織神との対峙

「生き残りたいでしょう?」

その声は大体こんなことを言った。

「いや、僕はあまり生への執着はないんだ」

今の僕の感覚は真っ黒なところにふわふわと浮かんでいるような。

中々心地よいものだった。

「では、このまま死にますか?」

死ぬ?

あぁ、そうか。

死ぬんだっけ…。

「あぁ、それしかないだろう。何かなす術もあるわけでもなしに…な」

「そうですか…」

声は言った。

「諦めるのですか?」

「ちょっと違うね。死ぬのは別にいいんだ。だが、もう少し亜美と話をしておきたかった」

「亜美というのは、あの悪魔のことですか?」

悪魔…か。

そもそも僕は知らぬ間に悪魔と契約をしていたらしい。

そのおかげで生体時間加速も可能だった。

詳しく言うと僕の能力で傷ついた体を亜美が持つ悪魔の魔力で治癒していたらしい。

そして、その悪魔は僕が好きだった彼女。

「亜美…だったのか。」

「えぇ、そうです。」

僕は、亜美に勝手に契約させられて挙句の果てには腹に風穴を開けられてこんな走馬燈を見る始末だ。

…走馬燈

走馬燈ってのは人によっていろんなタイプがあるんだな。

「いえ、まずこれは走馬燈ではありません」

声が答えた。

「どういうことだ?」

「私は千歳という付喪神です。ある方の命令であなたの意識に干渉しています。今は私の霊力で生体活動を最低限維持しています。」

付喪神!?

何故僕に干渉しているんだ。

「あなたにはもっと疑問に思うことがあるんじゃないですか?例えば、あの人間の右腕が悪魔の物だったこととか」

「あ、あんたは…」

「はぁ、別にあり得ないことじゃないってことはあなたもわかっていると思うのですが」

それも、そうだが。

「分かりました。それでは、こちらの要件を済ませてしまいますよ」

「何をするんだ」

「生命活動を再開させます。その後、あなたの意識と躰を切り離して私がこの体を支配します。」

何だって!?

「お、おい。大丈夫なのか?」

「大丈夫です、さっさと終わらせます。最悪の場合、この体捨ててしまいますがね。私に不利益はあまりないですし。」

「このやろうッ!!」

次の瞬間

外の景色が僕の目に映った。

「感覚の共有が妥協点です。それとあなたは私のご主人でもないのだからその口調はどうかと思いますがね…ッ」

(んなこと言われたって)

声が出なかった。

そして体が勝手に動いていた。

(なんだ!この感覚!)

言葉も発した。

「そこの悪魔!私だ、一度引け!」

僕の目に諸星と近接で戦う亜美の姿が映った。

「千歳様ですか!!?」

「そうだ!ここで私の命令を聞かなかったらコイツの体は保証しない!」

体はもう亜美の近くから離れていた。

「櫻井空よ、どうする。仲間を連れて逃げるか…?」

(そうしたいが、巻き込むわけにも行かないだろう。このままついてくるのは危険じゃないのか、さっきの僕みたいになったら目も当てられない)

「それなら、連れいていくべきだな。何をどう聞かれるか分からないぞ。拷問のようになるほうが嫌だと思うがな。私は」

(本人に聞いてみるか)

「呵々、何のことかわからない奴らにどうやってこんな重要な決断をさせるつもりだ」

そうこうしているうちに金田が座っている場所についた。

僕を認識した金田は驚いたように言った。

「空!その腹…。」

(よし、こう言ってくれるか――――)

僕はその付喪神に伝えてみた。

「どうしたの、笑って…。大丈夫なの?」

僕は右手を金田の肩に手を置いていた。

金田は少し顔を赤らめていた。

目は据わってなく動揺しているようだ。

さらに左手で彼女の顎を上げて僕を真正面から見る形にした。

(やめろ。やめてくれ付喪神。恥ずかしくて死にそうだ)

「金田…。俺は少し事情があって、もうここにはいられなくなった。逃げ出すんだ。君はどうする?」

金田は両手で顔を隠した。

「あのさ、空。なんでそんなに急なの?そんな…。あんた一人で行くなら。ついていってやらなくも…」

「あぁ、言い忘れた。亜美も行くんだ…」

「行くわ。」

金田は一瞬で立ち上がった。

(急に変わったな)

「急に変わるのね」

「実はね、事情は少し聞いているのよ。白い着物のお姉さんから。」

「そうですね、私が説明しました。」

僕の声がそう小さくつぶやいた。

「ならさっさと指示をだしてちょうだい」

金田は立って僕に顔を見せないようにしながらピースサインを見せた。

「金田、まずはこのフィールドから出る扉の前に行ってください。開いたら即座に門のところへ走ること」

「分かったわ。空は?」

「秀人にも同じことを聞いてくる」

金田の大きなため息の音が聞こえた。

「じゃ、行ってるね」

僕の体は返事もせずに秀人がいるであろう方角に足を進めていた。

途中で諸星と亜美を見た。

未だに戦っていた。

若干亜美が引いてるように見える。

「やっぱりそう簡単には抜けれないか。櫻井よ、無線機をつかってじゃダメか?」

(ここまで重大なことを無線機で済ませるのはどうかと思うぜ)

「そうか…」

僕が伝え終わる前に体は走り出していた。

その後はあっという間だった。

秀人らしき人物が倒れている場所に着いた。

が、彼はまだ気絶していた。

「本当にこれはどういう原理なんだ…」

(それは、インクに微量の魔力が入っていてそれがある程度被弾して体に蓄積したら…)

「…。お前の話は長くて嫌いだ。こいつはもう置いていく。時には切り捨てることも大切だ」

(待て!)

このままだと、秀人は僕たちのことを聞きだすためにどんなことを諸星達からされるか分からない。

なんてったって何のためらいもなく腹に腕をぶち込む輩だ。

秀人に背を向けたからだが静止した。

(いい考えがある。無理してでも秀人を連れて行ったほうがいいと思う。)

「理由を手短に話せ」

特に何の考えもなかった。

ただ、この学校に入ってからずっと同じ15班だった秀人を見捨てたくはなかった。

(僕も切り捨てなければならないことは十分に理解している。だから、彼はいざという時の保険に残しておいたほうがいいんじゃないのか??)

どうだ…。

僕の意見…聞いてくれるか

「呵々、全て聞こえておるぞ間抜け」

あ?

「私は貴様の頭の中にいるのだぞ?その頭の中のことぐらい嫌でも聞こえるわい」

(そうだったのか)

「飽くまで抽象的にだがな。…ということでその意見聞き届けてやろう。町についたら何か奢ってくれよ」

(街?もう行けないだろう。悪魔だってばれたんだから。人と悪魔は共生できないのさ。双方恨みあってる。)

僕の体は秀人を肩で担いでいた。

「その考え。町に着いたら徹底的にただしてやろう。着いたらの話だがな…!!」

僕の体は秀人を担いだまま物凄いスピードで駆け出した。

そして着いた先が諸星と亜美が戦っている場所。

「櫻井よ…。剣はあるか」

秀人を壁に立てかけていた。

(僕は持ってない。秀人の左太ももあたりに短い棒がある。)

「これか…。」

色々眺めまわしていたが、起動スイッチを押して光り輝く刀身が重低音とともに現れたときは低いうめき声をあげてのけぞった。

「すごいな。人間の技術は」

すると、亜美がこちらに気付いて言った。

「千歳さん!変わります!」

二人とも相当消耗しているようだった。

ふと、まばたきした瞬間。

今まで目の前にあった景色が一変した。

亜美を見ていたはずだったのに諸星を見ている。

しかも真正面から。

(ッ!?)

諸星の赤い腕が迫る。

混乱した僕の意識は目をつぶることもできないまま殺される。

はずなのだが、この体は僕の意識では動いていない。

「遅いな」

僕の声が聞こえた。

そこから先はマジックのようだった。

足は軽やかなステップを刻み、つま先をつま先で抑え

あっという間に決着。

気づくとそこには唖然とした顔で地面に伏している男がいた。

「刀を使うまでもなかったな」

腕を極めているため諸星は立てなくなっていた。

目線が変わる。

その先には亜美が銃を構えていた。

手元の諸星に黒いインクが塗られた。

彼はぐったりと首を項垂れていた。

しかし、今気になったことが一つ。

僕の血で赤いと思っていた彼の右腕。

よく見ると血で赤いのではなく元から赤い色のようだった。

(なぁ、諸星の腕…)

「知らないのか。同じ種族がやろうとしていることを」

知らない。

「その腕は鬼の腕だ。地獄の鬼。」

(それって、もしかして鬼の腕を諸星の体に移植したってことなのか…?)

「あぁ、私たちは織り込まれた神、織神と呼ぶことにしている。例え織り込まれたのが神じゃなくてもだ…。それは、人を捨てる行為。我らを冒涜する行為だ。」

僕の両手は血が滲むくらい強く握られていた。

そして、間髪入れずスピーカーから音が流れた。

―――戦闘員から緊急中止の信号を感知したため戦闘を中止。3号戦闘場管理者松田が向います―――

諸星を見下ろすとその赤い腕で無線機の非常ボタンを押しているのが分かった。

「亜美!そいつを連れて行け!門へにげるぞ」

「わかりました!」

(何がどうなってるんだ)

「脱出するのさ。実をいうとお前のお仲間二人とも亜美の事情を大体知っているのさ。」

(すまない…。僕にも事情を説明してくれないか。さっきからここまでのことが理解できないんだ。全く現実味を帯びていなんだ)

「そうだな――――」

僕は彼女と頭の中で会話を続けた。

要約すると…。

亜美は、悪魔だった。

僕が子供の頃一緒に遊んだりした亜美は、もう死んでしまったらしい。

生きていたころ亜美は悪魔と知り合っていたらしかった。

その悪魔は亜美とのある約束を守るために体に乗り移って亜美として生きていたらしい。

そして半年前。

地獄の蓋が開かれ人は人外を大量虐殺した。

その中に悪魔の一族も含まれていた。

悪魔は復讐のため、今地獄の蓋付近を占領している妖怪の仲間たちと協力して人間の情報を集めているらしい。

(それでどうして諸星が鬼の腕を持っているんだ?)

「知らない。ただ鬼の四肢をもつ人間まで存在したとはな。鬼は下級妖怪共と違って霊力を見分けることができるからな。悪魔も見分けられる、これ以上はここには居れんのだよ。そして私たちは今から空の町というところへ行く、貴様らが言う地獄の蓋付近だ。私がこの辺の人目につかないところでこの世とあの世の門をつないでおいた、そこへさっさと逃げ込む」

…。

その作戦。

果たしてどうなんだろうか。

不思議に思っていた。

僕が諸星に腹を貫かれて、血をたくさん吐いた。

普通なら、心拍異常ならなんやらでこの腕に嵌めている機械が警報を出して戦闘の中止、及び管理者の呼び出しがあるはずなのだが。

今回はそれがなかった。

初めての戦闘の時、緊張で金田が倒れたのだがその時はちゃんと対応があったのに。

それに管理者も監視カメラで戦闘の様子を見ているんじゃないか?

それなのに来なかったってことは、もう…。

(門はいつ開いたんだ?)

「4ヶ月前じゃ。なんせ、諸星が鬼の腕を持っているとわかったら即座に逃げる必要があるからな」

(この世とあの世って霊力の差はどのくらいある?)

「む、そりゃあ断然あの世のほうが高いに決まっておろう」

まさか…。

(僕の考えていることがわかる…?)

足が止まった。

「あ、あぁ。そうだったな。…。」

どうやらドンピシャのようだ。

僕が悪魔と契約していることも、亜美が悪魔だってことも知られている。

(無線で呼び戻せ!!)

きっと、門に先回りされている!

「分かっておる!」

(左の胸ポケット!)

「―――亜美!金田!戻れ!門の近くには誰かがいる可能性がある!―――」

無線はすぐに帰ってきた。

―――今追われてんの!―――

前方方向から何人もの足音が聞こえた。

その先頭を突っ走っているのは亜美と秀人だった。

秀人…。

生きとったんかワレ。

僕の体はすぐに彼らに背を向け走り出した。

(もう、ここで門を開くことはできないのか?)

「だめじゃ、時間がかかる上に失敗する可能性もある。物にめり込むのはいやじゃろ」

(確かに)

さて、どうするか。

このまま逃げても捕まる。

焦りで徐々に考えることもままならなくなる。

(付喪神の力でなんとかならないのか?)

「この体じゃ無理!!」

足音がどんどん迫ってくる。

そして、この先は確か…

行き止まり。

くそっ、どうする!

「私が爆破させます!伏せて!」

!?

僕の目の前が耳を劈く爆音とともに吹き飛んだ。

もう、着いていけねぇよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る