共闘
「ああ、皆さん!良かった、来てくれたのですね……」
手枷と足枷で拘束されたキュラノスは、牢屋越しに雑貨屋の面々と再会した。その後ろには、男が一人同伴していた。
「何で捕まったのよ?」
ケイが聞くと、
「私にも分からないのですよお……」
半泣きの返事が返ってきた。
「だって、ただたまには中心地区でご飯食べようかなって思って行ってみたらこうなったんですよお……」
そう言って、ぐすん、と鼻をすすった。
「わるいことしてないよね?」 「へんなのー」
「ですよね!そう思いますよね!?」
「で?なぜ身柄を拘束したのかな?さっきっから黙っているお兄さん」
今まで黙っていた店長が、同じく黙っていた男に聞いた。
「ヴァンパイアが中心地区に現れたんだ。拘束して当然だろう」
男は、冷たく言い放った。
「ちょっ!?人を襲う輩と同じ扱いだったのですか!?そんな事しませんよ!」
キュラノスが反駁して、
「ヴァンパイアとは人の生き血を欲するのだろうが。中心地区に現れたのも、どうせ血を吸う事が目的なのだろう?」
「……キュラノスちゃんは血を吸わなくても平気なエルダーヴァンパイアですよ?」
ケイが、男を睨み付けて言った。男は、それを鼻で笑って、
「それが嘘だという可能性もあるだろう。それにここ数日、ヴァンパイアによる犯行の可能性が高い事件が七件起こっているんだ。確定だろう」
「……とりつく島もない……」
ケイは、忌々しげに吐き捨てた。
「ならさ、」
杏奈が口を開くと、全員が杏奈を見た。
「その犯人、キュラノスと、たりないなら、私達でつかまえればいいんじゃないの?」
「……それで、僕が呼び出された、と」
ジャンゴが、目の前の男に言った。
「そうだ」
「どうしてです?」
「貴様の腰の吊ってある銃、文献に散見する太陽銃だろう?そいつが犯人だった時のためだ」
「……」
ジャンゴは、牢屋で座り込んでいるキュラノスを見やって、
「彼女は悪い事はしませんよ?」
静かに言った。
「ふん、どうだか」
男は、鼻を鳴らしてから、牢屋の扉の鍵を開け、開いた。キュラノスは、恐る恐る出てきた。
「起源は一週間だ。それを過ぎたら、こいつを罰する」
男は、キュラノスの手枷と足枷を取った。
「行け」
男は、二人を追い出した。
「キュラノスちゃん!良かった、お帰り!」
店長は、キュラノスに抱きついた。背中を、ぽんぽんと叩く。
「ただいまです、店長。他の皆さんも」
キュラノスは、抱き合ったまま残りの三人に言った。
「おかえりー」「おかえり!」「お帰りなさい」
三人は、同時に返事をした。
「まだ、手首と足首の違和感残ってる?」
ジャンゴが、キュラノスの後ろから聞いた。
「あ、はい。もうなくなりました」
キュラノスは、振り返って言った。
「一週間、ねえ……長いような、短いような……どうするか」
店長は、腕組みをしながら言った。
「夜中ずっと町を歩き回るとか?」
ニルテが言ったが、
「それで事件に居合わせても、疑われる可能性があるよ。なんてったって、出歩いてるんだろうし、それでとり逃したら、今度こそ犯人にされる」
ケイが即効で否定した。
「ねえ、キュラノスちゃんは、使い魔とか、そういうのできないの?」
ケイが、キュラノスに聞いた。
「……やれなくはないのですけど、私が直接生み出す事は出来ないです」
「?ドユコト?」
「つまり……」
キュラノスは、そっとケイに耳打ちした。
それを聞いたケイが目を見開いて、
「……良い案が浮かびそうなんだけど、後手に回らないといけないかな……。店長、紙と書く物ください」
「?うん、ちょっと待ってて」
店長はそう言うと、カウンターの裏を漁って、紙とボールペンを取り出した。
「何に使うの?」
「考えを纏めようかと思いまして」
数十分後。
ケイは、しっちゃかめっちゃかに考えを書き殴った末に、裏に作戦を書き上げた。
「作戦っていっても、犯人がどこにいるかを特定するだけですけどね」
そんな言葉を添えた。
真夜中。
一匹の蝙蝠が、路地裏をゆっくり飛んでいた。やがて、建物同士に渡された一本の何かのコードに、蝙蝠らしく逆さまに停まった。その目の前には、何かの機械。
「上書き」
不意に、蝙蝠に対して声がかかった。紅の光が蝙蝠に走った。
ゆらり、と曲がり角から、人影が現れた。中性的な顔立ちで、肩まで伸びた黒い髪を持ち、瞳は紅に輝いていた。キュラノスだ。
「こんなにあっさりと……」
「上手くいったの?」
キュラノスに続いて、仏像的な顔立ちで、腰まで伸びる黒い髪を持つ、大きな瞳の人影が出てきた。ケイだ。
「ええ。指揮系統を上書きしました。」
「作戦、というより、捜査の第一段階です。まず、倉庫で埃を被っている『超音波発生装置』を、適当な路地裏に仕掛けます。私の経験上、こういう時は、よっぽど自分に自信があったり、組織の下っ端とかでもない限り、すぐに姿は晒さないです」
「ああ、なるほど。使い魔は使えるのかって聞いたのって、そういうことだったのですか」 キュラノスが一人で納得しているのを見て、
「……ごめん、私わかんないから、続けて」
店長が続けるよう促した。
「じゃ、要望にお答えして。……続ける前に質問です。今回の犯行の手口は?」
「はい!人気のない路地裏で一人づつ喉に噛みつかれて血を吸われています!しかも吸血鬼の手下になれないくらい!」
杏奈が、元気よく答えた。
「大正解!つまり、使い魔とかを使って、人気のないところで一人になった人を見つけては襲っていたってこと!まあ、他にも可能性はあるんだけど……」
「たとえば?」
ニルテが聞いた。
「……本体が分裂する、光学迷彩を使える、人を誘導できる、とか……まあ、その時は、別の手段を考えるよ!」
「あ、一つ補足を。ヴァンパイアでそういうことが出来るのは、極々稀です。今出た例外が出来るなら、証拠を残さずに、もっと効率良く襲うよ。ヴァンパイアハンターとして言っておく」
ジャンゴが、付け足しをした。
「私も、エルダーヴァンパイアとして、そう思います」
キュラノスが、太鼓判を押した。
「良かった。長くなっちゃったけど、作戦は、『相手の指揮系統を乗っ取って、それを犯人の元に戻す。戻る先がどこなのかを特定する』ってことです!自分以外が超音波を発生させていたら、気になるでしょうから、それで釣ります!」
「まさか、使い魔をがっつり使ってたとは」
「思いもしませんでしたね。あ、この蝙蝠」
「ん?なんかへん?」
ケイが、使い魔を覗き込んで聞いた。その映像は、キュラノスが遮断、何も無いように偽造している。
「いえ、種類が、チスイコウモリなんです。多分、この使い魔でも、ある程度は血を吸えますね」
「へえ……徹底してるというか、なんというか」
ケイは、感心したのか呆れたのか分かりにくい感想を述べた。
「とりあえず、『何も無かった。気のせい』と伝えてもらう事にしましょう。行きなさい」
キュラノスが使い魔に命令すると、蝙蝠は何事も無かったかの様に飛び去った。
「明日の夜には、何か分かると思いますよ。バレなければ、ですけど」
「大丈夫だよ。だって、キュラノスちゃん、エルダーヴァンパイア、でしょ?」
翌日の夜。
雑貨屋『セルフレスラヴ?』に、蝙蝠が入り込んだ。使い魔だった。
「こんなにあっさり情報を洩らすなんて……」 キュラノスが、呆れてぼやいた。
「どんな情報を……?」
ジャンゴが、恐る恐る聞いた。
「……敵の本拠地、その見取り図、罠はどこに仕掛けたのか、犯人がどんな奴で、どんな目的なのか、ぜーんぶ、筒抜けです」
「罠じゃないの?」
店長が疑問を洩らすと、
「……いえ、実は、嘘の情報を掴まされないように、ぴったり張り付かせていたのです。ですから、この情報、全部本物です」
キュラノスが、どこか悲しそうに否定した。
「準備出来たら、何時でも攻め込めますね、これ……」
「どこよ?」 「場所は?」
ケイとジャンゴの声が被って、
「……旧文明の、ダンジョンになった水道局です」
「……分かった、明日の真っ昼間に、堂々と突入しよう!手伝えるのは、僕だけだけど……」
ジャンゴが、前半は勇ましく、後半は情けなさそうに頭を掻きながら言った。
「ヴァンパイアハンターが居てくれれば、私も心強いですよ」
キュラノスは、そんなジャンゴを励ました。
翌日、ダンジョンと化した水道局に、侵入者が二人、現れた。言うまでもなく、キュラノスとジャンゴだ。二人は、事前に見つけた、罠にかからないで最深部に到達出来るルートを通り、途中で証拠になる写真を撮りながら、無事に最深部まで辿り着いた。そこにいたのは、
「……何で罠に一回もかからなかったの?」
顔をひきつらせた、肌の色が青白い、金髪の美少年だった。
「さあ?どうしてでしょう?」
キュラノスが、おどけた様子で言った。
「とぼけるな!」
「少しは自分の頭で考えなさいな」
「…………そうか、使い魔か……でも、どうやっ……て……」
少年は、キュラノスを見て、動きを止めた。
「お前……おまえぇっ!」
突然、少年が吠えた。表情が歪んだ。
「その容姿、ヴァンパイアかっ、この裏切り者め!」
指を突きつけながら吠えた。
「……裏切り者?」
ジャンゴが、隣にいるキュラノスに聞いた。
「ええ、まあ……後で、詳しく説明します」
キュラノスは、何とも思ってないようだった。
「このっ、ヴァンパイアの恥さらしめ……。その首、刈り取って、アミュユム様に差し出してやる……!」
少年は、悪鬼の如き表情で言った。美貌が、台無しだった。
「出でよ!棺桶スーツ!」
少年が天を扇いで叫ぶと、その後ろに、巨大な何かが降ってきた。かなりの重量なのか、床に少し突き刺さった。
「い、きもの……?」
それを見たジャンゴが、なんとかそれだけ言った。上から降ってきたそれは、緑色で、大きな気味の悪い目が一対付いていた。どことなく、ふわふわしたピーマンの様な外見だった。
「相変わらず、趣味悪いですね」
「五月蝿い!切り刻んでやる!」
少年が怒鳴り散らすと、ピーマンは浮き上がり、観音開きに開いた。中は空洞だった。少年は、その中に入った。ばたりと扉を閉じて、くちゃくちゃと悪寒の走る音と共に、今度は、下から開いた。ピーマンの外側は、翼になり、その中身は、一本足の首無しの鳥の様だった。
「気持ち悪っ!?」
ジャンゴは、慌てて左手で右腰から太陽銃を、右手で左腰からエクリプスブレードを抜いた。
キュラノスは、すっ、と右足を前にやや半身になった。
「キエエエエエエエイアアアアア!」
怪鳥が、キュラノスに足から突撃した。それをするりと受け流したキュラノスは素早く両腕を左腰に持っていき、
「ブラッドスラッシュ!」
赤黒い楔型の光弾を放った。ほとんど効かなかったが、
「ふっ!」
鋭く息を吐きながら、ジャンゴが追撃で太陽銃で撃った。ほとんど効いていなかった。その隙に、怪鳥が体勢を立て直し、再び飛び上がった。
「うそだろ!?」
「キエエエエエエエ!」
怪鳥が、奇声を上げて、目視できる風の刃を撒き散らした。ジャンゴの行動が、一歩遅れた。
「しまっ」 「あぶない!」
キュラノスが、ジャンゴに飛び込んで押し倒した。その上を、刃が通過した。キュラノスが上から退き、ジャンゴの側にしゃがんだ。ジャンゴも、それに習う。
「太陽銃が効かない……」
「当たり前です、あれ、棺桶スーツなのですから」
「す、スーツ?」
「突っ込みどころ満載ですけどね……。あの、ジャンゴさん、それって、『チャージショット』みたいな事って、出来ませんか?」
キュラノスが、早口で聞いた。不意に飛んできた紫色の光弾を、手から出した赤黒い薄い壁の様な物で弾いた。
「うわ!?」
「どうなんですか!?」
「う、うん。出来る。時間かかるけど」
「……なら、私が注意を惹きます。絶対に隙を作りますから、その時までにチャージを終わらせて下さい!」
そう言うと、キュラノスは、背中から蝙蝠の様な翼を出し、楔を打ち出しながら怪鳥に突っ込んでいった。
「……!」
ジャンゴは剣を鞘に納めて銃を右手に持ち替えて、太陽銃のグリップの、右手で握った時に親指が来るであろう位置に備え付けられた丸いボタンを、親指で押し込んだ。甲高い音と共に、銃口に光の線が幾つも入り込んでいった。
「フルチャージまで、あと一分か……くそっ」
悪態をついて、ボタンを押し込む指に力が入った。
「ブラッドスライサー!」
キュラノスは、両腕を交差して体の内側に引き付けると、一気に広げた。赤黒い楔が、広範囲を切り裂いて飛んだが、怪鳥はそれを避け、風の刃と紫色の光弾を同時に放った。
「っ!」
キュラノスは、刃と光弾を避けながら怪鳥に向かって真っ直ぐ突っ込んでいった。懐に入り込んで、
「ブラッドスラッシュ!」
殴り付ける様にして楔を突き刺した。
「エエエエエイアアアアア!」
どずっ。
「がっ……あ!?」
突っ込んだ事により、がら空きになった腹に、一本足に付いた凶悪な鉤爪を突き刺した。棺桶スーツを貫いていた。紅い液体が、隙間から垂れてきた。
「エエエエエイアアアアア!」
怪鳥は、突き刺したキュラノスごとぶん、と足を後ろに振って、地面に向けて投げ飛ばした。キュラノスは、受け身を取れずに、派手に落ちた。
「キュラノスちゃん!」
ジャンゴが、慌てて駆け寄ろうとしたが、
「……っ!」
途中で、動きを止めた。左手に握る物を、ちらりと見た。
ばさばさと音を立てて、怪鳥がゆったりと降りてきた。キュラノスに止めを刺そうと、ぐわりと体を捻り、
「さ、せ、るかっ!」
不意に、キュラノスが懐に突っ込み、それを阻止した。
「ブラッドブレード!」
キュラノスは、右手から赤黒く光る剣を伸ばして、怪鳥の足を切り裂き、地面に降りて、
「今!」
その後ろで太陽銃を構えて待機していたジャンゴに、かがみながら言った。
「てえええええええっ!」
ジャンゴが叫び、引き金に指をかけ、一気に引いた。銃口より三回りは大きな光を纏った銀の弾頭が放たれ、かがんだキュラノスの真上を通過して、
怪鳥の足を包んだ。
楔と剣で中身まで達する傷が付けられた怪鳥は、苦悶の声を上げて、爆発した。
「があ、あ、ああ……」
少年が、断末魔の叫びを上げ、悶えていた。黒焦げになっていた。
「……棺桶よ」
ジャンゴは、少年に向けて、棺桶が描かれたカードを投げた。カードは、少年に突き刺さると、があん!と音を立てて、棺桶となり、少年を封じ込めた。
「……浄化する前に、報告を済ませましょう。ついでに、これを持っていきましょう」
キュラノスが、どこか事務的に言った。
「……そうだね」
ジャンゴは、棺桶の上に付いている半円形の金具に鎖を取り付けると、鎖を持って、入り口へ歩き始めた。棺桶が、引きずられて行く。
キュラノスも、それに続いた。
ギルドに戻った二人は、録音したヴァンパイアの声、撮影した水道局内部の写真を男に提出した。棺桶を見せた。
「こいつが犯人だったのか……」
男が、棺桶に付いた窓を覗いて、忌々しげに呻いた。窓越しに、黒焦げのヴァンパイアを見た。
「これで、私が無実だって事、証明できましたか?」
キュラノスが、心配そうに覗き込んで男に言った。
「……ああ。すまなかった」
「なら良かったです!」
キュラノスが、男に無垢な笑顔を向けた。
「本当にすまない……」
「仕方ないですよ、ヴァンパイアで人を襲わないなんて、考えられないでしょうし」
「じゃあ、浄化しちゃいますね」
ジャンゴが、そう言って、棺桶の前に立って、カードを置いた。花のような何かにオレンジ色の光が集まる絵が描かれていた。
「……頼む」
男は、そう言った。
「わかりました。『簡易式パイルドライバー』!」
ジャンゴが手をかざして唱えると、オレンジ色の太い光の柱が、カードを中心に、棺桶を巻き込んで出現した。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ヴァンパイアの断末魔の叫びが、部屋に響き渡った。後には、棺桶すら残っていなかった。
その夜。誰もいなくなった『セルフレスラヴ?』にて、
「……キュラノスちゃん」
ジャンゴが、気まずそうに言った。
「はい?……ああ、説明、しますね」
キュラノスは、そう前置きに言って、身の上を語り始めた。
「……私も、昔は、そうですね、十歳くらいまでは、普通のヴァンパイアの様に、血を吸って生きていたのです。それが、当たり前だったから。ですが、ある日、率先して血を吸う気になれなくなったのです。理由は分かりません。ですが、同時に疑問が浮かんだのです。」
「……どんな?」
「『他人の生き血を吸って生きる事に繋がるのか、血を吸わなくても良いのではないのか』、です。当時の私は、馬鹿正直に、聞いたんです。大勢のヴァンパイアが集まる会議があった時に。当時の私は、エルダーヴァンパイアですから、幼くても発言権があったのです。それで、聞いてみたら……」
「なんて事を言うんだ!立場をわかっているのか!?」
「ヴァンパイアなのに、なんて可哀想な考えなの」
「すぐに取り消せ!この場の全員に謝れ!」
「エルダーヴァンパイアであるのに、そんな考えを持つようなら、」
「今、ここで死ね」
「……と、まあ、後は皆一斉に私を殺そうとしたので、這這の体で、身一つで逃げ出したのです。それで、長い放浪の末に、今に至ります」
「……そっ、かあ……。大変、だったんだね」 「そうですね、大変でした」
「……」
ジャンゴは、次の言葉が浮かばずに、黙った。
「他言無用ですよ?」
キュラノスは、いたずらっぽく言った。
―続く―
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