名前

 「ん?んん?」

 ニルテは、雑貨屋『セルフレスラヴ』の店名を見て、怪訝な表情になった。

 「あっれえ……?」

 ニルテは、首を捻った。

 「おっ、ニルテ君じゃん。どうしたの?」

 「あっ、ジャンゴさん。いや、店の名前が変だなって……」

 「どれどれ……?」

 ジャンゴも、ニルテに習って、店名を見た。

 「おっ!二人ともおはよう!何してるの?」

 店の奥から、店長が出てきて、二人が見る方向を、二人に習って見た。

 「あれ?なんか変」

 「店長もそう思いますよね?」

 「やっぱり、どこか変?」

 三人は、うーん、と唸りながら考え、

 「あっ!分かった!」

 ニルテが最初に声を上げた。

 「え?何?」 「どこどこ?」

 ニルテは、『セルフレスラヴ』の『ヴ』の右側を指して、

 「『?』が無くなってる!」

 

 「店長ー、ありましたよー、『?』」

 ケイが、『?』を抱えて、店の中に入ってきた。

 「おお!やっと見つかったの!」  

 と、店長。

 「『?』だね」 「はてなー」

 気付いたニルテと、少し寝ぼけ気味の杏奈。

 「どこに落ちていたのですか?」

 ケイの後について入ってきたキュラノスが、ケイに聞いた。

 「んー?えっとね、隣の空き家の間に落ちてた。灯台もと暗し」

 ケイが答えると、

 「へー」 「ふーん」 「あら」 「あっちゃー」

 そんな反応が帰ってきた。

 「しっかし、よく気付いたね、ニルテ君。多分、普通は気付かないよ?」

 お茶を飲んでいたジャンゴが、ニルテに言った。

 「え、えへへ……」

 ニルテは、照れた。

 

 翌日。キュラノスは、ジャンゴに連れられて、『露天通り』の一角に来ていた。

 「いらっしゃーい、多分、安いよー!包丁から剣まで、刃物なら大体何でも揃ってるよー!」

 そこそこ元気な声が聞こえてきた。

 「もうすぐ着くよ。ごめんね、付き合わせちゃって」

 ジャンゴは、振り向いて、キュラノスに謝った。

 「いえ、いいんですよ。今日、定休日でしたし、暇だったんです」

 キュラノスは、にこやかに言った。

 「そう言ってくれると助かるよ」

  

 「いらっしゃい!あ、この間の、えっと、ジャンゴさんだったっけ?」

 相変わらずケイと瓜二つな研子が、ジャンゴを見て言った。

 「あ、はい。あの、頼んでいた品って……」

 「ああ、もうバッチリ出来上がってますよ!じゃあ、ちょっと失礼して……」

 研子は、店の奥に引っ込んでいった。

 「……ケイさんそっくりじゃありませんか?」

 キュラノスが、ジャンゴを見上げて言った。

  「……うん。僕もそう思う」

 そこまで話したところで、研子が戻ってきた。黒い鞘に納まった剣を、両手で持っていた。鍔は四角く、柄頭は楕円形だった。ケイの剣とは違い、穴は空いていなかった。厳かな面持ちで、 

 「……これが、ご注文の品物です。どうぞ、ご確認を」

 恭しく、捧げるようにジャンゴに差し出した。

 「……」

 ジャンゴも、その雰囲気に気圧されて、緊張した面持ちで、右手で受け取った。柄を逆手で握って、少しだけ引き抜いた。光の反射加減で、夕日色の輝きをちらつかせる渋く、上品な銀色の刀身が見えた。

 「……キュラノスちゃん、どう思う?」

 キュラノスに、刀身を見せて聞いた。

 「……」

 キュラノスは、暫く刀身を眺めて、

 「剣としては、間違いなく、名剣ですね。……ヴァンパイアとしては……」

 どこかうっとりとした呼吸を一度して、

 「……皮膚に直接あてがわれたら切り裂かれると思います。正直、刃の部分にはあまり触りたくないですね」

 ヴァンパイア視点で称賛した。

 「……あなた、ヴァンパイアなの?」

 研子が、キュラノスを覗き込んで聞いてきた。

 「あ、はい。エルダーヴァンパイアです」

 「……隣の人、ヴァンパイアハンターよ?」

 「存じておりますよ?」

 キュラノスが、首を傾げながら言った。

 「……まあ、仲は良さそうだし、別に良いんだけど……」

 「店主さん」

 ジャンゴが、会話に割って入った。

 「?」

 研子が、ジャンゴを見ると、

 「ありがとうございます。こんな名品を打ってくださって……」

 「うん、どういたしまして。貴方が持ち込んだ素材が良かったのもあるのよ。さあ、こっちにいらっしゃい。試し切りに、店の裏にどうぞ」

 「あ、私もついていっても良いですか?」

 キュラノスが、手を軽く挙げて聞いた。

 「勿論。どうぞ」 

 

 ジャンゴは、息を一つ吸って、

 「……ぁっ!」

 ほぼ声にならない、叫びと言っても過言ではない声を上げ、左下から右上へ、剣を振り抜く。太い竹が、斜めに切り落とされた。振り抜いた姿勢を戻して、

 「……凄い」

 剣の刀身を見ながら言った。

 ジャンゴは、振り返った。キュラノスと、研子が、見守っていた。

 「この剣、本当に凄いですよ!」

 ジャンゴは、ぱっ、と表情を明るくして言った。 

 「……気に入ってもらえて、何よりです。……鍛治士冥利につきる、ってやつですかね」

 研子は、満足そうに笑った。

 「よし!気に入ったならその剣に名前をつけようか!」

 ぱん、と手を叩いて言った。

 

 数時間後。

 「そうだ、素材は何を使ったのですか?」

 キュラノスが研子に聞いた。

 「えっとね、太陽鉱石に月光鉱石、繋ぎに緋緋色金を使ったかな」

 「……え、えっと、じゃあ、そうですね、あっ、『エクリプスブレード』なんてどうですか?」

 「それだ!」 「採用!」

 ジャンゴと研子の声が被った。

 こうして、名前は『エクリプスブレード』に

決まった。 

 

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