げたか、脳みその機能が複雑に作用しあって創発的に君の人格を作ったか、ってところじゃないの
聴覚を使って認識したわけじゃないから、めっちゃ意訳。こんな感じのイメージが脳みそに入ってきた。
オメガはしっかり言語として認識してたみたいだけど、ぶっちゃけ俺はそん時に脳みそに入ってきた情報を事細かには覚えてない。今だったらそんな事ないんだけど、目覚めたばかりだったからかね? だからまあ、ニュアンスだ。ボスはこんな口調じゃねーし。
脳みそに書き込まれてゆく情報はどっか喜色をはらんでいて、ワクワクしてるようだった。んで「脳みそと身体を繋げる」といった感じの情報が脳内を巡った。
「脳みそと身体?」ってな具合にこれもまた疑問だった。
たださ、その時になってやっと、俺は「考える」事は出来てもそれ以外の何もできない状態にあるのだと認識した。五感のすべてがなかったんだ。五感を伴わないと、自分が存在しているって実感を得られないんだな。
たまらなく怖かった。こえーよこえーよって思ってたら、次の瞬間に身体があるって感覚が現れた。
突然のことだから俺はびっくりした。でも、びっくりしただけだ。だというのに、おれの頬には涙がつたっていて、更にびっくり。
俺は悲しくねえし、泣くとかそういう方向の感情は芽生えてなかったから、オメガが泣いてたんだろうな。
んでこの時、初めて我らがボスとご対面したわけ。ボスが言った事、あれは最悪だった。
「おはよう、そして初めまして。君、男みたいだけど、用意した身体は女の子のものなんだよね。脳みそはもうくっつけちゃった。これからは慎みある淑女として生きていってもらうんで、そこンとこヨロシク」
これまで俺は二十ン年男として、益荒男として生きてきたってのに、女? 一瞬冗談じゃないって考えがよぎったけども、どうせボーナスステージみたいなもんだろって思ってからは俺投げやり。
なんか最悪だなーって以外全部どうでもよくなっちゃった。
でも、最悪はそれだけで終わらなかった。
ボスがこう言った。
「生まれたての子羊ちゃんである君の洗礼をするよ。君の言語演算系はフル稼働しているに違いないけど、身体の方はまだ法覚のサーキットが励起してない。乱暴だけど僕の力で外部的にサーキットを全開にするよ」
その時は何を言っているのか、全く分からなかった。言語演算系? 法覚? サーキット? 俺って仏教的なレーサーなのかしらなんて馬鹿な妄想が生まれてたね。今ならわかる。あれは俺が魔法っぽい力を使うための儀式だったのね。
オメガは泣いていて、俺の思考のノイズにしかならなかった。オメガから感じるノイズと意味不明な状況で俺もパンクしそうだなーって考えていたら、ド、と身体全体が波打った。
熱いとも冷たいとも違う、鋭敏な何かが全身の細胞に細かな穴を穿とうとして、やがて穴が空いた。
開く、閉じる、開く、閉じる、開く、閉じる、開く、閉じる、開く、閉じる、開く、閉じる、開く、閉じる、開く、閉じる、
俺の身体が細胞単位で開閉を繰り返した。肉だけじゃない、骨も内臓も、全てが開閉していた。ドアを秒速37兆回で開閉するような、音の波形が延々綺麗に長方形を描くような、連続ではなく継続している、細胞の開くと閉じるが並列しているかのような矛盾。吐きそうだった。というか吐いた。胃液しか出なくても、それでも吐いた。うずくまって、胃液に顔を沈め、なお吐いた。
何秒何分何時間続いたのか、時間的な感覚を失った頃にそれは唐突に終わり、胃液の不愉快な臭気が鼻腔を突き抜けた。このタイミングでは、オメガから喜びめいた感覚が伝わってきてたな。こんな苦しいのに喜ぶって、何だこいつは、変態なのかって、その時は考えてた。
俺は胃液溜まりに頬をこすりながら、ボスを睨んで喋ろうとした。でも口が回らないのな。俺の元の身体の作りと違うからか、喋り方が分からねーの。だから口を大きく開けてあー!! と、まずは叫んでみた。出た。気をとりなおしてもう一度。
「ふざけんな!!!馬鹿野郎このクソったれがぁぁぁ!!!!!!」
叫んで爽快。頬を濡らしていた胃液と涙の混合液が綺麗さっぱり弾けとぶ。これも多分魔法的な、ボスの言葉で言うところの「法」だったのね。
んで、ボスがHYOHYOHYOと笑ってこう言った。
「法覚の励起も成功と。しかし汚い汁を飛ばさないでくれよ、もう」
俺はこの時、ボスは悪い奴だって思った。悪の親玉的な、つまるところ「ボス」だと思った。
蘇っただけで儲けもんだったとは思うよ、そりゃ。でもさ、振り返ってみるともうちょっと普通の感じが良かったなぁ。
以上、回想終了。
◼︎
やっとこさ俺が「法」を意識的に使うようになったってことで、ボスはなんか張り切ってた。明日からなんかありそうだよな。
すげーめんどくせえ。
やだなーって思うけど、まあ俺も寝るか。
寝るか寝ないかのビミョーなラインで、オメガの思考がちょろっと、あー、ねみ
その日は夢を見た。
感謝感激雨あられって感じの、サンキュー系の夢。
起きたら恥ずかしかった。
ま、これはお互いのために深く考えないようにしよう。な、オメガさんよ。
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