空の町

目が覚めた。

「起きたか…。随分と長かったじゃないか」

目の前には見知らぬ顔、もといひばりさんの顔があった。

「ここは、どこですかね」

僕はあたりを見回した。

「昨日の部屋だ。このやろう、あの後ぐっすり寝やがって。私はずっとこの態勢を維持してやったんだ。深く感謝しておけよ」

「あ、ありがとうございました。」

僕が頭を膝から離すと彼女はすぐさま立ち上がり屈伸を始めた。

「私は空亡達を呼んでくる。お前の連れもだ」

連れ…金田のことだろうか。



障子の向こうでは何やら大勢の人たちで賑わっていた。

「な、何だ」

いや、人ではない。

「お?てめぇか」

大きな木材を肩に担いだ男性が僕に話しかけてきた。

随分と男らしかった。

「おーーい、皆!櫻井さんが起きられたぞーーー」

彼が一声かけると。

「え?本当か!」「気を失ったって聞いてたから」

  「馬鹿それはデマだ。」  「馬鹿それは残像だ」

 「野郎!ぶっ殺してやる!待て!」    「大丈夫なのかな」

騒々しかった。

異形なもの人型のものがひしめき合っていた。

何かを作っているようだった。

「大変だったんだろう?あんたも」

彼は木材を地面において、縁側に座ってきた。

「まぁ、ここじゃそんなこと忘れて気軽に生きようや。ほれ、リンゴ食うか?」

ひょいっと投げられたリンゴを慌てながらキャッチした僕は

「い、いただきます」

とコミュ障全開な応答をした。

そのリンゴはみずみずしくて美味しかった。

今まで食べたどのリンゴよりもずば抜けて美味しかった。

「そうかい、そうかい。美味しかったかい。そりゃ結構。」

「な、なんでわかったんです?」

彼は鼻の下をこすりながら言った。

「顔に出てんよ!じゃ、おれは仕事があるから」

彼は地面に置いた木材を担いで喧噪の中に消えていった。




しかし、まぁ。

一度泣けばスッキリするものだな。

簡単に状況把握ができるようになった。

昨日のあの人たち…。

妖怪や神様と僕は対等に接したのか。

いや、対等かどうかは分からないけれど。

…。

亜美は、もう死んでしまったのか。



襖が開いた。

「ふふ、全く。その考えは早く捨ててしまえ。」

「ひばりさん。」

何故彼女だけが来たのだろう。

「あぁ、途中で千歳と会ったから任せてきた」

そうだったのか

「亜美はまだ死んでいる、というわけではないぞ。まだ記憶もあるし、体も残っている。意識だけが消えた。それだけだ」

「でも、あのクリムってのは亜美じゃない。」

「ふむ、では今のお前と亜美の違いはなんだ。」

「意識があるか、無いか…かな。」

「意識はクリムのがあるじゃないか、亜美の意識という器官をクリムの意識と挿げ替えた。人間でいうところ移植みたいな考えなのだが。移植手術を行えばその人はその人ではなくなるのか?そうじゃないだろう?お前は憧れの人を見て、自分とあの人は何が違うんだろう、とは考えたことはないかな。何故自分は櫻井空なのだろう。何故あの人ではないんだろう。何故自分はこの体の感覚しか使えないのだろう。脳みそをそのままにして意識だけを挿げ替えたら、僕はあの人になれるんじゃないか。とかね。結論から言うとそれは可能。君たちは体というトロッコに乗っているだけなんだよ。今回の件は亜美というトロッコに乗った意識が別の意識と入れかわったってことだ。まぁ、これは人それぞれだね、私から見たらまだ生きているとしか思えない。君から見たら、この亜美は死んでいるかい?」

「それは…。」

僕は答えに詰まった。

ただ、頭の中では何かが違うと。

何かが決定的に間違っていると考えていたが、それがなんなのかはよく分からなかった。

「ふふ、ただ今回は運が悪かったと捉えてくれよ。亜美の意識の代わりに乗ったのは悪魔だったってことだ。人の意識は記憶を連れることはできないがそれ以外の意識は記憶を連れていくことができるのさ。それは確かに君が知る亜美ではなくなるだろう。でもな…。」

彼女は僕の頭に手を乗せて柔らかい声で

「この世界は曖昧なんだよ。隣人が本当に隣人であるかすらわからない。いや、それ以前に本当の隣人を理解することすらできないのさ。どうやってもこればかりは人間には解決できない。だから。どうやっても理解することはできないのだから、お前たち人間は気楽に生きていくといいさ。まぁ、私達からしたら、お前が人間でいるのはあまり好ましくないんだがな…。」

どういうこと…?

開いていた襖から人影が覗いた。

「やぁ、元気かな?」

「おっす、昨日はお楽しみでしたの!」

幼女と成人男性が入ってきた。

「こら」

バシッ

ひばりさんに叩かれてしまった。

「呵々、その調子なら大丈夫そうじゃの?空亡」

「あぁ、良かった。予定と一日ずれてしまったが。まぁ、元から一日も経たずにこの決断を迫らせるのは無粋だったかもしれんからな。まだあと一日猶予はある」

何の話をしているんだろう。

「いい?空。今からかなり重要なことを決断しなければならないから。真面目に聞いていろよ?」

ひばりさんが念を押した。

何がはじまるんです?

「第三z…。」

バシッ

また叩かれた。

「今のは違うじゃないですか…。」

「言わせたお前が悪い」

すると、襖の付近から足音が聞こえて

亜美…。

クリムと金田が一緒に入ってきた。

「おっす空。もう結構馴染んでるんだね」

金田が屈託のない笑顔を向けてきた。

僕は、秀人のことを思い出してしまった。

次の瞬間、凄い力で首を回転させられた。

「馬鹿野郎。そんな顔したら、瑞奈も報われないじゃないか。いいか。ここで生きたければここで生きろ。心だけ現世において来てんじゃねぇぞ」

「ひばり…さん」

僕は、反省した。

そうだよ、もう僕は今までの世界じゃ暮らせないんだ。

「あの…。空。大丈夫か?」

「へ?あ…あぁ。勿論大丈夫だよ」

僕は笑顔を作って見せた。

「う、うん。そりゃ良かった」

金田も笑ってくれた。

ひばりさんが僕の背中を突く。

「よし、空。いまから大事な話をする。よく聞いてくれ」

「はい。」

今までの口調とは少し変わっていた。

真面目な口調。

柔らかく言えばそんな感じだ。

「昨日話したことは覚えているか?」

「妖怪や神の概念はなにかにとりつかないと消滅するってことですか?」

「全く、その通りだ」

千歳さんがお茶を持ってきてくれた。

軽く会釈をした。

「お前にはその器をやってもらいたい」

うん。

まぁ、そうくるとは思ったよ。

「何となく、予想はしていました」

「へぇ、それでどんなふうに思っているのかね?」

幼女が僕に聞いた。

バシッ

問答無用で叩かれた。

よう…佳那ちゃんが

バシッ

駄目か…。

佳那様が…

大丈夫そうだ。

佳那様が聞いてきた。

「意識は僕のほうのが優先されるんですよね…。」

意識という言葉を出した時、心がズキンと痛んだ。

何故だろう。

「あぁ、そうだ。そうだな、分かりやすく言うと。パソコンってあるだろう?あれにソフトをインストールする感覚だな。OSがお前の意識だ。」

空亡が言った。

パソコンなんて知ってらっしゃるんですね。

「では…。僕にはどんな概念が入ってくるんですか?」

空亡と佳那様は声を合わせて言う。

「「それを今日選んでもらおうというのだ」」

「今日の夕方から、この屋敷の敷地で宴があります。何百もの妖怪や神の概念が居ますから、その中から数体選ぶなんて中々できないのです。だから、妖怪や神で誰が入るか選ぶのではなくてあなたが選んだほうがよほど効率がいいのです。」

千歳さんが説明してくれた。

「す、数体?」

「あぁ、お前には器の才能があることは分かっている。今からその器を計る。あまりにも少なすぎたら贖罪をして無理やりにでも増やしてもらうぞ」

器の才能?贖罪?

「器の才能を持つ人間はなかなかいないの。数体っていうのは、まぁ、今この町にいる妖怪や神たちが過密状態でね。本当なら一つの器に一つの妖怪、神が望ましいんだけど…。背に腹は代えられないの。妖怪と神は一緒の器には居られないから、まずはどちらを入れるか決めることになるわ。神は質が高く器を多く占め、妖怪は質が低く器をあまり占めない。それと贖罪って言うのはあんたが今持っている器には今まで犯してきた罪の意識が占めているの。器の才能はその器の大きさで決まるわ。んで、その犯した罪を贖罪すれば器をもっと広く使えるから。そのためにね…」

今度はひばりさんが説明してくれた。

「さて、器を計るぞ。表へでろ」

よ…佳那様が言った。

行かねばなるまいよ!!

俺の器の広さ。

見せてやる!!

「はぁ、何かが違うような。ほんとに分かってんのかな…」

ひばりは眉間を押さえた。



「準備は良いか?」

佳那様が聞いた。

「いいよ、こいよ!」

僕の準備はバッチリだった。

「あいつ、余裕だな。」

縁側で腰かけた空亡の声が聞こえた。

「心の中は真面目なんですがね、どうも真面目に見えないのが…」

ひばりさんの声だろうか…。

「僕は何をすればいいんだ」

「お前はその陣の中に立ってさえいればいい。後は儂が計る。結果によっては贖罪させる。」

「了解した。さぁこい」

僕は胸をトンと叩いた。

目の前の幼女は頷いた後、何やら呪文のようなものを唱えた。

数十秒後、ぼくの足元にある魔法陣が紫色に輝き僕を包み込んだ。

「どうだ佳那よ。何体分だ?」

そんな声が聞こえた。

「んーー。普通の人間よりはでかいけど…。器の才能持ちとしては微妙だ。罪の意識が結構あるみたいだから贖罪させてみる。」

「あぁ、頼むぞ。せめて3体分くらいは有ってほしいな」

「ふふ、そんなスケールなものか…。」

腕を組んだひばりが言う。

「あいつは中々大きなものを抱え込んでいる。そいつを吐きだせば…。まぁ、100くらいはいけるんじゃないかな?ここに住んでいる者たちはせいぜい500体程度。まぁ、だいぶ確保できるさ」

「100か…。本当に。あれがか…?」

「まぁ、見てなって」

魔法陣の輝きが紫から青色へと変化し、先ほどから唱えていた呪文の詠唱も聞こえなくなった。

「!?すごいぞ、空亡。こいつ、相当なもんを抱えてやがった」

「本当か!?」

「あぁ、少なくて400。大きく見積もって600は行くぜこりゃあ。相当でかいトラウマがあるぜ」

僕の意識はもうほとんどなかった。

ただ聴覚からの情報だけを受け取る肉塊と化していた。

「儂が贖罪をさせれば普通なら一分とかからないが。こいつは10分、それ以上かかりそうだ」

「そうか、頼んだぞ。くれぐれも失敗して廃人にはさせることのないよう注意してくれ」

「呵々、これを失えばこの町のものがほとんど消えてしまうからの、任せておけ」

どれくらい時間が経っただろうか。

静かだった僕の脳内に笑い声が聞こえた。

「やばい、やばいぞ。空亡…。」

「どうした佳那。何かあったか」

「だめだ此奴。子供の頃、過去の贖罪をやったら…。急に・・・。クク」

ハハハと大きな笑い声が聞こえた。

僕の意識は徐々に戻り始めていて、先ほどから心が軽いのを感じていた。

そして、未だ覚醒していない頭で考えた。

贖罪をするということは僕の罪を吐きだすこと。

僕が今まで犯したあんなことやこんなことまであの幼女に見られるということでは無いのか…と。

やっべ

やっべ

「お前そんなことまでしたのか!この馬鹿者が!?後でちゃんと謝っとけよ!…プッ。クスクス」

畜生。

もうちょっとよく考えておけばよかった。

そうすれば何かしらの対処はできたかもしれないのに。

あの幼女には絶対口止めをしておかなければなるまい。

「どうした佳那。言ってみろ、気になってしょうがない」

やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお

「えっとなーー」

くそ幼女がああああああああああああああああああああああ

「こいつな…」

「お、おい。佳那」

「ん、何だ?」

空亡が櫻井を指さして言った。

「そいつ、めっちゃお前のこと睨んでるぞ」

「あっ、」

ようやく気付いたようだ。

僕の強い思念が体を無理やり動かせたらしい。

「わかったわかった。もうこの辺で終わりだ。」

陣の光が徐々に弱まった。

「ぜぇ、ぜぇ。」

僕は肩で息をしながら目の前の幼女を睨みつけた。

「呵々、悪かったよ。ただ、しっかりと謝っておけよ?」

「何をだ…。」

「言っていいのか?」

よう…佳那様がニヤリと笑った。

下衆な笑いだ。

「止めてください」

僕がそういうと、佳那様はよろしいと言わんばかりにその決して大きくはない胸を張った。

「それにしても、600体か…。中々凄い器だな。」

縁側であぐらをかいていた空亡が言った。

「はぁ、どうも…。」

何か大切なものを失った気分だ。

「今更だが、本当に器になってくれるのだな?」

「はい、勿論です。」

僕はここで暮らしたい。

だから、ここに少しでも貢献しておかなければ追い出されてしまうのではないかという考えを巡らせていた。

元々、クリムを助けるのだけが目的だったのだから。

でも、それなら…金田はどうなる。

「断ってもお前が心配しているようなことはならないから。安心しろ…。」

「ひばりさん…。」

パン

誰かが手を叩いた。

手を叩いたのは空亡だった。

「今日の夜。お前の器に600体の妖怪を入れることにする。神たちには人形に入ってもらうことにすれば。今期、この町にいる奴らは安泰だな」

今期?

「何百年周期に人間たちの思念から妖怪や神の意識が生まれるの。何故だかは知らないけどね。そしてついこの間それが起こったの。今この町は妖怪や神の意識でいっぱいなの。本来なら自分たちで探しに行くのだけれど…。」

人間がそれらを認識できるようになってしまって…ってことか。

「そう。」

返事をしたひばりさんは悲しそうに俯いた。

「雲雀、いい。俺が言おう」

空亡がひばりさんを制した。

「器に2体以上の意識を入れたら、普通。人間は正気を保てないのだ。一対一ならともかく。だか、お前の場合は600。俺たちでさえそんな例は未だ聞いたことすらない。多分お前は廃人になるだろう」

!?

「な…。それはいつまで?」

「47日だ」

長い…。

「それでもやるか?」

それでもやるかって…。

やらねばいかんでしょうよ。

僕以外誰がやるってんだ。

「勿論!やります。」

やりますが…。

「猶予はどれくらいありますか?心の準備を…。」

「もうタイムリミットはとっくに過ぎているのだ…。」

え?

「今この瞬間にもこの世に生まれるはずだった妖怪や神たちが消えて行っている。一番最初は2400体だった。お前が来たときは約1800体だ。」

てことは

「お前が来てから約1200体が消えている」

今朝のあの人たちは

「そう、ああれが意識だ」

ひばりさんが答えた。

「まぁ、どっちにしろお前が救えるのは600体が限度なんだ。それだけでも十分助かる」

僕がもっと早く、昨日あの時に眠っていなければ。

「頭悪いな此奴。」

「混乱している、いまはそういう状態だ。そっとしてやれ」

…。

やろう。

「やろう」

空亡、佳那様、ひばりさんが僕のほうを向いた。

「今やろう!夜じゃなく!今!やろう!」

どんなことにも耐えてやる。

あんな良い人…もとい妖怪や神を失うなんて。

あのリンゴの貸しだけでも返してやろう!

「分かった。集めてくる。少し待って居ろ」

「お前、あんまり無理はするなよ。」

「もし廃人になって見てられないようになったら儂が47日間ずっと気絶させてやるからな。まぁ、それでも苦しいものは苦しいが」

三人がそういってくれた。

「ありがとう」

「私は何もできないけど。頑張ってね、空」

金田もそういってくれた。

心なしか羨望の目を向けられているような気がしたが…。

「あの…。頑張ってください。」

クリムが…。

「あぁ、ありがとう」



僕は外に出てみた。

この町の景色をよく見ておきたかったからだ。

直後。

古風で無駄にでかいスピーカーからノイズが鳴り響いた。

―――あー、諸君。聞こえるか?―――

屋敷の周りで何かを作っていた人の目がこちらを向いた。

ざわざわという擬音が十二分に合う。

―――貴様らの器が見つかった―――

ざわめきが一層大きくなる。

―――妖怪たちのすべては一人の男へ入ることにする。―――

妖怪たちということは勝手に決められてしまったが文句はない。

「どういうことだ!」  「こんな数、一個で足りるわけねぇだろ!」

  「できるのか?やれんのか!?」 「大丈夫なのー?」

―――心配はない。貴様らにも独占欲というものがあるかもしれんが背に腹は代えられんだろう。嫌なものは消えてもらうしかない。―――

あたりは静かになった。

―――儀式はこれより行う。準備はすでに出来ているよな。陣は組んでおいた。線に触れずに入っておくように。それとくれぐれも―――

くれぐれも?

―――器を独り占め。侵食。破壊。しないように。戦いも絶対にするな。以上。時間は5分後だ。急げ―――

器を破壊?

それって、僕はどうなるんだ?

「死だ。」

!?

僕はバッと振り向いた。

「正確には人間ではなくなる。ただの肉になる。」

ッ…!!

「怖がるな。お前がしっかりしておけばそんなことは絶対起きない。47日間だ。器の上で、600もの妖怪と戦って生き抜け…。」

そんな…。

僕は大変なことを行おうとしているのかもしれない。

やっと物の本質を見た。

5分後だ。

「私たちはお前の意識には潜り込めても、戦うことはできない。お前がやれ。お前がやるんだ」

「だ、大丈夫かな…。」

ひばりさんは僕の肩に手を置き、額を合わせてこう囁いてくれた。

「大丈夫。お前は強い子だ。何も心配することはないさ」

ありがとう。

「私のことは雲雀と呼んでくれてかまわないよ。さん付けはもうよせ」

わかったよひばり。

「ふふ、それで良し。気張っていけ」

ひばりは煙草をくわえて火をつけていた。

そして大きく煙を吐く。

嗚呼、単純に言葉には形容できない美しさが彼女にはある。

なんて綺麗…いや、美しいんだろうか。

「ふふ、浮気性な男は嫌われるぞ。なぁ」

え?

「全く、その通りだ。馬鹿たれ」

金田。

彼女の目は赤く腫れていた。

秀人のことを聞かされたのだろう。

それでも明るくふるまってくれる。

「あぁ、すまないな。」

「何がよ…。」

「何がって…。」

僕は言葉を詰まらせた。

「ほら、行くぞ。」

「は、はい。じゃ」

「うん。頑張ってね。死なないで」

僕は例のサインをした。

拳を上に掲げたあと銃の形を模した。

彼女の顔を僕はあまり見なかった。

何故って。

僕が泣きそうになるじゃないか。



「準備はいいか」

よう…佳那様が聞いた。

「分かっています」

「お前という意識を消せば体を独り占めできるから。妖怪たちはほとんどお前の命を狙う。だが、それも47日間だ。耐えて耐えて耐え抜け。どうにもならないなら殺せ。お前ならできる。だって、これからの戦場はお前の器の中。お前の夢の世界みたいなもんだ。生きて帰ってこい」

胸を叩かれた。

屋敷の中には空亡、ひばり、金田、クリム。

それと、何か恐怖感をあおられるような仮面をかぶったフードの男とそれに抱き着いたドレスを着た女性がいた。

誰だあれは。

「気にするな。お前が帰ってきたら紹介してやる」

そうかよ。

この町にはまだまだ僕の知らない人がいっぱいいるわけね。

「では行うぞ。」

「はい。」

精神統一。

絶対生きて帰る。

生きて帰って。

「お前らの準備はいいかーーーー!!」

大勢の叫び声が聞こえる。

生きて帰って

そして

「始めるぞ。」

そして






この場所で暮らしたい。

堅苦しい人間界からやっと逃れることができたんだ。

僕から見たらここは桃源郷。

ここで暮らす。

そして、亜美の分まで…。






佳那様の詠唱が聞こえッ…!!!!

「どうした空!」 「おいおい大丈夫かよ」

  「大丈夫かしら」  「触るな近づくな」

 「ですが…。」  「あいつが選んだ。拒否することもできた」

「空ぁあああああああああ」  「見るんじゃない。」

 「可哀想に」 「生きて帰って来いよ」



黙れお前 うるさい ひろいな 多すぎるだろ やってられっかよ しねっ 協力しよう 仲よくしよう おまえだって独り占めしたいと思ってんだろうが 死ね偽善者 裏切ったな お前からやったんだろうが 償え 死ね 何をしているんだ お前そんなやつだったのか やめろおおおおおおおおおお パスタ食べたいなぁ つまんない 嫌だよ、もう嫌 助けて 逃げんな こっちに来ないでくれ 助けて あっあっ 馬鹿野郎 何をするんだ 近づくな殺すぞ やれるもんならやってみろ 見ないで いやだ 違う僕はこんなこと 殺さないで いまさら何を言うか 嫌だ ぐっ 痛い 酷い 腐れ外道 酷いな 道連れにしてやる 呪ってやる 覚えていろ僕はこんなこと思ってない 黙れ お前が 消えろ 失せろ 邪魔だ お前みたいなやつが一番いらない 暴力はいけない 殺すな殺すぞ 殴るな殴るぞ 本末転倒 死ね 無常観 畜生が 違う違う 助けてよ 痛い 僕はこんな事 黙れ 黙れ 黙れ 黙れ



私の目の前に立つ男は器としての才能が非常に高く、それ故このような苦行を強いられている。

可哀想に。

だが、それはお前のやるべきこと。

神じゃなく世界が決めた業。

お前がやるしかないんだ。

運命は決まっている。

お前はこうなる運命だったのだ。

縁側に立っていた雲雀が倒れた。

この男の心の声を聞いたのだろう。

さて、この男は生きて帰ってこれるだろうか。

「空亡。完全に気絶させて寝せてやれ。そのままだと可哀想だ。」

「あぁ、そうする」

目の前の男は涙を流し、口を開けて呆けたまま力のない声をただ単に漏らす。まるで廃人だった。

「あ、あの。」

悪魔が儂に話しかけた。

「彼は、大丈夫なんですか?」

「知らん。それは47日後にわかるさ」

静寂が訪れた。

「だいぶ……静かになったな」

「ほとんどの人が空と一体化したんだ。この町の名前は今まで妖怪と神たちが住む町とか言ってきたが、今は神もほとんど人形に乗り移ってただの神ではなくなったし、この町の名前、空の町とでも言ってやるか。もし、奴が死んでしまっても、ここは”そらの町”だ。」

呵々、奴に敬意を表そうというのか。

「空亡。お前がこの町を仕切っているのだから”くうの町”でも良いんじゃないか?」

空亡は笑った。

「そうだな、ではこれよりこの町の名前は漢字表記でこれとする。読みはどちらでも可ということで」

「あぁ、それがいいな」

儂も、賛成だ。

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