妖怪たちの町

僕の中にいた神が創った門はどこかの地下室につながっているようだった。

もうずいぶんと螺旋階段を上っているが未だに出口にはつかない。

しかも僕の体は今僕の意識で動かしているから普通にきつい。

というかどこかの神様が僕の体を限界突破させてまでこき使っていたせいで疲労はピークに達している。

「はぁ、まだなのか」

背中の金田も一刻も早く降ろして楽になりたい。

「まだしばらくあるわ。持ってあげようか?金田ちゃん」

「いや、いいよ。頑張る」

僕たち二人の前をあるく一人の男はどんどん上へ登っている。

「よしっ。行くぞ」

僕が再び気合を入れなおした途端。

上方から扉が開くギィという音がした。

「やっとゴールか…。」

思わずため息を吐いた。

「いや、スタートよ」

亜美ではない声が聞こえた。

「お帰りなさいご主人」

目の前の男に言っているようだった。

僕が階段を登り切ると、そこには真っ白な女性が立っていた。

髪の毛も肌の色も白。

いわゆるアルビノというやつである。

「こ、こんにちは」

僕は緊張気味に言った。

すると彼女はため息を吐いて

「はぁ、そんな固くならなくても。私があなたの体に入った付喪神。山田 千歳と申します」

美しい声だった。

目の前の男とは比べ物にならない。

聞いていて安心できるような

「はやく屋敷に入りなさいな。ここでは話せませんので」

なにか重大な話でもあるのだろうか。

後ろにいる亜美も言う。

「はやく入って。空亡様は屋敷の中でないと話せないの」

どういうことだ?

目の前の古風で立派な屋敷にいつの間にか入っていた男は笑顔でこちらに手を振っていた。



屋敷の中は外見のとうり和式だった。

門をくぐる前の堅苦しい建物とは違って心地いい。

「まるで異世界だ」

「その表現は少し違うな」

いつの間にか男が隣に立っていた。

「こっちの部屋だ。来い」

彼の言葉には有無を言わせぬ重圧があった。

屋敷の裏口らしきところから入った僕たちは奥の間に導かれた。

その部屋は縁側で外の景色が一望出来て。

それはもう

幻想的で…。

「すごいな。門の向こうとは大違いだ」

自然と涙が出てきた

「本当に…。大違い」

僕は壁に金田を立てかけた。

「ここは、多くの妖怪の概念が住む町だ。主に住んでいるのは妖怪だから、妖怪の町ってとこかね」

金田を置いた逆方向から声が聞こえた。

10歳くらいの幼女だった。

「泣くな人間。」

「君のような子に慰められるとはね…。事情は知っているのかい?」

その幼女は憤慨したように言った。

「何を言うかと思えば。儂は天照大神ぞ。貴様よりも何千何億倍も生きとるわ」

天照大神!?

「君が?」

「君などと呼ぶな。此の姿は器である神城 佳那だ。呼びにくければそちらでも構わん」

器?

神に乗り移られた人間ということか?

「佳那。まだ此奴は神の仕組みについて理解していないぞ。そこから説明せねばな…。」

さっきの男が言った。

「空亡。今日は宴だぜ?さっさと終わらせておくれよ」

幼女、いや佳那が言った。

「分かっておるよ。」

何だ。

日本の最高神と一緒の空間にいるなんて考えられない。

これは現実なのか?

「現実さ」

白衣を着た女性が襖を開けて現れた。

これもまた美形だった。

今度はどんな神様なんだ。

「私は神様ではないよ。昔からひとの心が読めるただの医者さ。」

ふーーーっとタバコの広い煙を吐いた。

「私はひばり、雲雀 誠だ。よろしく」

手袋を外して手を差し出してきた。

僕も手を差し出して握手をした。

「佳那と誠は宴の準備のほうに顔を出してきてもいいぞ。ここにいてもいいが」

佳那が言う。

「すぐに終わらすんじゃろ?その程度待っておく」

「私も同じ意見だ」

男は笑顔で頷いた。

「さて、ちゃっちゃと終わらそうぞ。俺が百鬼夜行の一番後ろを征く妖怪空亡、器は神山 空という。お前の名と漢字は同じだ」

僕はさっきからの出来事に頭が追いついていなかったが、隣の亜美に肩を叩かれ正気に戻った。

「よく聞いていたほうが身のためになるかもよ」

「あ、あぁ」

彼、空亡は笑顔で話しを続けた。

「世の中には神や妖怪といった概念があるんだ。人間が何かに縋りつくために創りだした”何か”。それが俺で言う空亡や佳那で言う天照大神。誠で言う口裂け女」

空亡はさらっと言った。

「口裂け女!?」

僕は驚いた。

口裂け女って言ったらマスクをつけて(私綺麗?)って言って、大きく裂けた口で笑って人間を恐怖のどん底に叩き落すっていう。

あの!?

「中々失礼なこと考えてるわねあんた。」

ひばりさんが言った。

「ごめんなさい」

素直に謝っとこ

彼女は笑って許してくれた。

口元はあまり大きいとはいえない手で隠していた。

確かに、口の周りには縫ったような跡があった。

「続けるぞ」

空亡が言った。

「神や妖怪という概念は多くの人間の念をエネルギーとして欠片の意識を生み出す。その不完全な神や妖怪の意識は物質か何かにとりついてでもいないと長くて47日で消滅してしまうんだ。ただ、物質と言っても何でもいいわけじゃない。器としての霊力を持たないといけない。器の霊力と意識の霊力を結び付けて器を自分の者とするんだ。そしてその意識は結びついた器の意識と同化していく。ことのきの意識は器がもとから持つ意識が優先される。だから、あまり長く物質と結びついていると動くこともままならないただの物になってしまうここまで分かるかい?」

「え、えぇ。なんとなく」

「良かった。話を続けよう」

空亡は立った。

そして僕の周りを歩き始めた。

「ここまで分かればあとは簡単だ。君は神隠しって知っているかい?」

「は、はい。山に行った人が失踪したのを魔神のせいにした。という…?」

「そうだ。」

空亡は座敷に置いてあった刀を手に取った。

すると微動だにしていなかった千歳さんが少し動いた。

「あれでいなくなった人々は器になったのだ。生贄、人柱も時々器にされていたな」

そ、そうだったのか。

「ま、特殊な例もあるがな」

空亡が剣を鞘から抜くと千歳が艶めいたため息を吐いた。

「そして、君がここに来た理由だ。本来ならそこの悪魔だけを拾うだけでも良かったのだ」

え…?

クスクスとひばりが笑う。

「ちゃんとクリムって読んでくださいよ。」

亜美が…言った。

え…?

クリム?

「クリム。横の男性はまだあなたの名前を知らないみたいよ」

ひばりが言った。

「あぁ、そうね。私は亜美ではなく、アーガイル・クリム・ハートって言うガーゴイルなの」

は?

「あまりよろしくないね。私が診よう」

ひばりが僕の目の前に来た。

幼女、佳那も近くに来ていた。

「ショック受けてると思っているのか?大丈夫だよ…。」

「いや、大丈夫じゃないだろう?泣いている。それもさっきの涙とは違って悪い涙だ。」

ひばりが僕の涙を舐めた。

「うん。やはりな」

ひばりがもう片方の目の涙を人差し指ですくって僕の口へ突っ込んだ。

「な、わかるだろう?」

「分からないよ…。」

僕はひばりの手を押しのけ自分の手で涙をぬぐった。

そのとき、僕は子供の頃を思い出した。

砂場で一人、泣いていた時のことだ。

亜美が肩に手を乗せ、どうしたのって聞いてくれた。

「そのときはまだ人間だった。」

小学生の時

「まだ人間」

中学生の時

「まだ人間」

高校入学の時

「まだ…人間の意識があった」

何だよこれ。

拭いても拭いてもとれねぇ。

「一昨日だ。」

おととい?

「お前が聞いた最後の言葉は”あと一勝頑張ろう”だ。いつか分かるな?」

つい…。

最近じゃないか。

「お前も気付いていたんだろう?亜美の様子がおかしいことに。だから、あまり前線には出さなかった」

あぁ、そうだ。

僕が能力に目覚めてしばらくしたら。

「あの頃から。様子がおかしかったんだ。長い間一緒にいたから分かった。何か重大なことを隠しているって」

「そうだ、そのときから亜美の中にはクリムが住んでいたんだ。勿論、同意の上だ」

何で…。

「お前に勝ってほしかったからだ。」

何でだ…。

「お前が好きだったから。亜美は自分の意識を売った。その期限が一昨日だった」

何でそんなこと…。

「試合ではいつも負けていたんだろう。いつも一歩及ばずってとこだ。だから、その一歩をお前に歩んでほしかったんだと」

くそ…。

「そんなこと思われたんじゃ亜美も救われないだろうよ。」

せめて、最後に何か言ってくれよ。

「だって、そんなことを言えば。」

何だってんだ。

「お前、悲しむだろう?」

僕は泣いていた。

まるで子供のように。

亜美がこの俺に力を託してくれた。

もしかして、俺が力を使うたびに…。

「亜美の魂は失われていった」

僕はひばりの膝を借り、伏せて泣いた。

彼女は僕の頭を優しくなでてくれていた。

「大丈夫?空…。」

金田の声だ。

目が覚めたんだろう。

「あぁ、大丈夫じゃねぇかも。」

僕は伏せたまま言った。

「このままじゃ話は無理かのぅ…。ここで席を外すのも薄情ってもんじゃろ。空亡どうするよ」

「そうだな。宴は明日にするか。千歳、伝えておいてくれ」

「分かりました」

襖が開く音がした。

だが、その声はもう僕の耳には届いていなかった。

僕は泣き疲れて穏やかに寝ていたからだ。

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